5-7 失敗して、学べ
指定された面談室には、温かなコーヒーと先生が待っていた。
座れと言われて椅子に掛けると、しばらく沈黙が落ちた。
「まったく。
イツカが気づいて追いかけ、俺に連絡をいれなかったら、どうなっていたことか……
あの辺りはヴァルハラ実習フィールドと重なっている、そうでなくとも危険な場所だ。
二度と無断で一人で行くな。わかったな?」
「はい。すみませんでした」
いつもクールな『青嵐公』先生は、いつにない調子でおれを叱った。
けれどその後は、目元をやわらげてこうも言ってくれた。
「だが、あの判断はよかったぞ。
とっさに『実はテレビ通話』であることに気づき、周囲の状況を映したこと。
俺が、場所を言わずに『顔を出せ』といったことに気づいたのか?」
「はい。そこで文字色の違いに気づいて、これは音声通信を装ったテレビ通話だと確信したんです」
「そうか。
おかげで場所と相手を特定し、適切な対応ができた。
オルカに連絡を取り、お前を無事に救出することができた。
……よくやったな」
大きな手でくしゃくしゃ、と頭を撫でられると、なんだか『帰ってきた』というかんじがした。
照れながらおれは、ありがとうを言った。
「ありがとうございます。
って……あれっ、じゃあアカネ・フリージアは……」
「やつは勝手に乱入してきただけだ。
まったくあいつは、自分の行きたいところならいつでもどこでも現れやがるからな……
お前がつまらない疑いをかけられたのも、それが一因あるだろう。その点は悪かった。
人が死ぬかもしれないと思うような、場面を見せてしまったのも」
「あ、……」
一瞬はあああといった感じで額を押さえた先生だったが、すぐにまじめに謝ってきた。
そして、驚くような秘密を教えてくれた。
「安心しろ。このセカイの戦いで、人は死なない。
あの場所はヴァルハラフィールドと重なっている、と言っただろう。
あのときお前が見た二人は、そこに送り込まれたあいつらの『アバター』にすぎない。
つまり、たとえそれを破壊したとて、その向こうにいる人間が死ぬことはない」
「そうだったんですね……」
「だからもう二度と、あんな真似はするなよ。
目の前で起きた爆発にむけて『超聴覚』を全開するなんぞ、自殺行為以外の何物でもない。
あのときおまえは、耳から血を吹いて倒れた。
アカネが即座にグレーターヒールをかけてくれたからよかったようなものの、下手したら死んでいたかもしれなかった。
……わかったな」
「……はい」
痛感した。おれは、どうしようもないバカだ、と。
おれはこれまで、すこしは頭がいいほうだ、と思っていた。
でもそれはあくまで、温かな箱庭の中だけのこと。
『母さん』やライム、カナン先生。アリサカ家の人々。星降町とミルドの町の人、先輩プレイヤーたち。そんなひとたちをはじめとした、守ってくれる優しい人たちあってのことに過ぎなかったのだ。
すすめられたコーヒーを一口すすれば、そんなきもちがぽろっと口からこぼれだす。
「おれってほんと、バカですね。
ほんとに、馬鹿なことばっかり……」
「いいんだ、それで。
お前はまだ15なんだ。
失敗して、学べ。
俺もミソラも――学長だって、そうだったんだから」
その言葉を聞くと、おれの目から熱いものがこぼれてきた。
先生はもう一度、おれの頭を撫でてくれた。
「今日は俺が臨時のメイドサービスを頼んでおいた。もちろん俺のTPだ。
あとはもう休め。問題は、それから考えるといい」
そうしてそんな言葉を聞くと、涙はますますあふれてしまうのだった。
* * * * *
「……おつかれ」
面談室を出れば、疲れがどっと込み上げてきた。
ため息をついたそのとき、横あいから声がした。
ふりむけばそこにはやっぱり、イツカがいてくれた。
すこし心配そうな顔をして。
「ありがと。
今日はもう休めって先生。謹慎とかにはならないですむって」
「そっか。よかった。
じゃ、部屋引き上げてもう休……」
そのとたん、ふたり同時におなかが鳴った。
時間は四時。夕食には半端だが、それでもおなかがペコペコだ。
「……学食いくか」
「だね」
購買で菓子パンなんかを仕入れて、おなかをだましつつミライ探し、ということもアリではあった。
けれど、さすがに今それは言い出せなかった。
胸ポケットのかわいらしい手紙は、おれにほんわかと元気をくれるけど……
これもソナタのため。そう考えて今日は、錬成もなしで早く寝ることに決めたのだった。
学食でのチョイスは、どちらも親子丼。
向かい合ってしばらく食べていると、ふいにイツカがはしを止め、ぽつんと口を開く。
「……あのさ」
「ん?」
「ごめん、カナタ。
……もう少し、お前に合わせりゃよかった。
俺、お前の『気持ち』を守れてなかった。ごめん、マジに」
はしを置き、大きく頭を下げる。
おれも、はしを置いた。
「先生ね、言ってたよ。
おれたちはまだ15だから、失敗して学べって。
先生も、校長先生もそうだったって」
「……そっか」
顔を上げたイツカに、今度はおれの方から頭を下げた。
「おれこそ、ごめん。あんなふうに飛び出したりして。
っていうか、部屋も勝手に、出ていこうとしたり。
なのにさ、おれが飛び出したこと気付いて、先生に知らせて、自分でも助けに来てくれて。
……ありがとう。
お前がよければおれ、これからもお前のバディでいたい。
掃除のこととかは、何とか解決して……それで、これからも一緒にα目指したい。
いい、かな」
すると、イツカはニッコリ笑ってくれた。
「いいってか、バディ解消なんかありえないに決まってんじゃん。
だっておれたち、兄弟みたいなもんだろ?
ソナタちゃんが妹で、ミライが弟で。
俺たちはまあ、双子の長男ってことでさ!
これからも頑張ろうぜ。ずっとずっと一緒にさ!」
「うん!」
イツカの差し出す握りこぶしに、おれも握りこぶしを合わせた。
キラキラ輝くルビーの瞳を見つめると、元気が湧いてくるのを感じる。
「よしっ元気出た! やっぱおれ今から錬成するから! ひと段落したらジムいって!」
「いやさすがに今日はやめような?!」
「ええっ、じゃあ……ちょっとぶりにバトルしよ!」
「いやいや、どうしてそっち?」
「いいから! ねっ?」
「ううう……わかったけど、今日は一回だけな?」
「ありがと! よーし、それじゃあおかわりもらってくるね!!
イツカもほら、食べた食べた!
せっかくなんだし、全力できてよねっ!」
もちろんこのときおれたちは、この日のこと、そしてこの会話が掲示板でどう書かれているかなんて、知る由もなかった。
うそぉぉぉ?!
ブクマと評価を……またいただけた模様にござります……ありがとうございますっ!!
次回、ソナタちゃんからの励ましのお手紙です。お楽しみに!
2019.11.14
『アリサカ家の人々。』が抜けていたので入れました




