41-4 イツカ、ビーストモード? 破れ、永久機関コンボ!
『ソアー』の攻撃がやんだ。
観客席が静まりかえった。
『イツカ、おにい、ちゃん……?』
ナツキがおびえと戸惑いの混じった声を上げる。
イツカはこちらを見ないまま、苦しげな声で詫びる。
「ごめんな、ナツキ。
でも、ごめん。俺、許せないんだ。
カナタもごめん。森、解除して。大丈夫、だから。
そこで少し待っててな。カタ、つけてくるから」
「え? えっ……?」
言われるまでもなく、森はほぼ刈りつくされていた。
おれのパワーで作り出した分身のような存在とはいえ、無残な姿に胸が痛んだ。
せめてもと、自ら解除すれば、わずかなハーブもふっと消え去る。
後に残るのは、破壊の爪痕のこるフィールド。
惨状を作り出した元凶はしかし、いまやおびえた様子で後ずさりしていた。
「お。おい。
そんなことしたらどうなるかわかってんのか?
お前がオレを攻撃したら。オレはその痛みを吸収して、お前にぶつけるぞ。
さっきのはあくまでけん制でほんとなら」
「いいぜ、やれよ」
イツカは答えつつ、一歩踏み出す。
後ずさる『ソアー』の声の震えが大きくなる。
「それだけじゃないぞ! ゲットしたBPで回復してお前に攻撃も」
「やってみろよ。」
「っ……」
数秒前まで笑いながらそうしていたはずの『ソアー』はしかし、同じことをもうできない。
「どうしたんだ。早くやれ。
じゃないと一撃で意識飛ばすぞ!」
「うわああっ!!」
『ソアー』は『アクエリアス』を振り回し始めた。
腰が引け、後ずさりながらの攻撃は、ほとんどイツカに当たらない。
『痛み』を赤い輝きと変え、刀身にまとわせているのはさすがだったが。
イツカはときに小さくうめき、ときに悲鳴を噛み殺しながらも、一歩も引かず、さらに詰め寄る。
「そんなじゃ、効か、ないっ!
必殺技で、こい! お前のいちばんの! 一番の、大技で、来いっ!!」
「いっ、いわれなく、っても!!
っやるからな! くらえ!
――『ドラゴン・イーター』!!」
『必殺技で』。言われて『ソアー』は思い出したようにパワーチャージ。
さすがに早い。刀身に宿った青の光は瞬間的に膨れ上り、『ソアー』の全身を包み込み、見上げるほどの大きさの光の卵を形成した。
青の卵はすぐにひび割れ、舞い散る光の羽のエフェクトとともに、スリムな体躯の巨鳥が生まれ出た。
飾り羽をひろげる頭の高さは、ビルの五階ほど。
長い長い脚だけでも優に三階の高さはあるだろう。
特徴的なのは、あちらこちらにあしらわれた歯車の装飾だ。
それもこれも、すべて青く輝く水でできている。
歯車が回り、ギリギリギリ、と響いたのは、見えざるゼンマイの音か、それともそいつの鳴き声か。
そう、そこに君臨したのは、龍形のシャスタさまもかくやの、美しく大きなヘビクイワシだった。
ヒナ段階を飛ばしていきなり成体。そこはゲームだから突っ込んではいけない。
大事なのは、その体内、胴の中心に見えるものだ。
『ソアー』がいる。
大きく翼を広げてはばたけば、巨鳥も同時にはばたいた。
『ソアー』が足を踏み出せば、長大な脚も踏み出した。
一歩、二歩。三歩目を踏み込むと、脚全体を鬼火がつつむ。
見るからに痛そうな、まがまがしい赤をブーツのように履いた踏みつけが、はるかな高みからイツカに襲い掛かった。
一撃、一撃が、ことごとく地を割る、空を割く。
イツカは跳んで避けては斬りつける。しかしすぱりと断ち切られた水の脚は、すぐに修復され、『ソアー』本人にはダメージはいかない。
水の巨鳥を身にまとい、ソアーは天使のような顔と声で、狂ったように笑い叫ぶ。
『あは、あははは。
どうだっ。これならお前はオレをキズつけられない!
無敵状態だぞ!! あはははっ!!
