40-4 開戦、VS『Snowy Blue』!
『おこんがー!+MITSURU』がフィールドに出たとき、おれたちはすでに控室にいた。
モニター越しでなく(まあ、そもそもVRではあるのだが)見たかったのはやまやまだが、すぐあとにはもうおれたちの試合が控えている。
先生たちもきっと同じ状況だろう。後から動画をじっくり見ることにして、今は装備とコンディションの最終チェックを念入りに。
今回とくに慎重に確かめたのは、3Sたちの力を使うみっつの装備の調子だ。
グリードの腕甲、レイジの制御翼、そしてバニティの耳飾り。
これらは、おれたちの戦いにおいて重要な切り札。いまや、なしで済ますことは考えられないといっていい。
『いよいよだな。
今日は俺たちにとっても正念場だ。リミッター外していくからいっくらでも遠慮なく使えよ!』
制御翼の姿のレイジがノリノリに激励してくれる。
『はーめんどくせ。っていう気分じゃあさすがにねェな。
全力で行くぜ。今日ばかりはな!』
グリードも腕甲をパシパシと明滅させて、気合の入った様子。
『さあて、キリキリ舞いさせるとしますか!
せいぜいハデに行くわよっ!』
耳元に聞こえるバニティの声も上機嫌そのもの。
『みんな、がんばろうねっ!
オレもいっぱい、がんばるからね!』
ナツキも耳飾りをうまくつかって、おれのなかから可愛い声を届けてくれた。
さすがはナツキ、ここで新技を編み出したようだ。
ただし、おれの顔はまたしてもナツキスマイルに。まだまだ、練習が必要なようだ。
そこへ、イツカが食いついてきた。
「あ、それそれ!
もっぺん! もっぺんやってくれよ! そのニコッて顔!」
『ええっと……?』
いい子のナツキは、勝手に人の顔でリクエストに応えたりしなかった。
ありがたくおれはイツカに確認を取る。
「ちょっとまっててね、ナツキ。
イツカ、おまえが見たいのって、ナツキの笑顔? それとも、おれが無邪気にニッコリ笑ってるとこ?
ナツキのだったらとりあえずおれの顔貸すけど、おれ本人はそういうキャラじゃないからね。
まあいつもステージ出てるし、作り笑顔くらいならできなくないけど」
「え~」
するとやつは耳まで折って不満を表明してきた。
まったくこいつは。ため息をついてくぎを刺す。
「だからね。
さっきも言おうと思ったことだけど。そういうことはルナたちに言いな?
おれはおまえたちの兄貴役。無邪気はおまえたちのキャラだからねっ」
するとやつめは調子に乗り始めた。
「じゃあ俺が兄貴になればいーじゃん!」
「『青嵐公』に完全勝利したら考えたげる!」
「お、言ったなカナタ? 忘れんなよっ?
俺が勝ったらお兄ちゃんてよんでもら」
「おまえが恥ずかしくないならいいよ?」
「……………………」
おれは笑顔で突っ込んだ。フリーズするイツカ。
「全世界に流れてる放送でお兄ちゃん、て甘えてもいいんだね?」
「すみません勘弁してくださいごめんなさい」
追撃をかければ、やつは即座に撃沈。
まったくもう。ぺこーんと垂れた猫耳を撫でてやりつつ、おれはフォローを入れる。
「俺たちは『ふたごの長男』でしょ?
