5-3 実家に帰らせていただきますっ!!
寮室に戻ったらおれは、リビングを片づけ、ミニキッチンをきれいにする。
来客があればお茶をお出しし、イツカが戻り次第、二人でミライを探しに。
日が暮れたら、学食でごはん。
イツカがお風呂に入っている間に、勉強部屋をきれいにし、装備のメンテ。
調子を見たら、ふたりで宿題。
おれがお風呂に入っている間に、イツカがリビングと寝室を掃除する。
上がったらイツカが残り湯で洗濯機を回し、おれは錬成の準備。
洗濯物が干されたら、勉強部屋でイツカにみてもらいつつ、その日必要な錬成を行う。
最後に、翌日のスケジュールを確認し、おつかれさまーと言いあって就寝。
用事のある日はミライ探しは翌朝に回した。
メンテが大掛かりだったりして、おれが疲れていると判断したら、イツカが一人で行ってきてくれることもあった。
ときにはアスカやハヤト、うさぎ男同盟のみんなとお茶会して……
そんな日々は長くは続かなかった。
正確に言えば、三日間くらいしか。
たしかに、イツカは掃除をしてくれた。
あの土曜の朝は、リビングと玄関、サニタリールームを。
日曜日には、ベランダと寝室、リビングとメイド控室を。
月曜日はアスカたちとのお茶会の前後、リビングと玄関をばっちりやってくれた。
でもつぎの日、お茶会から戻ったおれは異変に気が付いた。
「ねえ、イツカ。
今日はリビングとか、掃除機かけた?」
「それなんだけどさ……
毎日かける必要ってなくね?」
「はあっ?」
「だってリビングって、ちょっとテレビみてお茶するだけだろ?
あとはちょっと通るくらいで……そんなに汚れてないじゃん。
寝室だって俺たち、ただ寝て起きるだけだし」
「いや、それで充分汚れてるからね?」
「神経質すぎね?」
「そんなことないよ!」
「いや、カナタは気にしすぎだって。
星降園でだって、一週間に一回だったろ、部屋の掃除なんてさ?」
「おれは毎日してたけど……」
「それ、しすぎだって。
そういうのがお前を追い詰めてるんだよ。
だいじょぶだって、俺がやるって言ったじゃん。
ちゃんと見て、必要な時にちゃんとやるから。
そうだよ、そもそもあしたルームクリーニングじゃん。だからいいって。な?」
「う……わかった……」
おれとしては、こだわりはあった。
でも、イツカの言う方が多分正しいのだ。
おれは、細かいところを見ないふりするとこからはじめよう。そう決意したのだった。
しかし、イツカはそれから、ちっとも掃除をしない。
おれとしては気になってしょうがない。
しかし、慣れようとした。慣れなきゃいけない。だって、イツカの方が正しいんだから。
けれど、木陽、金曜をすぎ、土曜日の十時半になってがまんは限界に達した。
おれがリビングに掃除機をかけ始めると、イツカは昨日試合で眠いのにと文句を言ってきた。
だったらアスカの部屋で寝てくれば、と言ったらほんとにパジャマで出ていった。
いっそせいせいしたような気持ちでひととおり掃除を終え、学食に出向いたおれだったが、そこでのほほーんとした様子のイツカとばったり顔を合わせてしまうと……
「足りない! 足りないんだよ! 一週間に一度じゃぜんっぜん足りないから!
