Bonus Track_44-6 『可愛い』じゃ納得できなくて~ミライの場合(上)
ワン・ツー・スリー。ワン・ツー・スリー。
満場の視線の中、おれはソナタちゃんとホールドを組んで踊ってた。
ワン・ツー・スリー。ワン・ツー・スリー。
白いドレスのソナタちゃんは、まるで妖精みたいに軽やかにステップを踏む。
流れるワルツは、楽団の生演奏。天井ではシャンデリアが輝き、壁にはたくさんのタピスリー、テーブルには大輪の花々。
そんな、お城の大広間みたいな部屋のまんなかで、おれたちふたりだけが踊ってる。
すごい、夢みたい。まるで夢みたいだ。
おれは夢心地でステップを踏んだ。
ワン・ツー・スリー。ワン・ツー……あっ。
間違えてしまった。また、同じところ。
ピタッと止まってしまう。
音楽が、ステップが。
あはははは! みんなが笑う。
ソナタちゃんはおれの前でしょんぼりたちつくす。
きれいな紫のひとみには、すきとおったものがもりあがってく。
ごめん、ごめんなさい!
おれは一生懸命ソナタちゃんに、頭を下げて謝って……
「ミライ、ミライ? しっかり、しっかりして!」
はっと目を開けると、目の前にミズキの心配そうな顔があった。
* * * * *
おれは、イツカとカナタといっしょに、毎日ダンスの授業を受けた。
それが終われば、ミズキをはじめとした仲間たちにコーチをしてもらい、動画をとる。
もちろん毎回、前日のソナタちゃんの踊りを確認、微調整を繰り返した。
おかしな癖がつかないように気をつけながら、慎重にステップを覚えていく。
ゆっくりゆっくり、スローモーションで踊ってもらったり。
動きを絵や文章にしてみたり。
足運びを図にしたものを拡大コピーして、その上でステップを踏んだりして、猛特訓を重ねた。
その結果、おれはシルヴァン先生がびっくりするような早さで上達していった。
でも、それはあくまで、常人のはやさ。
おれがなんとかナチュラル・ターンを頭に入れたころには、イツカは軽やかにワン・ツー・スリーとやってたし……
おれがリバース・ターンを踏めるようになったときには、カナタは5種のステップすべてをこなせるようになっていた。
ソナタちゃんはもっともっとすごい。
自分ではまだ全然と言ってるけれど、おれからみればもう完璧で、一緒に踊らせてもらおうなんて言ったことが、いっそ恥ずかしいくらいだ。
だからって、へこたれてなんかいられない。
きめたんだ。イツカとカナタを追っかけて、すこしでも強くなる。そして、ソナタちゃんを守るんだって。
おれは毎日、踊りに踊った。
涙が出そうになったら、リズムを刻んだ。
弱音を吐きそうになったら、昨日までのノートを見返した。
悪い夢を見て目覚めたら、そっと廊下に出てステップを踏んだ。
いじけているひまがあるなら、すこしでも練習を。
ソナタちゃんにふさわしいおれになるために。
そして――
気がついたら、ミズキをはじめとした仲間たちが、おれの顔を心配そうにのぞき込んでいた。
* * * * *
「みんな、どうしたの? 何か、あったの……?」
「何かってミライ、覚えてないの?」
「えっと、おれ、たしかダンスの練習してて……あれ? 夢なのかな?
