43-7 狙われたソナタと、神依頼(上)
おれの知っているソナタは、『先天的』な心疾患からハートホスピタルに入院し、無理のない範囲でのつつましい生活を送っている、10歳の女の子だ。
午前中はホスピタル内の学習室で授業を受け。
お昼を食べて午後には、勉強や課外活動。
それがすんだら、おなじホスピタルの仲間たちとともにミッドガルドにイン。
そうして特別なことがない限りは、一時間遊んだら撤収。
イツカや、高天原行き直前のミライのように、夜通し遊ぶということは絶対にない。むしろ、夜九時の就寝の一時間前、夜八時にはほぼ確実にログアウトしていた。
その生活は、今なお大きくは変わっていないと考えられた。
いままで一緒のパーティーでともにプレーしてきた仲間たちは、手術を受けられていない。
レモンさんの設立したハートチャイルド基金の援助により、すでに何人もが手術を受け、入院生活から解放されている。けれどそれは『兄弟やその支援者たちが、自力で手術費用を集めるために働いていた』人たち。つまり、より歳が上の人たちであり、彼女たちの番はまだまだ先なのだ。
そんなわけでおれはイツカに「なんかあったら呼んで」と頼み、急遽ミッドガルドへ。今夜八時までにソナタを捕まえるため動き出した。
現在時刻、四時少し前。もしかしたらもうインしている可能性がある。
まずは通話をかけてみた――出ない。
そこでおれはメニューを呼び出し、急いでメールを打った。
『ソナタへ
こんにちわ、カナタです。
今月末のパーティーの、舞踏会の練習のことで、ソナタと話がしたいです。
ソナタもミライも、ワルツなんて初めてだし、リハーサル前にミライと対面で練習できたほうがいいので、都合のいい日を教えてください。
カナタお兄ちゃんより』
書き上げ、ざっと見直して送信。ソナタたちのパーティーが拠点としているはずの、マリノスの港町へと転移で向かった。
海の見える小高い丘の上に立つ、赤い屋根のアトリエ。そこが、ソナタたちのパーティー『ホシフリ☆ハートシスターズ』の拠点だ。
はたして、花に包まれた小さなアトリエは、以前のようにそこに立っていた。
ソナタたちがふつうにインすれば、ホーム設定されているこの中に出現するはず。
ダメもとで呼び鈴を鳴らしてみると、『はーい』と返事。あれ、この声は。
がちゃりと扉が開けばそこにいたのは、青い修道衣に栗色の瞳、すらりと背の高いシスター。歳のころ、おれより少し上くらい。
この人のことは知っている。ソナタの同期である、フィアさんだ。
「あ、フィアさん、こんにちわ」
「えっ……えええええっ?! ちょ、うそっ、カナタさまああっ?!
どどどどうぞ、あお、あうっ、うあがりくださっ」
フィアさんは大慌て。背中で美しいコルリの翼がパタパタはためく。
かみまくりの彼女の声を聞きつけて、なかからもう一人、小柄なシスターが現れる。
「なにフィアこんどは……のあああ?! おにいさまっ!!
どどどうぞどうぞ、ただいまお茶を、もしくはコーヒーを、カレーライスでもよろしいですようっっ!!」
青い修道衣に琥珀色の瞳、同じ色の猫耳をぴこぴこさせる彼女はレネさん。この人もまたソナタの同期だ。
この人にとっては、カレーライスは飲み物らしい。
けれどむしろ痩せているのが不思議なところだ。もとい。
「お二人がここでお留守番してる、ってことは……」
「はい、ソナタさんたちはいまクエストの最中なんです。
今日には帰ってくる予定ですので、」
そのとき、何とも言えない不吉な予感がした。
おれは二人へのお詫びももどかしく、再びソナタにコールをかけた。
ワンコール、ツーコール。
3回目の呼び出し音で、ソナタは通話に応じてくれた。
「はい、お兄ちゃん?」
「ソナタ、大至急戻れない?
