5-2 モフモフたちのティーパーティー!
それは、月曜日のこと。
約束の五時になると、ぴんぽーん、とドアホンが鳴った。
壁掛けの小さな画面をのぞけば『歩くパーティー』がニコニコと手を振っていた。
その正体は、めっちゃ目立つ真っ白なうさぎの立ち耳、激しく魔改造された制服、デコりまくられた眼鏡、一段と派手にカラーリングされた髪と瞳に、今日は右ほほに黄色い星のフェイスペインティングまでほどこした、すこし小柄な少年。
今日のお客様のひとり、『うさぎ男同盟』の盟主・アスカである。
その後ろには、改造なしの制服を型どおりに着こんだ、大柄な少年もみえる。
短く刈り込んだ黒髪のすきまからは、ふさふさとした灰色狼の耳。
精悍な顔立ちをかすかに染め、灰色のふさ尻尾もやや所在なさげに揺らしつつ、ケーキの箱を持っている。
彼がもう一人のお客様、ハヤトだ。
アスカのバディで、『剣狼ハヤト』の二つ名を持つ先輩剣闘士である。
大丈夫、部屋の掃除も、片付けもカンペキ。
さすがは天才イツカというべきか。
たとえいまここに、校長先生が来たって恥ずかしくないレベルだ。
おれは走って行ってドアを開けた。
「いらっしゃーい! あがってあがって!」
「ありがとでーす。これおみやねー」
「ありがとー。さっそく出すねー。
てきとーに座って。お茶いれるから」
「あーい!」
お茶会はどれくらいぶりだろう。おもわずウキウキしてしまう。
おみやげのケーキ箱を手に、弾む足取りでキッチンへ。
なかみはモンブラン、チョコケーキ、いちごショート、なしタルト。
結構クリーム率が高いチョイスだ。これはミルクの合う、ダージリンかアールグレイかな。コーヒーもいいかもしれない。
おれはリビングをふりかえり、三人に声をかけた。
「みんな、飲み物何がいいー?」
「えっとー、ココアー。ミルクでいれるやつでおさとうたっぷり!」
「……わ、悪いが、甘みがないやつで」
アスカがこともあろうに禁断の甘×甘をチョイスすると、ハヤトは顔を引きつらせて甘くないのを所望してきた。
「甘みがないやつなら、ダージリン、アールグレー、緑茶、ほうじ茶、コーヒーがあるよ」
「……ええと」
「んっじゃダージリンな! ハヤトもそんでいーだろ?」
「あ、ああ」
「わかった。ちょっと待っててね!」
イツカがてきぱきと決めてくれた。おれはさっそくお湯を沸かし始める。
お盆に小さな取り皿を四つ出して、まずはケーキを盛り付け、フォークを添える。
「イツカーケーキもってってー。
お皿置いたらもう一度お盆もってきてねー」
「おう!」
それから数分。
ミルクココアとダージリン、そして手製のクッキーの準備もさくさくとおわり、おれもソファーに腰かける。
かくして、けもみみ野郎四人でのお茶会が始まった。
「やー、いー部屋だねー。お招きありがとー」
「いやお前が押し掛けたんだろ」
「えへへー」
アスカがいつもの調子でにぱにぱ言えば、ハヤトがつっこむ。
「いいっていいって。
クッキーもお茶も、このままじゃしけっちゃうとこだったからさ。
来てくれてありがと、ふたりとも!」
「……お、おう」
ありがとうを言うと、ハヤトは照れて頭をかいた。
さいしょはひたすらコワモテっぽいイメージだったのに、こうしているとなんかかわいい。アスカの気持ちがよくわかる。
そのアスカはハヤトの隣で、ココアをすすると言ってきた。
「びっくりしたっしょ、寮の立ち入り制限。
おれらも第三はいって初めて知ってさー。それまでは同盟のみんなで気軽に行き来してたのがなーんかハードル高くなっちゃってさ。
ま、これもアイドルの宿命だからねー。
だからいまはおれのほうから遊びいくようにしてるんだけどね。こんな感じで!」
「そっか、おれの方から遊びに行く、か……
なるほど、みんなが来づらいなら、おれが寮の外でお茶会開けばいいのか! ナイスアイデア!」
そう、第三寮と五つ星寮には立ち入り制限がある。
二ツ星以下のひとは、訪ねていく相手の許可と、エスコートが必要なのだ。
つまり、まずは入り口のところにある、メイド詰所で手続きをしなければならない。
で、部屋に行く間とお茶してる間と退出までずっと、学園メイドが最低一名後ろに控えている。
どうやらそれが、めんどうのようで……
土曜にはがくっと。日曜にはもうまったく、お客さんが来なくなってしまった。
そのため、来客を見込んでたくさん焼いたクッキーや、買いそろえておいたお茶類も、湿気てまずくなってしまう危機にさらされていたのだ。
でも、お茶会を定期的に寮の外でやるなら。
誰も追い返さないで済むし、みんなでおしゃべりできる。
もちろん、せっかくのお茶やお菓子もおいしくいただいてもらえる。
目の前がぱあっと明るくなった気がした。
「うんうん、いつもの女子たちこなくなっちゃったからな~」
「そっ、そんなじゃないって!
