46-8 夜のお茶会と二人の決意
その数分後。
『はいはーいそこまで~。
ぶっ倒れるまでやったら明日に差し支えるかんね~。
サクサク小麦粉錬成してお茶にしよっ☆』
横合いからパンパンと手をたたく音とともに、ライカの声がした。
みれば、いつものねこみみメイド服姿のライカがいる。
彼のよこにはすでに、お菓子まち状態のおしゃれなティーテーブル。
なるほど、今日はライカがおとなしいと思ったらそういうことか。
つまり、分体のほうに意識をもっていっており、ハヤトが手にしているのはインテリジェンス最低限の本体――というのもなんだけど――だったのだ。
自分が悪乗りしてしまって、ストッパーがいなくなる事態を回避するために。
アスカはスパッと切り替えて攻撃ストップ。おれも魔擲弾銃をしまった。
「え~もーちょっとー」
しかし剣士ーズは名残惜しそう。イツカはペタ耳でだたをこねるけど、倒れさせるわけにはいかないのでクッキーで釣ることにする。
「ぶっ倒れた子にはクッキーなしでいいならいいよ?」
「うぐっ」
「はいはい、ハーちゃんもすわってすわって。おれの特製エンチャントクッ」
「それだけはやめてくれ!」
アスカも言うけれど、ハヤトが血相を変えて制止する。
毎度アスカの食物系クラフトというとみんな血相を変える。そんなに恐ろしいものなんだろうか。
イツカが代わりに聞いてくれた。
「なーなーハヤト、アスカのエンチャントフードって何が起きるんだ?」
「あー……おとなしいところでは状態異常だな……それも十個ぐらいまとめて」
「ファッ?!」
『おとなしいところで』。おとなしいところでって聞こえた。
イツカもおどろいてるから多分聞き間違いではない。
ハヤトの顔もまじめそのものだ。
「多分なんかのカウンターが狂ってそうなるんだろうが……」
「えええ……」
「ただ、ごくまれにとんでもなくいい効果が付くこともあって。だから治療が確実にできる状態ならば食べて耐性をつけるのもいいと思うがそうじゃないと確実に……」
「………………」
イツカが沈黙した。
顔を青くして。
これはヤバいやつだ。それもガチに。
おれはアスカに笑顔で念を押した。
「えーっとアスカ、今日はふつうのクッキーにしとこっうか? もう結構いい時間だし」
リアルでクッキーを焼くとなると、生地を用意してあってもそれなり時間がかかるものだが、ティアブラの錬成ならばあっという間。『プラチナムーン』の効果まで使ったら一瞬である。
まるでアニメの魔法使い気分で、おれたちはクッキーの山とともに意気揚々と席に着き、列席者四人メイドさん(♂)一名の、小さなオンラインお茶会がスタートした。
「ん、んっめー!」
イツカはさっそくクッキーをパクリ。
ハヤトもほんのちょっとだけ警戒しつつも同時にパクリ。かみしめるようにゆっくりとそしゃくする。
「…… うまい」
「だっしょー!