それとも、こっちのほうが、夢……?」
途中からふっつり記憶が途切れてる。まるで、夢を見たかのように。
考えてるうちに混乱してきた。というのも、おれはこのところ、夢の中でもダンスをしてて、だんだんどっちが現実か、わからなくなってきていたからだ。
ミズキの問いにおれが考え込んでいると、ふいにぎゅうっと抱きしめられた。
「ミライ。ごめん。
ごめんね、ミライ」
そうして、泣きそうな声で謝られた。
おどろいた。はじめてだった。ミズキが、こんな悲しい涙声になるなんて。
どうしたのと口にしかけて気がついた。そんなの、聞くまでもない。
おれもミズキを抱き返して、ごめんねと謝った。
「ごめんね、おれのせいで。
ミズキに、みんなに、心配かけちゃって」
「ううん、そうじゃない。
ミライのせいじゃない。ミライは悪くなんかないんだ。
俺のチカラと、配慮が足りなかった。ほんとうにごめんなさい」
ミズキは一生懸命あやまってくれる。まるで、夢の中のおれみたいに必死に。
「そんなことないよ。
ミズキは毎日、おれのダンスみてくれて……いっしょにトレーニングも勉強もしてくれて。マッサージやヒーリングしてくれたり、寝るまえにはブラッシングもしてくれて、わかんないことも教えてくれて……毎日いっぱい優しくしてくれてる。ミズキはひとつも、わるくないよ!」
「でも、倒れさせちゃった。
ミライが限界まで頑張る子だってわかってたのに、止めてあげられなかった。
ノゾミお兄さんにも心配かけて……」
濡れたはなだいろの瞳を見たら、ずきんと、胸が痛んだ。
無茶をしたのは、おれだ。
なのに、ミズキはそれを自分のせいだと思ってる。
ミズキは悪くないのに、自分を責めて、おれに謝ってる。
「俺ね。本当は知ってたんだ。
ミライが夜中、こっそり廊下で練習してたの。
ミライはトイレだよ、なんでもないよっていうから、見守るだけにしてたんだけれど……
ほんとはそのとき、連れ戻せばよかった。
無理にでも、休ませればよかった……」
「え?! ばれてたの……?!」
その言葉におれは驚いた。
「あー。バレてたっていうかさ……」
「実はみんな知ってたっていうか……」
ききかえせば、一ツ星寮生のみんなが気まずそうにこたえる。
あるいは頭の耳やしっぽを垂らして、あるいは申し訳なさそうに視線をそらしながら。
「最初、幽霊かと思って怖くてさ……」
「でもよく見たらミライで」
「けどあんまり一生懸命だから声、かけられなくて……」
「そういうわけ、なんです。
ミズキさん、あなたが悪いってなら俺たちも同罪です!
ごめんなさい!」
『騎士団』創始者四人のリーダー的存在、ダイト君が真っ先に頭を下げると、みんなもそれに続く。
「ふたりともごめん!」「悪かった!」「俺らももっと気を配ってやればよかった!」「ごめんなさい!」「本当に申し訳ないっ!」「ちょ、ちょ、ちょっとまって~!!」
突然始まった『ごめんね』ラッシュに、おれの方があわててしまう。
「みんなはわるくないよ! だって勝手に必死になって勝手に気を遣わせたんだもの!
ごめんね、おばけだと思って怖かったでしょ? トイレもがまんさせちゃったかも。
っていうか、やっぱうるさかったんだよね。みんなみんなごめんなさい!」
頭を下げれば、部屋は静けさに包まれた。
やがてはあっと誰かのため息。
顔を上げれば、みんなはぼーぜんとこっちを見てる。
中には目元をおおっているひともいる。
でもなんとなく、ほっとしたような雰囲気に見えるような、気もするんだけど……?
「えっ、どうしたの、みんな?」
するとミズキがもう一度おれをぎゅっとしてこう言った。
「ごめん、ミライが必死なのわかる。きもちもちゃんと、受け取ったよ。
でもね。ミライがちょっと、かわいすぎて……!」
もう一度、今度はほんとに泣きだしそうに震える声。
「えええ? えっと……??」
こういうときは、『騎士団』いち冷静なタマキくんが頼りになる。
とおもったら、タマキくんは眼鏡をはずしてハンカチで目元を覆っていた。
となりのダイト君は、あきらかに制服の袖で目元をふいてるし。
そのとき、部屋のドア(みんなが詰めかけてたからあいてた)がノックされてお兄ちゃんが顔を出した。
「ミライ、倒れたということで飛んで来たんだが……なにがおきた?」
「ごめんおにいちゃ……じゃなくて先生。おれ、みんなを泣かせちゃったみたい……」
一部始終を聞いたお兄ちゃん、もといノゾミ先生は深くうなずくとみんなを見渡して言った。
「お前らな。ミライが可愛いのは今に始まったことじゃないだろう。
泣きそうになったら深呼吸してルートか素数か元素記号か、とにかくなんか暗唱しろ。お前らに泣かれたらミライが泣くぞ」
「ひとよひとよにひとみごろ……」
「いちにさんごなな……」
「すいへーりーべーぼくのふねー」
「しろねこくろねことらねこみけねこ……」
時ならぬ暗唱大会になってしまったおれの部屋。
再び響いたノックの音に顔を上げると、私服のイツカたちがドアのところでぼーぜんとしていた。
これは夢か……えっ、リアルですか?
ブックマークありがとうございます! 信じられぬ……っ!!
次回、ミライの決意。
再び突き付けられた、生まれながらの絶対的な差。
それをまえにして、ミライは……
どうか、お楽しみに!




