47-8 ファン家の婿取り大作戦?
かくして、茶房で待っていたあの女性は、かわいらしくも丁寧におれたちに一礼。
ユーさんによく似た美貌を花のように笑ませ、春風のような声音でこう名乗った。
「はじめまして。私はファン メイリン。ィユハンの妹です。
かつて『ユウミ』の名で、ハジメさんの同僚として働いておりました」
「え――!!」
おれたちは全員、この件については知っている。
まさかの驚きの展開に、思わず叫び声をあげてしまった。
「えっ?」
けれどもっと驚いたのは、ハジメさんの反応。
「……あの、失礼ですが……ほんとうに、ユウミ、さん、ですか?」
さらにぶっとんだのは、ユーさんの大笑いである。
「あっはっは! 面白いことをおっしゃいますね、ハジメ殿。
同じ容姿と声、感情と記憶。それらがそろっていても、別人とおっしゃいますか」
するとハジメさんはふーっと長く息を吐き、小さく眼鏡をかけなおす。
「その言葉で確信しました。やはりこの方は、ユウミさんではなかったんですね。
一体、何をなさりたいんですか、ユーさん。
ご自分の妹ぎみをよく似た別人に仕立て上げるなんて、かわいそうなことをしてまで……」
ぶっちゃけ怒っていい事態だろう。しかし、ハジメさんは声を荒げたりしなかった。
むしろメイリンさんをかばうように、ユーさんを気遣うように問いかける。
「メイリンをご覧くださればお分かりいただけるかと。……
この件でお気づきの通り、『ユウミ』はわが一門の出身です。けれど、我らはおいそれと『彼女』をあなたに差し上げることはできないのです。
ですので、姿と記憶、そしてあなたへの慕情を備えた乙女をせめて、と。
メイリンはみずからそれに名乗りを上げてくれたのです。
『ハジメさんの花嫁になれるなら喜んで』、と」
メイリンさんは可憐にほほを染めている。
それが『自然に』彼女に芽生えたものか、『ユウミ』さんの記憶とともに植え付けられてのものかはわからないが、いずれにしても、彼女はハジメさんを慕っている。
すくなくともおれにはそう見えた。
「なぜなら、我々はあなたが欲しい。
あなたには『外地』の若年層からの絶大な支持がある。
ハジメ殿。あなたには我らが忘れてしまった、大切なものがあるのです。
どうか我らの手を取っていただきたい。そして、有象無象の年寄り連中――いや、あえて言いましょう。老害どもの手の中で立ち枯れていくわが党に、新風を吹かせていただきたい」
すっときれいな仕草で膝をつくユーさん。それに続くメイリンさん。
ハジメさんはあわあわとしゃがみこんだ。
「ちょ、お立ちになってください!
僕はそんな、誰かにひざをついていただくような偉いひとじゃないですし!
……どんなかたでも女の方を、そんな形でお嫁さんにしてもらえるような、そんなすごい男でもありませんからっ!!」
身をかがめて下から見上げて、立ってください、お願いですから、と頼み込む。
「すわって、座って話しましょう? その方が、ちゃんとお互い目を見て話せますから。ね?
お願いです、そんなにされると僕は、……」
半泣きで頼み込むハジメさん。これはほっとけない。
いそいでおれたちも仲裁しようとしたのだが、ひとあしさきにユーさんが「……わかりました」と言ってくれた。
顔を覆うようにして、ふーっと長く長くためいきをついたユーさんは、その手を外すとすこしバツの悪そうな笑みでおれたちを見た。
「僕のことをすごく買っていただいて、ありがとうございます」
おれたちみんなが卓につき、お茶とお菓子がそろうと、ハジメさんは丁寧に頭を下げて口火を切った。
ほんの少しだけ困ったような、気遣うような、優しい微笑みで。
「けれど、ユーさん。
ユーさんたちは僕をちょっと、買いかぶりすぎていると思うんです。
もし僕がユーさんの言うような風雲児だったら、『ちいさな芽吹き』はもっともっと人数がいたと思うんです。
いまの僕たちがあなたのもとに加わっても、たぶん、足手まといになるだけです。……」
イサワさんはそんなことない、という顔で腰を浮かせかける。
しかし、となりのトリイさんが小さく目配せを送ると、うつむいて座りなおした。
ぽんぽんとチョウノさんに背中をたたいてもらって、ほろ苦い笑みを返す。
そんな仲間たちの様子を冷静に見ていたサクライさんも、唱えられる異論はないよう。どうぞ先を、とハジメさんに視線を送る。
ハジメさんは優しく微笑み返し、言の葉を継いだ。
「お気持ちはすごく、嬉しいです。けれどそのお申し出は、僕がもっと大きな男になるまで、待ってはもらえませんか。
それこそ、ほんものの『ユウミ』さんのお婿さんに、堂々となれるくらいになったなら……!」
対してユーさんは、いつもの朗らかさはどこへやら、沈痛な面持ちでこう告げる。
「酷なことを言いますけれど、このままでは絶対に、無理です。
このままあなたがどれだけの男になったとしても、ファン家は『ユウミ』をあなたに嫁がせることはできないのです」
「まさか、ユウミさんはもう結婚して……!」
ハジメさんの顔が青ざめる。
ユーさんが「……いいえ」と首を振ると、すこしだけほっとした様子だが、それでも眼鏡の向こうの瞳は張り詰めたままだ。
「事情が、あります。ここでは、明かし得ぬことです。
それを覆すには、このわたしか、あなた。どちらかの政治生命を断ち切るか……それと同じくらいのことが、必要です。
すなわち、いますぐにとれる、もっとも穏便な方法が……」
「僕がすべてを捨てて、あなたがたのもとへゆくこと、……というわけですね」
「それは、……はい」
ユーさんは言葉を繕うことを途中であきらめ、うなずいた。
「……ユウミさんと。ユウミさんと話すことは、できますか。
彼女の気持ちを知りたいんです」
ハジメさんの問いかけに、ユーさんはかぶりを振る。
「いいえ。けれど、彼女のことはよく知っています。
その気持ちの大半を語ることは、わたしにもできます。
うそはつきません、誓って」
そして、じっとハジメさんを見つめた。
ここまで見たこともないほどにまっすぐな目。
きっとこの人は今、いっさいの嘘や冗談を口にはしない。
ハジメさんも同じように思ったようで、「ありがとうございます」と軽く一礼した。
「それでは……教えてください。
ユウミさんはこのことを、どう思ってるのでしょうか。
自分が、まるで勝負のプライズのようにされてしまっていること。傷ついたりは、しませんでしょうか。
……もしも、もしも僕と結ばれることを許されたら、彼女は嬉しく思ってくれるでしょうか?」
「彼女は、傷ついてなどいません。過分なほどの幸せと、思っています。
もしあなたの手が彼女に届いたなら、……それまでのすべてを捨ててあなたのもとへ行く、覚悟をきめると」
ユーさんははっきりと告げた。
どこか、泣き出しそうな表情で。感謝するような調子で。
「……わかりました」
ハジメさんはひとつ、うなずいた。
「僕は、この勝負に勝ちます。
僕の政治生命も、ユーさんの政治生命も、断ち切らないで済む方法で。
僕はユウミさんにまた会う。そして、彼女を幸せにします。
それが、僕の、僕たちの約束ですから。
ユーさん、お力を貸していただけますか?」
そして、まっすぐ右手を差し出した。
本日、累計十万PVを達成いたしました!
ひとえに皆様のおかげです。ありがとうございます!
次回、決意の背中を見送るひとは……。
どうぞ、お楽しみに!