どうしても手が離せないなら仕方ないけど……」
「…… ううん。
だいじょうぶ。ちょっといま、落とし物を見つけて気になったとこだったけど……うん、それはほかの人にも届けられるし。すぐみんなと合流して戻るね」
通話が切れるや、どっと冷や汗が噴き出すのを感じた。
かつてミライから聞いていた。『天使堕ち』誘発のトラップクエスト『竜の涙とエンジェルティア』――そのはじまりは、ひとり街角を歩いているときに、気になる財布を拾うことだと。
まさか、まだ10歳の少女に仕掛けてくるとは。
いや、考えすぎかもしれない。ソナタは、数カ月前に手術を終えたばかりの10歳の少女でしかない。
研修生としての多忙な日々に耐えられるわけは、どうやったってないのだ。
けれど、探りを入れておく必要はあるだろう。ことによっては利用させてもらわねばならない。
おれのたったひとりの肉親である、ソナタを守るために。
ともあれシスター二人に非礼のお詫びをし、そわそわと玄関前で待つことしばし。帰宅のエフェクトである、うす青い光の輪が目のまえに現れた。
直径一メートルほどの輪の中に姿を現したのは、おれもよく知る四人の少女たち。
ちっちゃなシマリス装備のクラフター、すらりとしたアカギツネ装備のハンター、すこし小柄なシマエナガ装備のシスターと、桜色のでかもふロップイヤー装備のうさぎシスター。
うさぎシスター改めソナタは、即座におれに駆け寄ってきてくれた。
「ただいまお兄ちゃんっ。ごめんね、そんな急ぎだった?」
「あ、うん。ごめんね、クエストの最中だったらもう一度現地に送るけど……」
「だいじょぶだよ。帰る前にちょっとだけ街を歩いてて、もうみんなで合流したら戻るばっかのとこだったから!」
おれをまっすぐ見上げる、ちいさなちいさなひまわりのような笑顔。
こんないい子が、あんな卑怯な策を仕掛けられたなら。きっと騙されてしまうに違いない。
おれは言葉を選び、できる限りを伝えることにした。
「ソナタはいい子だから、悪い人が狙ってるかもしれないね。
クエストを装って、近づいてこようとするかも。
くれぐれも、怪しい件にはかかわらないようにね。そのへんで得体のしれないものを拾ったりとか、したらだめだよ?」
我ながら無茶を言ってると思う。落とし物を届けたり、知らない人を助けたり、そういうことをするのはティアブラではあたりまえのこと。とくにプリーストともなれば、人助けが存在意義と言っても過言じゃない。
それでもソナタは何かを悟ったのだろう。素直にうん、とうなずいてくれた。
ぎゅうっと抱きしめたくなったけどここはがまん。ソナタの後ろで待っててくれている、三人の仲間たちに頭を下げた。
「みんなもごめんね、せっかくクエスト後の余韻を楽しんでたとこなのに……」
「大丈夫だよっ! ほんとあたしたち帰るとこだったし!」
パーティー最年少のクラフター・ヒトミちゃんは、小さな体には大きすぎるほどのシマリスしっぽをふりふりさせて笑ってくれる。
「カナタさんたちはいま、とてもお忙しいのですから。クエストの終わった後でちょうどよかったです」
つやのある黒髪を揺らしてほわっと微笑んでくれるのは、シマエナガ装備のプリースト、コユキちゃん。ソナタと同い年だが、年上なのかと思ってしまうほどしっかりしている子だ。
「どーしてもってなら、落ち着いたらデートしてくださいよ! あたしたちもカナタさんたちとスイーツバイキング行きたいです!
ティアブラのなかでいいんで、イツカさんとミライさんも一緒に!!」
ソナタより一つ下、アカギツネ装備のハンター・シュナちゃんはきれいな緑の瞳をきらめかせ、ちゃめっけあふれる提案を。もちろんOKだ。
『あらためて連絡するからね』と両手を駆使して全員と指切りし、おれたちはアトリエの居間に移動した。
このところとしては珍しく、かなりの部分が後編に回りました。
次回、『神依頼』の正体が明らかになります。
どうぞ、お楽しみに!




