41-5 王子と騎士と、マリオネットの糸
神剣『アクエリアス』は、『ソアー』の手のすぐそばに転がっていた。
しかし、彼がそれを拾い上げる様子はない。
綺麗な手も、純白の翼も、細身の体も小さく震えていた。
おびえた瞳には、小さく涙さえ浮かんでいる。
イツカはというと、らしくもなくじっと剣を向けたまま。
おれは二人の脇に舞い降りると、まずはイツカにつっこみチョップ。
「にゃっ?!」
無防備に食らったイツカは猫のような声を上げる。
まったく、あいかわらず『敵以外に対しては警戒心がなさすぎ子猫』である。
まあ、そんなところがいいんだけれど。
だからこそおれは、ここでイツカにお説教をしなけりゃならない。
「イツカ。まず剣おろしてやって。
ほら、暴れたりしてこないよ? だいじょぶだから」
つづいておれは、『ソアー』を耳翼でそっと包んで立たせてやった。
同時にイツカもくるんでやる。
大きな白い耳翼、右と左のそれぞれで、イツカと『ソアー』をうさみみロールだ。
癒しの力を全開にして、優しく落ち着かせてやる。
すると『ソアー』は戸惑った声を上げ、イツカもいつもの口調に戻る。
「え……えっ……?」
「ふえ? なに? カナタ?」
「だめだろイツカ、泣いてる子を増やしたら。
ごめんね『ソアー』。びっくりさせたね。
イツカのやつ、ほんとあわてんぼでもう」
「えっ?」
「へっ?」
きょとんとしている『ソアー』とイツカ。
ふたりを解放したおれはまず、誤解を解くことにする。
イツカに向かってきっぱり告げる。
「あのさ、誤解してるようだから言うけど。
おれはべつに泣いてないからね。
あれはナツキとおれの興奮が一緒になって押し寄せたから目からなんか出てきただけで、絶対絶対おれは泣いてなんかいないから。」
「え、だって」
「0を1にするのも『増やす』だからね?」
「そーぢゃなくってさー……」
納得いかないという様子のイツカに、おれは噛んで含めるように言い聞かせた。
「そんなことよりおまえだよ。
おれを全力で守ってくれたのは嬉しい。そこはほんとに、ありがとう。
でもね、おまえはこの国のヒーローになるんだよ。それがあんなふうにしちゃダメでしょ」
「あっえっと……う……」
イツカは気まずそうにうつむいた。
そう、こいつがあんなに怒っていたのは。
「おまえ、自分に対して一番腹立ててたでしょ。
それをあんなふうに戦いにぶつけちゃだめだ。
わざわざ、自分から痛みを食らいにいくような戦い方して……
子供とか泣くよ? ソナタもミライも、ナツキだって怖がるよ? それでいいの?」
「………………ごめん。
カナタの言う通り。ぶっちゃけ八つ当たり入ってた。ごめんなさい」
イツカはぺこんと猫耳を折りつつ、ぺこんと頭を下げたのだ。
そう、ちゃんと、『ソアー』にむけて。
「えっあいや、その……あれはオレもその、ちょっとアレだったしっ」
すると『ソアー』は慌てたように両手を振る。
そこにはさっきまでの、どこか狂ったような感じはない。
まるでおれたちと同じ、ごくごくふつうの少年だ。
おれはにっこり笑って返す。
「いいんだよ。きみが謝ることなんかない。
おれは言ったでしょ。『いいよ、好きなだけ楽しんで。』って。
そうである以上、おれはあれに文句を言う気はないよ。
森を維持できなかったのは、さっきのバトルがなんかしんどいものになっちゃったのは、ひたすらにおれの力不足だから。気にしないで。
だからイツカもナツキも。ほら、おれは笑ってるでしょ。だからだいじょぶ。ね?」
「……ほんと、王子様だよな、カナタって」
『ソアー』はすると、静かに微笑んだ。
けれどその顔は同時に、泣いているようにも見えた。
「この試合さ。
……やっぱ、お前たちが勝つべきだよな。
俺、そう、思う。
だ、から、……!!」
ふいに、『ソアー』の滑舌がおかしくなった。
白いズボンに包まれた脚が、すいとひるがえり、『アクエリアス』を蹴り上げる。
見事なやりようで剣を取りもどした『ソアー』はしかし、さっき以上に戸惑った顔をしていた。
今回キリの関係で短いですが、明日二部分投稿します!
勝負の行方は、『ソアー』の運命は?
どうかお楽しみに!!