ていうかお前してくれるっていったのに、なんで全然ほったらかしなの?!」
「いや週イチでいいだろって俺言ったじゃん。だいたい毎日するなんてもとから言ってないから!」
「おれは毎日してたのに……」
「だからそれはやりすぎだって!!」
気付けば、掃除を毎日するしないをめぐって、声を荒げた言い争いになっていた。
最後におれの口から出た言葉は……
「実家に帰らせていただきますっ!!」
「……で、こんどはカナぴょんがここきたってワケ?」
「ごめん……ほかの寮だと場所ないし、この寮にいるひとで頼めそうなのってアスカとハヤトしかいなかったから……」
そんなわけで今おれは、アスカとハヤトの部屋に来ていた。
ふたりはおれをソファに座らせると、緑茶を出してくれた。
おれが恐縮しながら事情を話すと、アスカはやれやれというように額に手を当て、でっかいため息とともにハヤトに問いかけた。
「はー。バディそろってしょーがないねー。
ま、いっけど。っておれが言っちゃーいけないんだっけか。
どーするハーちゃん?」
「……お前早く三ツ星昇格しろ。何度も言うが、こういうのは俺は嫌いだ」
「?」
「あ、……カナぴょんそれも知らないか。
『エキュパージュ』ってシステム。
ハーちゃんは三ツ星だけど、おれって二ツ星じゃん? 本来ならここにいれないわけよ。
でも、おれはハーちゃんのバディ。いうなれば、ハーちゃんチームを形成するための一部品だ。
それが理由で、ここにいることが許されるってわけ。
厳密にいえば、第三寮内を一人で歩くこともダメなんだ。
さすがにそれはってんで黙認されてるけど、部屋のことの公的な決定権はないのね。
なんつうか、メイドの延長みたいなイメージだねん♪」
「せめてバトラーと言ってくれ。学園メイドサービスはお願いしてあるんだ」
「おれもメイド服、着てもいいよー?」
「やめろやめてくれ俺が変態だと思われる」
「ハーちゃんはせっかくおれに命令できる立場なのに~」
「し・た・く・な・い!」
そんなやりとりを聞いてると、笑いが込み上げてきた。
「ふふっ。
仲良くっていいね、ふたり」
「でしょでしょー! 仲いっしょー! もういっそラブラブなくらいっしょー?!」
「おい」
アスカはハヤトの腕を抱いてじまんモード。
ハヤトもつっこみを入れるが、わかっているので振りほどいたりはしない。
いつも通りの仲良しぶりに、ほっこりと胸があたたかくなるのを感じた。
だが、それもつかの間。アスカは毎度の調子で、あり得ないことを言い出した。
「まーでもカナぴょんたちには負けるわー。もーこいつら新婚夫婦かと」
「は?」
「いやーほんと初々しいねー。掃除の頻度でもめるとか。学食でするしないめぐって大バトルしちゃうとか。見ててほっこりするわー」
「いや違うから。絶対確実に違うから。」
「で、どーすんのハーちゃん。おれはべつにいーよー、お菓子づくり大好きのカナぴょんがここ来てくれれば、毎日おいしいおやつが食べれるからね!」
「そ、れはっ……」
ハヤトがあからさまにぐらっとした。
甘いもの苦手っぽいハヤトだけど、おれのクッキーはそんなに気に入ってもらえたのか。
正直に言って、かなりうれしい。
「カナぴょんもさ、ここいればいいじゃん。
メイドサービス頼んでるから部屋はきれいにしてもらえるし。
さすがに毎日全室ピッカピカーはないけど、気になったとこだけやればいいなら楽だよ?
部屋の掃除の問題なけりゃ、イツにゃんはサイコーのバディなんでしょ? いーじゃん、バディが絶対一つ部屋で寝起きしなきゃいけないなんて校則ないから!」
「……!!」
しかし、事務に問い合わせをしてみたおれたちを待っていたのは、厳しい現実だった。
「バディのそれぞれが別の部屋を使用することは禁止されていません。
ですが、一方が他バディの利用しているメイドサービスを無償で受ける、これは認められません。
どうしてもということでしたら、通常のメイドサービス費をお支払いください。
この場合、イツカさんが元の部屋でサービスを受けるさいには、またひと枠分のお支払いが別途発生いたしますので、ご了承ください」
「バディ間の深刻なもめごとだし、一時宿泊処置ってことにしてもらえませんかー?」
「いえ、このような事情では『一時宿泊処置』は受けられません。
カナタさんはメイドサービス費をお支払いになるか、速やかにクシロペアの寮室を退去してください。
クシロペアがホシミ・ホシゾラペアのメイドサービス費を建て替えることは可能ですが、この場合代理弁済となりますのでポイントが二倍必要となります」




