Bonus Track_49-1 いずれはかなく消える私はそれを幻と知ることはなく
『ソアー』は神妙な顔で応接室から出てきた。
メロディーつきカード入りの白い封筒を、胸の前にしっかりと持って。
そうして私が見る前で部屋に入っていった。
大丈夫。ドアの向こうの会話は、はっきりクリアにこのイヤホン型レシーバーに届いている。
『ソアー』とイツカとカナタは、提供された部屋で合流するとすぐに風呂に入ってしまった。
さらにはそのあとソレイユ姉妹の部屋に遊びに行ってしまったため、その間のことはさすがに拾えなかった。
やっとまとまった会話を受信できたのは、彼らが寝付く直前で、内容はまったく、たわいのないことばかり。
忌々しくなってつい、つぶやいてしまった。
おいおい、父親との感動の再会だろう。もっとそのことを話せってんだ。
ここは言うべきとこだろう。
『カケル』はすべてを捨てちゃったんだ。今更お父さんの元には戻れないよ、って……
そのとき、背筋がぞくりとした。
見られている? いや、ばかな。
振り返ってもそこにはただ、ホテルの壁があるだけだった。
ここまでこぎつけるのに、数カ月間かかっていた。
商工会議所の集会で、アマミヤ氏に近づいた。
調査に基づいて話を合わせ、息子の話となったときには特に同情的に接し、氏が文具を買うときには世間話ついでに『私』の店で買うように、影に日向にお膳立てをしていった。
はたして、『ソアー』がデビューしたさい、アマミヤ氏は『あれはきっと自分の息子だ、会いに行くから』と言って、メロディつきメッセージカードを購入してくれた。
私は事前の作戦通り、メッセージカードを『すり替え』た――すなわち、盗聴機入りの特製カードに。
そして今日。私は姿を変え、アマミヤ氏を尾行し、ここまできた。
氏はあちこちと道に迷い、やっとのことで懇親会会場に着いたときには、あやうく会も終わりかけていた。
氏と『ソアー』、つきそいのレモン・ソレイユは応接で会話。
私はほかのやじ馬に混じり、様子を窺った。
離れるわけにはいかないが、誰かに感づかれるわけにもいかなかった。何故って、アリバイがダメになる。
今日の『私』は、家族と旅行に行っているのだ。
いつも利用するショッピングサイトの懸賞で当たった、温泉旅行に。
決してこんなところで、スパイの真似などしてはいないのである。
そんなわけで今日は、ここまでずっと神経をすり減らしつづけ、大分いらいらとしていた。
『カード』はやっと無事に『ソアー』の手に渡った、が、まだ、油断はできない。
『ソアー』がレモン・ソレイユに連れられて、高天原に戻るまで。
あの盗聴機入りカードを忘れずに自室に持ち帰ってくれるまで。いずれ彼が、自らの秘密をつぶやくだろう場所に持ってゆくまでを確認するのが、私の仕事だ。
あとのことは、しらない。
アマミヤ氏にも『私』にもお咎めのない形で、すべて処理されることになっている。心配なんかはない。
私は一つ息をつくと、眠りなど要らぬ体を形だけ、ベッドに横たえた。
事件が起きたのは翌日だった。
『遊べる森のコンサート』のさなか、『ソアー』のショルダーバッグが置き引きされた。
悪いことにその中には、『カード』が入っていた。
自分がそう仕向けておいてなんだが、なんで今。というか、なんでよりにもよってエクセリオンの荷物を狙うか。
内心舌打ちしつつも、私は自ら追いかけざるを得なかった。
あくまでこっそりと奪還し、こっそりと元の場所に戻さねばならない――もしもシティメイドの手に渡れば、『カード』の秘密がばれる恐れがあるから。
中肉中背、おそらくは少年か。白っぽいパーカーのフードを目深にかぶり、顔は見えない。白っぽいズボンに靴といった格好のそいつは、異常に足が速かった。
仕方なく私も表面換装とリミッターを外す。
幸い、やつはこの辺りの土地勘がないよう。目立たぬ方向に逃げていくうちに、まんまと袋小路に足を踏み入れた。
さあ、チェックメイトだ。私はやつを追いつめると、一撃、二撃でノックアウト。そっとショルダーバッグを拾い上げる。
試しに『あーあー』と声をかけてみる。耳にはめたイヤホン型レシーバーから『あーあー』と声が聞こえてきた。
よし、『カード』は無事のようだ。
時刻を確認すれば、『森コン』終了まであと十分。
全速力で会場へ戻れば、どうやら間に合った。『ソアー』は何も気づく様子なく、バッグを肩にかけて走っていった。
説明って難しい。もっとサクサクと書けるようになりたいです。
次回、ここで本当は何が起きていたのか。ライカ視点の答え合わせ回です。
どうぞ、お楽しみに!




