44-3 昼下がりの初体験! シルヴァン先生のダンスレッスン!
「ふおおお……めが……めがまわる~……
マジにこんなにくるくるするのー?!」
「これでもゆっくりの方ですよ、イツカ君。本番はこの2倍のペースです」
「まじかあああ!」
白銀のきつねの腕の中、ふらふらになった黒猫が情けない声を上げれば、周囲から黄色い歓声が上がった。
解せない。いちおう二人とも学校指定のジャージ姿であり、ムードもへったくれもないはずなのだけど。
男女比8:2の高天原学園において、唯一男女比が逆転する授業がある。
それがこれ、シルヴァン先生による社交ダンスだ。
高天原学園体育館、中体育室は実に『女子7対男子3』という、奇跡の人口比を達成していた。
今日はそれでも男子が多いのだとか。
なぜなら、これまで顔を見せたことのないおれたち――ミライツカナタとミズキとアスカが加わり、しばらくぶりの受講となるユキテルとケイジ、ルシードもそろっているからだ。
むりもない。シルヴァン先生は『リアルエルフ』とか『男にしとくのがもったいない』と言われるほどのたおやかな美形なのだ。
透き通るような銀髪、澄んだ金色の瞳、すらりとした清楚な立ち姿。
知的で紳士的で、それでいて腕も立ち、たまに甘いものもごちそうしてくれる、とくれば、モテないほうがおかしい。
さらにダンスの先生の免許も持っているとか、天はいったい何物を与えるものなのだろうか。
ともあれ今回のレッスンは、おれたちをはじめ数人の初心者がいるので、ブラッシュアップから始めてくれるということ。
先生は『まずはダンスを体感してください』ということで、初参加の女子たちをリードしてすこし踊って見せてくれていたのだが、イツカのやつめがそれを見て『おれもおれもー!』と言い出した。
周囲がどよめくが先生は笑って『いいですよー』。
そうしてさらりとイツカをリードし、踊らせたのである。
イツカはこれまでワルツを踊ったことはない。というのに、なんかちゃんと踊れて見えた。
もっといえば、決まってた。
シルヴァン先生はにっこり笑ってこう言った。
「このとおり、リードをきちんと行うと、何も知らない初心者でもこれだけ踊れます。
男子諸君、つぎは君たちがこうなる番です。
君のパートナーがのびのびと美しさを発揮できるような、真にカッコイイ紳士のふるまいを、私の授業でぜひ覚えていってくださいね」
「はいっ!」
ミライは大いに感激したのだろう、ちょこんと折れた犬耳をふるふる、大きなおめめをキラキラさせて、まっすぐ手を上げ返事をした。
素直で無邪気な様子にその場はホンワカ。だれかがミライに声をかける。
「ねえねえミライ君、ミライ君も踊らせてもらったら?」
「そうそう、ミーたんもワルツ初体験でしょ?」
「ええっ、でも悪いよ。もうイツカがやらせてもらったし……」
「せんせー、ミライくんとカナタくんとも踊ってあげてくださーい!」
「ミズキ君とあーちゃんも初参加ですよねー!」
「あたしたち、リードのひけつを見学したいでーすっ!」
「ちょ、え、ええええ?!」
まさかのおれたちまで巻き添えだ。一体どうしてこうなった。
ミズキはとみれば、慌てる様子もなくニコニコ。
「いい経験だし、お願いしようよ。自分が何をできればいいかをわかっておくと、きっと上達も早いと思うよ」
アスカはと見ればあははーと開き直って笑ってる。
「さんせーいっぴょー。ま、これもお仕事と思って、ね」
そういわれては覚悟を決めるほかはない。
見学者用の窓の向こうで、ユズキさんとリュウジ・タカシロ氏が談笑している。
笑われてないといいのだけれど。いや絶対笑ってる。
確実にネタにされるだろう未来を予測して、おれは小さくため息をついた。
あれからすぐ、ユズキさんがリュウジ氏に連絡をとった。舞踏会の件で、直接話ができませんかと。
リュウジ氏は快諾。しかし指定してきた時間はなんと、ダンスの時間とバッチリ重なっていた。
だが、ユズキさんは動じない。
では一緒に、ダンスの授業の様子を見に行かないか、その間は我々で話し、あとから二人と合流しましょうと誘ったのである。
というのも、あのあとおれたちはアスカに言われていたのだ――『あそうそう。おれ、今日のシルちゃんの授業出るから。
もしリュウジ『伯父さん』が会見の時間バッティングさせてくるようなら、いっしょに可愛い甥っ子見に来ませんかって言ったらいいと思うよ!』
リュウジ氏はそれに応じ、おれたちはここに。ユズキさんとリュウジ氏はあそこにいるというわけだ。
二人は何を話しているのだろう。その気になれば『聴く』こともできるが、まずは授業に集中しなさいとくぎを刺されているのでそれもできない。
なんて思ってるとおれの番がきた。
柔らかな笑顔としぐさで招かれれば、おれはまったく自然にその腕に抱かれていた。
やっぱりこの人、只者じゃない。その気になればジュディの攻撃なんか目じゃなかっただろう。
それどころか、マルキアすら封殺したかもしれない。
かつてノゾミ先生が言っていた言葉――『威圧感を振りまきまくるだけが強者じゃない。本当に怖いのは、そうしたものを一切どっかにうっちゃったまま、スルッと隣に来れる存在だ』というのは、この人のことだったのか、と思ってしまう。
しかしシルヴァン先生は、問われる前に否定してきた。
「私じゃないですよ、カナタ君。
お師匠様です、ノゾミ先生の。
師事したのは短期間と聞きますが……
ともあれ、きみはリード役に向いています。
きみらしく踊れば、きっと大丈夫です」
「あ……ありがとうございます」
なんだこれ。掌の上というのはこのことか。
イツカのやつめがうっかり別の扉を開いてなきゃいいのだけれど。
意外と力強い手に促されるままに、足を踏み出しくるくる回り。
ふわりと動きの止まったときには、おれもふらふらになっていた。
後悔も反省も……していないっ(開き直り)
次回、リュウジさんとのプチ対決? どうぞ、お楽しみに!!




