43-2 ソレイユ家当主との面談~目指せ、『カレッジ』入学!
ソレイユ邸に着いたおれたちは、まったく待たされることなく当主執務室へ、そこにある応接セットのソファーへと案内された。
出迎えてくれたのは、ロマンスグレーのおじさまと、暖かい微笑みの上品なご婦人。
ソレイユの当主ご夫妻。おれたちの雇い主である。
「やあ、ふたりともよく来てくれたね。
私がユズキ。こちらが妻のタンジェリンだよ。
どうかふたりともかけて、楽にしてくれたまえ。飲み物は何がいいかな?」
タンジェリンさんは公式の場でつけるヴェールを外しており、気品と優しさに満ちたお顔をあらわにしている。
ちょっと見、年齢のわからない感じだが、見た目よりはずっと長い時を生きていらっしゃるのだろう、ということはうかがい知れた――ちょうど、セレネさんのように。
一方のユズキさんは無意味に丸眼鏡を直したりしている。みためは学者っぽい渋いおじさまなのに、なんかめちゃくちゃウッキウキである。
「えっと、ココア」「こらイツカ!」
と、いつもの声がおれを現実に引き戻した。
曲がりなりにも上司相手にえっとはないだろ。あわててたしなめるとお二人、そしてそばに控えるライムは優しく笑ってくれた。
今はメイド服ではなく、優しい色使いのボレロつきワンピースで、宗家令嬢らしく装っている。
引っ越し作業を超速で終えたライムがこの姿で現れたときには、すっかりぼうっとなってしまったものである。
「いいんだよカナタ君、楽にしてといったのは私だからね。
どうだね、いっそ君たち用心棒などと言わずうちの子にならないかね。
ソレイユは代々女系でね、どうしても男連中は押されがちで」
「あなた?
カナタさんを弟になどしてしまったら、ライムが泣きますよ?」
「それもそうだったね、これは失礼」
ウッキウキのおじさまと、それをたしなめる奥さまは、スーツとワンピースでぱりっと装い、所作も上品。
なのに半端なくラブラブなのがひしひしと伝わってくる。どうもごちそうさまです。
ライムはちょっぴり慌てた様子でツッコミを入れ、代わりに頭を下げてくれる。
「お父様、お母様っ。
お二人ともいきなりごめんなさい。父も母もお二人の大ファンで、すっかり浮かれてしまっておりますの。
しばらくすれば落ち着きますので、大目に見てあげてくださいませ」
もちろん、そんな嬉しい言葉を聞いて、おれたちが怒るわけもない。
「いえ、そんなに歓迎していただけて、こちらこそ嬉しいです。
この話は未熟なおれたちが、庇護をうけるためにとお願いしたことですのに……」
するとユズキさんはすっかり渋いおじさまとなり、インテリジェンスあふれる微笑で座りなおす。
「それはどうか、気にしないでくれたまえ。
『Ω制を廃止し、だれもが望む幸せをつかめる国をめざす』。そんな大きく優しい理想に、私たちも共感してのことだからね。
私たちは君たちを全力で守る。
君たちは存分に、学び、鍛え、理想と自らを磨き……
力を蓄えたならクゼノインへ行き、彼らの守りのよすがになってやってほしい。
セイメイも一党の当主とはいえ、最大与党のほとんどを占める『タカシロ赤竜管理派』に対抗し続けるのは苦しいことだ。
ましてミズキ君の代ともなれば、ますます攻勢を強めてくることだろう」
「……はい」
赤竜管理派。タカシロ家内部のみならず、国会内でも、いまひとつの国会と言われる学園理事会でも、優勢をほこる存在だ。
かれらはイツカとミライの、アスカとハヤトの自由を奪おうとし、今なお、おれたちを狙っている。
彼らとの攻防は、これからますます激しくなることだろう。レインさんも、また『ワスプ寄せ事件』のような真似をさせられないとは言えない。
おれたちも今度こそαのはしくれとして、それと戦っていかなければならないのだけれど……正直、不安なのは否めない。
「どうぞ」
そこへライムが、ココアとミルクティを運んできてくれた。
猫舌イツカでもやけどしない、優しい温度のココアと、おれの好みの温度のミルクティー。
ふっと気持ちをほぐされたそのとき、同じくらい暖かい声が希望を告げてくれる。
タンジェリンさんのものだ。ローテーブルに身を乗り出すようにして、微笑みを向けてくれている。
「大丈夫よ。
ふたりとも、イワちゃんと仲良くなったでしょ?」
「イワちゃん……ゴジョウさんですか?」
「ええ。
あの子は優しい子よ。きっと、リュウジくんとの懸け橋になってくれるわ。
リュウジくんたちを、あまり憎まないであげてね。あの子たちも、あの子たちなりに一生懸命なの。
今のやり方で守られている命もいくつもある。彼らもみんなみんな幸せにするために、わたしたちは一緒に、よりよい方法を探しましょうね」
「はい!」
包み込むような微笑みで告げられると単純なもので、そうしようという気持ちがむくむく湧きあがってくる。
もっとも同じようにアスカたちが言われても、なかなか受け入れがたいだろう――彼らには、管理派を強く憎む充分な理由がある。
そこはおれたちが、うまく落としどころを探らねばならないのだ。
そのためにも、ここからまた、学んで鍛えていかなければ。
そんな気持ちを返事に込めれば、優しい微笑みが返ってくる。
「君たちはまず『カレッジ』への入学を目指しなさい」
そうしてユズキさんは柔らかい調子ながらてきぱきと、おれたちに今後の道筋を示しはじめた。
「高天原の一般授業を聴講生として受けるもよし。通信教育を利用するもよし。
より広い視野を身に着けるための基礎を確かなものにし、いざというとき説得力ある言葉で皆を導けるようにね。
仲間たちの研究開発に協力し、議会や行事にも参加しながらという多忙なスケジュールとなるが、そこは全力でサポートする。
いまから一年、いや、半年で、『カレッジ入学資格試験』をパスしなさい。できるね?」
「はい!」
「………………ハ、ハイ」
おれの隣で、イツカの目はあきらかに泳いでいた。
寒いですね……ほんと今日寒いです。風邪ひかんようにせんと。
次回、新しい部屋へGO! お楽しみに!