このまま一気に狩ってやる!! 覚悟しろ黒猫ォ!!』
安全地帯に逃げ込んで睥睨する『ソアー』は、確信しきっているようだった。
自らの身の安全を、イコール勝利の可能性と。
つまり、気づいてない。
自ら、本当の無敵オプションを――すなわち3Sによる永久機関コンボをお釈迦にしてしまったことに。
『ドラゴン・イーター』は斬られても修復され、動き続ける。
『ソアー』が必要なBPの供給を続ける限り。
その間、彼本人は水の体に守られてダメージ……HPの消費がない。
必要なBPはいくらでも供給できる。相手への攻撃、もしくはそのへんにある何かの破壊など。
すなわち『ソアー』は暴れ続けるだけで、『無傷』で勝てるというわけだ。
ただしこれは、壊せる相手がいる限りにおいてのことである。
フィールドの地面に盛られてあったクレイは、先ほどからの猛攻ですべて破壊されつくしていた。
後に残るは、むき出しの防護絶壁。
フィールドを外界から隔離するそれは、『マザー』以外には壊せない。
そしてイツカは、黒猫装備の風になっていた。
跳躍、跳躍、宙を走ってまた跳躍。
そうしながらも的確に剣をふるい、『ドラゴン・イーター』を削っていく。
それでも、『ヘイズ・ルーン』は効果を発揮しない。
『ソアー』本人に被ダメージがないためだ。
同時に、与ダメージもほとんどない。
フィールドのオブジェクトは破壊しつくされ、イツカへの攻撃はほぼ当たらない。
ときに蹴り飛ばされることはあっても、それ以上の反撃を浴びせる修羅の暴れぶりで、ますます水の巨鳥を、その命綱である『ソアー』のBPを消耗させていった。
『ドラゴン・イーター』の攻撃はおれにはこない。イツカがさきに見せた怒りと、いまふるっている剣技のおかげだ。
おれはありがたくポーションを飲み干し、一息。
コトハさん特製のミルクポーションだ。ほのかなあまみが心をほぐす。
ぐっと飲みこむとじわり、五臓六腑に染み渡る。
おかげさまで、おれのなかのナツキも元気を取り戻せたようだ。
『カナタお兄ちゃんっ!』
かわいらしくもしっかりとした調子で、おれに呼び掛けてくる。こんどはちゃんと練習通り、おれの耳飾りを使って。えらい。いい子だ。
とりあえずは心でぎゅっとして、おれも立ち上がる。
「うん、いこうナツキ。
……おれはお姫様じゃない。
相棒に守られっぱなし、任せっきりなんて、キャラじゃないものね!」
それに、イツカもあんなの、『らしく』ない。
さあ、元気を出してまずは決着。
「イツカ!」
声をかければ、ちらりとイツカがこちらを見た。
その瞳は一瞬揺れたが、魔擲弾銃を軽く掲げて見せれば、ふり、としっぽを振ってくる。
上向きにふられたしっぽは言っている。上で合流、と。
了解。おれは『玉兎抱翼』発動。垂れうさ耳を大きな白の耳翼に変えて、一気に天井付近へ上昇。追うようにイツカが跳んでくる。
ひとっとびだった。それで、ビルの十階を超えるこの高さ。こいつもすっかり成長したものだ。
そのとき気が付いた。やつの背が少し伸びていることに。
思わず微笑みを向けそうになってこらえた。
いまそうしたら、やつはきっと気が抜けて落下してしまうだろう。
今日は、この試合は、しっかりと決着をつけなきゃならない。
おれたちが勝つ姿をもって、はっきりと知らしめなければならない。
『ソアー』を作り出した者たち、それを支持する者たちにに向け、『こんなやり方じゃ勝てないぞ』と。
誰かをハメて奴隷にして。
彼らが生み出した悲しみや怒りを、荒ぶる神として憑依させて。
戦いのための人形として差し向けたところで、おれたちには、おれたちの団結には絶対勝てやしないのだということを。
だからおれはこう言った。
「一撃で決めるよ!」
「!」
イツカは言葉で答えない。ビーストモードに入りかけているのだ。
そのへんは、このあと。
いつもどおりくるっと向けられた足裏をぐいっと蹴りだす。
その瞬間、イツカにすいっと乗り移ってくれた、ナツキとともに送り出す。
『わあああ!! ああああ!!』
『ソアー』は自らの残りBPを、ありったけ防御に回してくるようす。
地上からにらみ上げてくる水の巨鳥は、輝きながら膨れ上がる。
青く明滅する全身で、狂ったように歯車が回転し、頭部の飾り羽が刃と化して次から次に飛んでくる。
けれどイツカは、その弾幕を突き抜ける。
全身に金色の力をまとい、手にした剣を紅に染めて。
おれが撃ち込んだ『斥力のオーブ』を両足で蹴れば、加速と同時に、紅は金へと変わる。そして。
悲鳴、衝突、轟音。
ダメージポップアップは上がらなかった。
それでも、勝負はほぼ決していた。
ティアブラでは、BPやTPがゼロになった場合、ほぼ行動不能となる。
たとえHPが残っていたとしても、まともに防御も回避もできなければ、勝ちの目はない。
爆発が収まればそこには、いまだ金色の光を宿す剣で残心を取るイツカと、水の巨鳥を失ってぺたりとへたり込んだ『ソアー』がいた。
結局はBP枯渇戦法に落ち着きました。
そしてイツカはビーストモードです。(ΦωΦ)
次回。決着……かな?
どうぞ、お楽しみに!




