48-5 みつけた矛盾と意外な再会!
「最初にこれを知ったときは、私も驚きました」
と、『ティア・アンド・ブラッド』開発・運営本部長のアユミ・タカシロさんは言った。
おれたちを気遣うような、優しいまなざしを向けてくれながら。
「けれど、これは必要なこと。
明日の月萌を守る、より有能な戦士たちを育てるために、必要なことなのです。
もし、これをボットで行ったとしましょう。
その場合、行動パターンは単純なものとなり、プレイヤーは真に戦う力を身に付けられない。
ミッドガルドという場所の存在意義のためには、生きたヒトによる操作が不可欠です――完全にすべてではないにしても」
「……やっぱそっか」
するとイツカがうなずいた。
「昔っから思ってた。
なんか『違う』魔物いるなって。
だから俺、ひたすらハマったんだよな、ティアブラのバトルに。
だから『突撃にゃんこ』になっちまった。そして、そっから……」
遠くを見ていたイツカの目はやがて、目の前で働くとらわれびとたちに向けられる。
「ティアブラのなかでも、たくさんの人たちに育ててもらってたんだな。
いや、今でも育ててもらってるんだ。
……そのことは、事実だよな」
「ええ」
アユミさんがうなずくと、イツカはとんでもない方向に行った。
「よっしゃー! 俺もやる!」
「えっ?」
「だって、大事なことなんだろ?
みんなに恩を返すためにも、俺も手伝いたいしっ!」
「ちょっ……お待ちください!」
するとアユミさんはそれを制止した。
「少々、作業者の皆さんが動揺してしまっているようですので。
申し訳ありません。詳しいことは、こちらでお話ししましょう」
おそらく彼らに、HMDの外の音は聞こえていないだろう。
それでも、たぶん何かが伝わっている。
魔物として没入していれば、確実に感じられることだろう。ここにいる『強者』の気配が――ただし、明るくはつらつとして、あたたかいそれが。
おれたちは丁重に、応接室に案内された。
おれはまず最初に頭を下げた。
「すみません、イツカのやつが、お邪魔をしてしまったようで」
そう、作業の邪魔になってしまったことは事実だ。
そのことはイツカも自覚したのだろう、続いて頭を下げる。
『ソアー』も下げてくれた。ぶっちゃけ彼は巻き込まれだけなのに申し訳ない。あとで謝っておこう。
「いいえ、こちらこそ申し訳ありません。
わたくしどもに優しい気持ちを向けていただきましたのに」
アユミさんもていねいに頭を下げてくれた。
ですが、とアユミさんは続ける。
「いずれ改めて、慰問にいらしていただけませんか。
そうして、イツカ様のお気持ちをお伝えになってください。
そのほうが、皆に喜ばれます」
「……つまり、手伝ったらダメ、てことなんだよな?」
小さく猫耳を垂れたイツカ。無自覚の上目遣い。おいやめろ、アユミさんとソアーの精神衛生上まずいだろ。おれはとりあえずやつをうさみみロールにしておく。
「こらイツカ、『おねがいビーム』出さないのっ!
いい、あれは『仕事』だから! 楽しんでやるもんじゃないから!」
女性の前ゆえソフトな表現を選んだが、正確にはあれは『お仕置き』なのだ。
『勤務時間』中は、法律上定められた休憩時間をのぞき、ひたすら魔物としての策敵と戦闘を続けなければならない。
おれがかつて、マッドスライムの洞窟にイツカを連れて行って教え込んだ『きつさ』と、連日ひたすら向き合い続けなければならないのだ。
けれど、イツカは言う。
「え……
なんかそれ、おかしくね?
この国のための、超だいじな仕事なんだろ。
なのに、なんで楽しくやっちゃダメなんだ? ってか、Ω閉じ込めてやらせるんだ?
それこそαがみんなでどんどんやんなきゃなことじゃないのか?」
ソアーが暗い瞳で言うには。
「俺たちは施設の外に出ることがほとんどできない。
決められた運動時間、自由時間はあるけれど、なにもかも檻のなかだ。
好きだった店にも行けないし、会いたい人にも会いに行けない。
もともと、自由を知っていた人間が、その境遇に入れられる。
それこそが、国の予算を食いつぶしておきながら役割を果たせなかった、無能に与えられた罰なんだよ。
作業の内容がなにであるかは、関係ないんだ」
それでも、イツカは言った。
「でもこの国はΩに頼ってる。
だいたいさ。Ωってなにもかも捨てなきゃならないんだろ。
なのに罪だの罰だのだけがあるって、おかしくないか」
応接室を恐ろしいほどの沈黙が包んだ。
アユミさんの顔は真っ青になっている。
そのとき、こんこんとノックの音がした。
開いたドアの隙間からは、係員に付き添われた痩身の男性が一人。
ノゾミ先生より少し上だろうか。こざっぱりとひげをそり、髪を整えたばかりの様子のその人はちょっとキョドッている。
「えーと……あれ? タイミング悪かった、スか?」
「え……あれっ?! もしかしてスケさん?!」
そのとたん、イツカがばっと立ち上がった。
今回はガチにまじめに調べました……!
そしてあっつーまいなくなるシリアスさん。
次回、ちょっと救いのあるエピソードでシメです。
どうぞ、お楽しみに。




