Extra Stage_イツカが猫になった日・2
・猫の日スペシャル番外編です。
・1は21章にあります。
・ここまでのあらすじ:イツカが黒くてちっさい子猫になりました。
子猫の姿でも、イツカはイツカだ。
とりあえず、授業には連れていくことにした。
肩にのっけて廊下を行けば、道中みんなが振り返る。
教室内でも大人気。先生たちまで、明らかにソワソワしていた。
一つずるいと思ったのは、居眠りである。
居眠りはへたしたらポイント没収の対象だ。少なくとも、お叱りは覚悟しなければならない。
しかし、今日に限っては全くのお咎めなし。
それどころか、「子猫なのだからしょうがない、寝かせておいてやりなさい」 ともえもえした様子で言われるのだ。
悪いことに、おれもどうにも憎めない。
日差しの差し込む机の上、ふーかふーかとふくらんではしぼむつやつやの毛玉を見ていると、いやでも笑顔になってしまう。
温かなその体をそっと撫でれば、指先から幸せがしみてくるようだ。
このまんまでもいいかな、なんて一瞬思ってかぶりをふった。
いけないいけない。おれたちにはかなえなければならない目標がある。
そのためには、イツカにはヒトに戻ってもらわねばならないのだ。
子猫の姿では戦えない。というか、子猫を戦わせるなんてことはできない。
……と、思っていたのだが。
「動きが見えねえ!」
「すげえ! 瞬殺だ!!」
「いつもより強くないかイツカのやつ……」
「おれもそう思う……」
ハヤトもおれももうボーゼン。アスカはあははーと笑っている。
身軽さ・スピード勝負のイツカのスタイルに子猫の姿はぴったりで、信じられない強さを発揮。
今回はイツカを守る練習だ、とあきらめ半分参加したはずのバディ実習で、むしろおれはほぼ出番なしだった。
最初に猫用強化ポーションをなめさせてやったのちは、イツカの討ちもらしを一、二体銃撃したぐらい。
最後にやつが二足直立状態でにゃーっはっはと猫笑いを決めれば、ギャラリーから大歓声が上がったのだった。
おかげでその夜の学食で、猫イツカはすっかり王様状態。
おれもわたしもとつぎつぎ献上された貢ぎ物で、幸せいっぱいといった様子である。
不思議なのは、どう見ても子猫の食べる量じゃないという分量のおかずをぺろりと平らげたこと。
胃袋の容量はふだんのイツカ並みのようだ……って、一体どこに入っていったのだろう。
満足そうに仰向けになってゴロゴロいってるやつの、ふかふかぽんぽこりんのおなかをそうっと触ってみたら、ピンクのにくきゅうでぷにっと蹴られた。
いや、蹴ったつもりで届いてない!
「かわいい、どうしよう、かわいい……イツカなのに可愛いよ……」
あまりの可愛さに泣けてきたら、ミライがやさしくいいこいいこしてくれた。
いまのイツカの姿はどう見ても、生後三週間から一か月程度の黒い子猫だ。
それでも、毛づくろいはしないらしい。
本物の子猫でも、しはじめるかどうかといった時期であるから仕方ない。
この時は同時に、お風呂をはじめてもいいかもしれない、ぎりぎりの時期でもある。
健康状態に問題はなしと、マイロ先生からのお墨付きもいただいていることだ。
おれはやつに聞いてみた。
「おふろ、入る?」
「みゃん!」
風呂好きのやつは、嬉々としてうなずいた。
もちろん毛づくろいのできない子猫が自分を洗うことはできない。おれは入手しておいた子猫用シャンプーでわしわしとイツカを洗ってやった。
なかみが人間なので、おとなしいところは助かる。
やさしい水流のシャワーでよーく毛並みをすすいだら、湯舟代わりの洗面器にお湯を張り、やつを浸からせてやった。
「ふにゃ~……」
イツカ猫はふにゃんと目を細めている。毛並みが濡れてちょっとぺしゃっとしてしまっているが、それでもとてもしあわせそう。
「おまえほんっとお風呂好きだね」
「みゅ~……」
と、ちいさな猫あたまがこっくり、またこっくり。
おれはいそいでイツカを乾かしてやることにした。
タオルドライとドライヤー、さいごに軽いブラッシングと手早くこなせば、ふっかふっかの毛玉が完成した。
まるで触ってないかのようなふわふわ感。我ながらいい仕事をしたものである。
イツカはもうすっかり眠っていたので、お疲れと声をかけ、クラフターチームから贈られたこねこ用の小さなベッドに入れてやった。そうして小さな軽い布団をかけてやる。
……よし、かわいい。
写真を撮ってうさねこ掲示板にアップすると、とたんに『ありがとうございますっ!!』『天使すぎる』『うらやまけしから』などのコメントが殺到。
なにやらほこらしい気持ちになったおれだが、同時に眠気が押し寄せてきた。
宿題がまだ終わってなかったのだけれど、……しかたない、明日の朝でもやろう。
サイドテーブルにイツカのねこベッドを設置したおれは、布団にもぐると電気を消した。
あれだけ食べていたのだ。夜中のミルクはいらないだろうけど、トイレはいくかもしれないし、なにかあるかもしれない。
すっかり子猫の親になったような気持で、小さく「おやすみ」と声をかけ、おれは目を閉じた。
けっきょく、夜中にイツカがおれを起こすことはなかった。
それでも、のそのそと猫用ベッドを出て、枕元にやってきたときには目が覚めた。
猫が顔の近くで寝てくれるのは、信頼の証。
うれしいけれど、万一下敷きにでもしてしまったらと思うと心配だ。
おれは猫用ベッドにイツカを戻し、ベッドごと枕元におきなおすと、もう一度「おやすみ」と目を閉じた。
「カナタ、カナタ!!」
やがておれは、聞き覚えのある声で目が覚めた。
まぶたを開ければ、あたりは明るい。そして目の前には、人型にもどったイツカがいた――案の定、何も着ていない。ため息をつきながらつっこんだ。
「はいはい、まずはなんか着てきてよ。おれは全裸野郎と一緒の布団で寝る趣味ないからね?」
「ああああ! カナタ! カナタあああ!! どうしよう、どうしよう~!!」
しかしやつは聞いている様子もなく、涙目でおれを抱きしめるので、とりあえずうさみみパンチをくらわせる。しかし、なにかがおかしい。やけにイツカが大きい。
何が起きたのかはすぐに分かった。
「カナタがうさちゃんになっちゃったあああ!!」
イツカは涙目で叫びながら、慌てて廊下に飛び出していくのであった。
次回は通常の本編にもどります。
アスカたちの卒業試験(学科)です。
どうぞ、お楽しみに!