アスカたちも誤解しないでよ?! おれは一ミリもそんなつもりないんだからねっ!」
イツカがニヤニヤ笑っておれをからかう。
おれの気持ちにはライムしかいないのを知っていながら、このフリーダム野郎めは。
それでもやつは、地に足の着いた判断を示して、おれの暴走を防いでくれた。
「でもさ、もうちょっと落ち着いてからでよくね?
でっかい茶会ってったらそれなり準備いるだろうしさ。
だいじょぶだって、お前のクッキーは俺が消化してやるから」
「あ……
そうだね。そうだよね。
うん、お願いねイツカ」
「おう、まかせとけ!」
「ひゅーひゅー。お熱いねーおふたりさーん。
でさでさー。どーだった、のぞみんとのでーと」
一応まとまったところでアスカが、突っ込みどころしかない話題転換をかましてきた。
ちなみに『のぞみん』とは『青嵐公』先生のことだ。
もちろんやつ以外のおれたちは総員ツッコミである。
「おい。」
「ぜんぜんそんなじゃねーし! デートでもねーしっ!」
「そーだよ、普通にエキシビションマッチの打ち合わせだから!」
「『お前らなにがあった?』
……って言われなかったー?」
「っ?!」
だがそれに帰ってきたのは、意外に似てる『青嵐公』先生の口真似。
それと、三倍鋭いツッコミだった。
「も、もしかして、見てた……?」
「ううんなんとなくー。
で?」
「あ……や、言われたけど。
べつに、掃除洗濯とかの分担変えたくらいで、あとはなんにも。な?」
「だよね?」
アスカがじーっとこっちを見はじめた。
目をそらしたハヤトの、ふかふかの狼耳が聞きたくない。けど聞かねばならぬというようにもそもそ動く。
はたしてアスカは言い出した。
「ぷろぽーずとかしたわけじゃなく?」
「げほっげほっげほげほげほっ」
「誰が! 誰に!! なんで!!」
「されてない! されてないからね! こっちからもしてないから!!」
「えーだってカナぴょんの左手中指の指輪ー」
「魔力流量調整リングだから! 錬成暴走防止の!!
左なのは投てきが主に右だからで深い意味はないからっ!!」
「まあたしかにそのデザイン選んだの俺だけどさ!
でも『カナタの目って綺麗な紫だから紫が合う』ってそれだけの理由だから!!」
「げほっげほげほっ」
しかしやつめは、さらににぱにぱとのたまわる。
「わ~あっついあっつい。おれたち当てられちゃったな~」
「いやだから熱くないから! 普通だしっ!!」
「だよねっ!!」
「む~ふ~ふ~。こーいうときの~、掲示板攻撃~!」
しまいにはどこかの青ダヌキを思いださせる口調でなぞの言葉を発しはじめた。
ブレザーの胸ポケットから、デコられまくりの携帯型端末を引っ張り出す。
とたん、イツカがすごい勢いで立ち上がった。
リビングに、緊迫した空気が流れる。
「……だいじょぶ、あすことはちがう掲示板だから」
「……まず俺が見る」
「へいへい」
イツカはアスカの携帯型端末を受け取ると、ひとりでリビングの隅へ。
一秒、二秒。
スクロールさせつつ書き込みを読んでいたかと思うと、ふいにがちっと凍り付く。
約十秒後、ぎぎぎぎぎと顔を上げ、どシリアスにアスカに問いかけた。
「俺たち、そんな風に見えてんのか……?」
「こういう掲示板だからもちろん、盛ったところもあるけどねー。
なるほどなるほど、その様子だといまだ潔白、と」
「いまだもへったくれも!
カナタには好きなやつがいるんだ! 故郷で帰りを待ってる女の子が!
彼女も、ソナタちゃんも、こんな書き込み見たら、きっと……」
イツカはそういってうつむいた。
ソナタとライムのことときいては黙っておれない。おれもソファーから立ち上がる。
「ねえイツカ、何書いてあるのそれ?」
「アスカが言ったのと同じことっ。
カナタは見なくていい。ロクな内容じゃないから」
「う、うん。わかった」
イツカは携帯型端末を隠すようにしてそういった。
そうか。イツカがいうなら、そうしよう。おれはその場で座りなおす。
すると、アスカがあごに手を添えた『名探偵風ポーズ』でうむうむ、とうなずいた。
「うーん。『それ』なんだよねー。
まずカナぴょんはクラフターじゃん? クラフターは情報を得るのに貪欲な子が多い。
ましてカナぴょんはウサギアバター。情報特化と言ってもいいよね。
そのカナぴょんがあっさりそれって、どう考えてもおかしいんだなー。
どったの? なんか人生の転換点でもあったん?
よければ話してみて。『うさぎ男同盟』のよしみでさ?」
いつの間にか、アスカがおれの目の前に座っていた。
真剣な、でも、優しい目をして。
眼鏡をはずし、偽りのない瞳を向けられると、おれはするりと話し出していた――
2019.10.30 サブタイの長音が抜けていましたので修正しました。




