Bonus Track_44-7 『可愛い』じゃ納得できなくて~ミライの場合~(下)
そのあと。
お兄ちゃん、もとい、ノゾミ先生はおれとミズキを連れ出した。
行く先は、面談室。
ミズキとふたりで待つこと少し。先生は、暖かな飲み物の入った紙コップを運んできてくれた。
ココアのをおれのまえに、ミルクティーのをミズキのまえに。
そして、コーヒーのはいったのをおれたちのむかいに置くと、すとんと腰掛け話し出す。
「ミライ。今から厳しいことを言うぞ。
……お前はほんとうは、ちゃんとわかっているんだよな。
その差は、努力で埋めきれるものじゃないと」
「っ……」
「先生、」
ミズキがぱっとおれの肩を抱く。傷ついたこいぬをかばうみたいに。
おれはそっとミズキの手に手を添えた。
「……ミライ」
「ミズキ。ほんとのことなんだ。
イツカとカナタとソナタちゃんは、スターシード。
そしておれは、普通のβ。
うまれつき、全然違う。追いつけるような差じゃ、ないの。
ちゃんと、わかってるよ。
たとえ限界まで頑張っても、絶対絶対に、追いつけはしないって」
「ミライ……!」
ミズキの手に、ぎゅっと力がこもる。
そう、ミズキもちゃんと知っている。
β――ふつうの人間と、スターシード――流れ星の子供たち。
その間には、何をどうしても埋められない差がある。
だから、それらは分けられる。
βとスターシードは一緒の町で暮らすけど、スターシードは施設で暮らし、学校も職場もずっと別。
仲良く暮らすことはできるし、結婚だってできなくないけど、どこかで絶対に交じり合わない。
それが、イツカやカナタのいう『このセカイ』ならではのありようなのだ。
「わかってる。
イツカやカナタを追いかけて追いかけて、そのことは思い知ってるよ。
でもね。おれは『同じ場所』にはこれた。
この高天原に。二人やみんなの力をかりてだけど。
だからおれ、がんばりたいんだ。みんなの気持ちを形にするためにも。
どんくさくってぶきようなおれみたいな子でも、がんばってがんばればここまではやれるんだって、そのことを証明したいって気持ちもあるの。
そうして、このダンスで、変わりたいんだ。
『かわいい』じゃなくって、『かっこいい』おれに。
ソナタちゃんが世界で一番かっこいいって思ってくれるような、おれになりたい!」
そう言うとミズキは、そっと腕をほどいて、まっすぐにおれを見た。
「ミライ。
俺ね。ミライはもうとっくに、かっこいいって思ってるよ。
一人の女の子をずっとずっと大好きで。その子のために、こんなにがんばってる。
そんなミライは、だれよりまぶしいよ。
もしもミライが、俺のおにいちゃんとして命を助けてくれて。俺のことをだれよりだいすきって言ってくれたら。
もしかして俺も、恋しちゃうかもしれない」
「ふええっ?!」
ミズキの思ってもみなかった発言に、おれはすっとんきょうな声を上げてしまった。
目の前には、『戦場の聖母』の異名をとる、きよらかできれいな微笑み。
「もちろん可愛いって気持ちもあるけど、……いっぱいいっぱいあるけど。
よく考えたらそればっか伝えてたよね。
ごめんね。俺もなんかミライのこと、弟みたく思っちゃってたみたい」
「ふえええ……!!」
どうしよう、何だかドキドキしてきてしまった。
もちろん、ソナタちゃんに抱いてるきもちとこれは違うもの。それはわかってるけれど……!
「なんだなんだ、俺には一体何人『弟』が増えればいいんだ?
親父とお袋が喜んじまうぞ、まったく……」
そのとき、ミズキとおれの頭におっきな手がのっかった。
先生、じゃない、お兄ちゃんだ。
いつのまにかおれたちの後ろにいたノゾミお兄ちゃんが、完全に『お兄ちゃん』の顔で、おれたちの頭をなでなでしてる。
ミズキは茶目っ気のある表情でお兄ちゃんに言う。
「いいんですか、先生? おれも『弟』になってしまっても?」
「もとより生徒はみんな舎弟のつもりだからな。
だが授業中に『お兄ちゃん』呼びは勘弁してくれよ、あれが起きると授業にならんからな」
そう、おれはたまにやらかす。
研修生としてここに出入りしている間は、ずっとどこでも『お兄ちゃん』と呼んでいたから、ついつい出てしまうことがあるのだ。
そうなるとみんな盛り上がっちゃって、大騒ぎになってしまう。
「はい、気を付けます!」
「えへ、ごめんなさい!」
ミズキが、おれが笑ってこたえると、お兄ちゃんが言った。
「やっと笑ったな、ミライ」
そう、気づけばおれは、笑顔になってた。
お兄ちゃんはひょいとしゃがむと、おれに目の高さを合わせて、教えてくれた。
「笑えなくなってきたら、誰かとあたたかいものでも食べろ。
泣けてきたなら、誰かに甘えろ。
もしも涙が止まらなくなったら、やめていいんだ。
苦しい涙は心の血だ。傷つけば流れる。流しすぎれば、命にかかわる。
そうして誰かが倒れてしまえば、そいつと心つなげた者たちも、心の血を流すことになる。
がんばることはいい。だが、倒れるような無茶はするな。
お前が無茶をしないことは、お前を愛する者たちすべての心を守ることなんだ。
……いいな」
「はいっ!」
お兄ちゃんたちは、ここまで苦労に苦労を重ねてきた。
この国を変えるために。その礎を築くために。
きっと、何度も泣いたはず。泣きながらもやらなきゃならないときも、おれよりいっぱいあったはず。
そのうえでのこのことばは、おれの胸にずしっ、と響いた。
そうだ。おれはプリーストだ。
みんなを守り、しあわせにするのが、おれの選んだ生き方だ。
それをまっとうするためには、『おれは倒れてでも』なんて思ってちゃ、いけないのだ。
「ミライ。
俺たち、みんなを守ろうね。
力を合わせて、いっしょに」
「うん!」
ミズキが差し出した握手の手に、おれは手を重ねる。
お兄ちゃんはひとつうなずくと、おれたちふたりの手を、優しく包み込んでくれた。
数字を覚えるのが苦手すぎるので、とりあえず一の桁をがんばって覚えることにしました。
ヤッター! ブックマークをいただいていることを確信しました。
メモを取ればいいことを今思いつきました。
(むだにローグライクふうにしてみる)
連日のブックマークありがとうございます! もう夢でもいいですっ!
次回、初めての合同練習。
ミライとソナタ、ふたりがはじめていっしょにステップを踏みます。
どうか、お楽しみに!