甘味が足りなくなってきたらメープルかけてね♪」
そう、今回おれたちが共同錬成したクッキーは、ザクザクした素朴な外見と適度な歯ごたえ、すこしあっさり目の甘さ。
あんまり甘いのが得意でもないハヤトもパクパク食べられ、小さなピッチャーに入ったメープルシロップをかければ、甘いの大好きなアスカもまんぞくという、一枚で二度おいしいものである。
もちろんアスカは、最初の一個を食べ終えると早速メープル攻撃である。
せっかくなのでおれも控えめにかけてみる。うん、うまい。小麦とバターの香ばしさが引き立つ。
しばし幸せを満喫してから、安らぐ香りのハーブティーを一口。口の中をクリアにしてから、アスカとハヤトにお礼を言った。
「今日はありがとう二人とも。
あいかわらずタイミングよくってびっくりしたよ」
「そーそ。サンキューな。小麦粉ばふばふ楽しかったし!」
アスカもニカーッとわらう。実にいい顔だ。
ちなみにこのフィールドにあった小麦粉はすべて錬成したので、やつももう白猫ではない。VRって本当に便利である。
「へへー。どったま~!」
「こっちこそ、ありがとうな。
アスカも思いっきり暴れられたし。俺も、……
これで、踏ん切りがついた」
隣でハヤトもすっきりした顔をして、しずかにティーカップを置く。
アスカが、ハヤトを見あげる。
「じゃあ」
「ああ。受ける、学科試験。
俺が、俺たちが『ある』べきところは、ここだと思った。
たった今、でっかい困難に最前線で向かい合ってる、お前たちのそばだと。
アスカは、そこにいるべきで……
そうであるならば、俺も一緒に行く」
「ハーちゃん!!」
「ハヤト!!」
ハヤトはきっぱりと、言い切ってくれた。
「来週明け、一番に学科うけて。そのあとの試合では、エキシビションで戦って……
突破記念パーティーには、卒業生として出席する。
そうしたら、俺たちを雇ってくれるか。お前たちのもとで働くスタッフとして」
「もちろんだぜ!」
「大歓迎だよ!」
おれとイツカはうれしくて立ち上がった。
「そういうことなら、ここに――おれたちの住んでる離れに、とりあえずの部屋準備しよっか?
今おれたちが寝てる部屋の隣でよければ開けられるから」
「ん~。それはありがたいんだけど~、せっかくの新居にお邪魔するのも……ねえ?」
「ぶっ?!」
アスカの意味ありげな笑い。ハヤトがお茶を吹きかけた。
「え、別にゼンゼンだいじょぶだぜ?
ここ結構広いし。風呂だって広いから、四人でもぜんぜんいっしょに入れるし!
まあ共同浴場もあるんだけどさ!」
イツカはどこまでも無邪気だ。うんうん、いいことだ。
「ほほーう、四人でか~。いやー、イツにゃんも隅におけないねー」
「アスカ。いまこいつの頭にあるの完っ全におれたちとお前たち二人の四人だからね。ルナとかセレネさんとかマルキアとかそういう選択肢は表示されてもいないから。」
「にゃっ?!」
イツカが心底驚いた顔で振り返る。そしてみるみる真っ赤になった。
「な、おま、なっななにいってんだよいきなしっ!
お、おお、おおまえだって、ラ」
「それ以上言ったらいろんなものがなくなると思ってね?」
「ひえっ」
笑いかければ、イツカはハヤトの後ろにしゅばっとかくれる。
ハヤトはそんなイツカをよしよししながら軌道修正してくれた。
「その辺は、後で考えるってことで。
アスカのおじさんが……、アキトさんが、よければうちにって言ってくれてもいるし」
その名前には聞き覚えがあった。高天原学園理事のひとり、タカシロの非管理派。つまり、ミソラ先生――ひいては、おれたちの味方である人だ。
まだきちんと話せたことはないけれど、優しい人だな、というのは見ただけでわかった。
「え、お父さんが?」
「あ、うん。
まあそのー、父さんちだったらまあ、安全だろうし。
父さんさ、ひと段落ついて理事やめたら、またうちに……母さんとこに戻りたいんだって。
その時に、おれたちがその家、使ってくれたらちょうどいいって……。
あ、たださ、ソレイユ邸からだとちょっとだけ距離あってさ。
ぶっちゃけた話、君たちに雇ってもらってソレイユ邸内にいたほうが動きやすくはあるんだなー……ま、おれたちはこうしてオンラインでもやり取りできるから、かんけーないっちゃないんだけどさ」
アスカはまんざらでもなさそうだ。
そういえば、アスカもずっとご両親と離れて暮らしている。優しいお父さんといっしょに暮らせるならば、それに越したことはないだろうと思われた。
『お話中のところごめんだにゃー。
そろそろ寝た方がい時間だよん?』
そのとき、ライカがいつもの調子で、お茶会の終了を告げた。
おれたちはクッキーを片付け、お茶を飲み干すと、またねと解散したのであった。
ブックマークいただきました……ありがとうございます!
ありがてぇ……これでこの冬を越せるっ(気が早い)
次回、新章突入。大型バディの卒業をにらんでざわつく高天原の様子をお送りします。
どうぞお楽しみに!




