Bonus Track_48-6 『スケさん』のおぼえがき・草稿~『スケさん』の場合~
あの頃の僕は、人生を、世の中をナメていたといっていい。
お金が無くなれば、『ティアブラ』テスターに応募すれば当面は食える。
それに飽きたら、別のバイトを探して。
そこをクビになったらまた、とフラフラしていた。
親が金を出してくれた大学にもほとんど行かず、同じ安アパートの仲間と毎晩酒盛りをして、ダラダラと昼過ぎまで寝て、ファミレスに繰り出してティアブラ。そんな日々を繰り返していた。
さらによくなかったのは、軽い気持ちで買った宝くじが当選してしまったこと。
分不相応な贅沢を知ってしまった僕は、借金をして、夜逃げをして、気がつけばここにいた。
主に剣士としてプレーしていた僕に割り当てられたのは、やはりハンター系の魔物の操作だった。
いろいろな魔物アバターを操作するなかで、いちばんしっくりきたのがスケルトンフェンサーだった。
いっそ、生まれる前はこいつだったんじゃないかと思うほどに。
そんなある日、僕は運命の出会いをした。
キラキラした目で本当に楽しそうに戦う、黒猫装備の少年。
『イツにゃん』こと、『空跳ぶ黒猫』イツカだった。
一瞬、まっすぐ目が合った――そう感じたときに、僕はさっくり倒されていた。
『イツにゃん』はAランクプレイヤー。『僕』はCランクのスケルトンフェンサーだったから、それは至極当然の帰結。
けれど、それが僕に火をつけた。
戦って戦って、エクストラの業務にも率先して参加して力を磨いた。
学園闘技場のモンスターとして出場できるよう、施設長にも何度も頭を下げた。
全国中継される試合に出せる人間だとわかってもらえるために、身の回りもきちんとした。
面倒だとしか思っていなかった当番もしっかりやった。
生まれて初めて、本気で全力で頑張った。
やがて僕の努力は認められ、『イツにゃん』アイドルバトラーデビュー戦の対戦相手として抜擢された。
そうしてやってきた、憧れの人との夢のような時間は、最高の贈り物でシメられた。
『またやろうな、スケさん!』
『イツにゃん』は『僕』に名前をくれたのだ!
試合を見ていた仲間たちは大歓声。僕は声をあげて泣いた。
その日から、僕は『スケさん』になった。
名前持ち《ネームド》となった『僕』は、ティアブラ公式サイトに掲載された。
闘技場に出たり、ミッドガルドでもイベントボスを任せてもらえるようになり。
ほどなく二次創作がネット上に現れ始めた。
最初はイラストやオリジナル小説、ついで粘土細工やフェルトアートなどの立体物。
そうして公式グッズの発売が決定したとき、僕は市民権を与えられることになった。
すなわち、Ωからβへの復帰だ。
大切なものができた僕は、もうフラフラと無責任に逃げたりはしない、と認められての措置だ。
身分は『もとフリーター、いま『ティアブラ』開発本部特別協力員』ということになった。
債務は『ティアブラ』開発本部が肩代わりしてくれたので、それを今後給料などから返していく形となる。
そのため当分は施設暮らしだが、部屋は個室だし、届け出をすれば外出もできる。
『イツにゃん』『カナぴょん』と会えることになったのは、新しい部屋への引っ越しが済んだ直後のことだった。
応接室のドアから漏れるのは何とも言えない空気だったけれど、『イツにゃん』は僕を見るなり言ってくれた。
「え……あれっ?! もしかしてスケさん?!」
「え、わかるんですか?!」
「そりゃそーだろ! うわあマジかよ、生スケさんー!!」
僕の心のアイドルに、まるでアイドルを見るような目で握手をせがまれる。
こんな幸せがあってもいいものだろうか。
おずおず握った手は暖かくて、ルビーの瞳はまぶしくて、まるで身の内におひさまを宿しているかのようだった。
結局フワフワな世界へすぐ帰ってきます。
次回、視察の帰り道。イツカとカナタの結論は。
どうぞ、お楽しみに!