かわいい弟と妹を守るにあたっては、一番頼りにしている相棒。そのことはゆるぎない事実だよ。
今日の相手は『本気を出した伝説』だ。お前が守らなければおれは初撃で狩られる。
逆にそれさえしのいでくれれば、おれはかならず、お前を勝たせるよ。
頼りにしてね。頼るからさ」
するとイツカは。
「……おうっ!」
『無邪気な笑顔が見たいなら、むしろ今すぐ鏡を見ろ』レベルの、いい顔で笑った。
「っしゃみんな、いっくぞ――!」
『おー!!』
そのまま、こぶしを突き上げる。
もちろんおれも唱和した。
「みなさま、そろそろお時間ですわ?」
と、ひかえめなノックの音とともに、いつもの綺麗な声がした。
ライムだ。おれたちの集中をそがないためにと、部屋の外で待機してくれていたのである。
その優しい気遣いに感謝しつつ、おれたちは入出場者ゲートに向かった。
フィールドに出れば、学園闘技場で聞いたものより、はるかに大きな歓声が身を包む。
まぶしい照明の光に慣れれば、『月萌杯』特設会場の偉容が改めて目に飛び込んできた。
フィールドの仕様そのものは、学園闘技場の大フィールドと同じ。
しかし観客席の収容人数は、ざっと五倍の万単位である。
アバターをここに入らせず、視聴覚モニターのみでアクセスしている人たちの数もふくめれは、観客の数は数百倍ではきかないだろう。
学園闘技場の定例闘技会は15歳未満閲覧禁止だが、『月萌杯』は月萌の全国民が視聴できるものなのだ――それはたとえ、Ωであっても。
圧倒的な大歓声に、イツカは全く動じない。
むしろ陽気にぶんぶん両手を振る。
今日はソナタも見てくれているはずだ。おれもバシッとカッコよくいかなければ。
昨日届いたソナタの手紙、胸元に秘めたそれのうえにそっと手を置いて、おれも『うさプリスマイル』で手を振った。
そうしてすこし落ち着けば、観客席の顔も見えてくる。
ミライとライム。ルカにルナ。アスカとハヤトをはじめとして、ここまで支えてくれた仲間たちの顔がいくつも、いくつも。
みんなががんばれ! と言ってくれているのがこの耳に聴こえる。もう、負ける気なんかしない。
大丈夫、見ていて。
右の太ももから魔擲弾銃『ウヅキ』を抜いて、天井に向けぽんぽんぽんっと発砲。ポップな発射音とともに、事前打ち合わせ済みのイリュージョンを振りまいた。
無数の小さな子猫とたれ耳子うさぎが、あるいは光の尾をひき、あるいは星屑をまき散らしながら会場全体をぴょんぴょんぴょこぴょこと飛び回る。
シオンにならった『イリュージョン・ボム』である。
オリジナルはひたすらうさうさ尽くしだったが、こちらはおれたちらしく猫を入れ、さらにイツカの必殺技をイメージした光の尾を引かせるようにしたのた。
あちらこちらから上がる、かわいいいという歓声。よしよし、つかみは上々だ。
キラキラの光のショーにはやがて、楽しそうな歌声と竪琴の音がかぶさってくる。
ミソラ先生――『銀河姫』だ。
その効果でイリュージョンは触感を持ち、あるいはふわふわなあたたかさを、あるいははじける清涼感を残して、観客たちのなかに飛び込んで消えた。
師弟によるイリュージョン・セッションは、満場の拍手で迎えてもらえた。
いまなお大人気の歌姫は、ぱちんとウインクしてこういう。
「こんど一緒に歌おうね、二人とも?」
「はい!」
『あとで』と言われなかったのは正直ありがたい。というのは『月萌杯』準備を優先し、ここ数週間アイドルレッスンはほぼご無沙汰だったから。
理想を言うなら、今日はカッコよく勝って、カッコよく歌うべきなのだ。
ミソラ先生たちは、普通に先生しながら準備もしていたのだし。
致し方ない。それもこれも、これから目指す高みと思い、今日はひたすら勝つことだけに集中だ。
おりしも、フィールドに静寂がおりてきた。
ミソラ先生のとなりにはいつの間にか、ニコニコと拍手する大魔王がいた。
「どわっいつのまにっ?!」
イツカがおどろく。おれも正直心臓バクバクだ。
「『威圧感を振りまきまくるだけが強者じゃない。本当に怖いのは、そうしたものを一切どっかにうっちゃったまま、スルッと隣に来れる存在だ。』
いつかの授業の内容を、しっかりと覚えているようだな。偉いぞ、おまえたち」
青キュウビの大魔王は『先生』の顔でほめてくれたが、同時に滲み出す威圧感。
わさりと毛並みを波打たせたイツカが、おれをかばう位置に立った。
けれど、わかる。やつは笑ってる。
そして、おれも。
『うさプリスマイル』を崩さないまま、あえての挑発に踏み切った。
「先生にはここまで、いろいろと教えていただきましたから。
でも、ひとつだけまだ、わからないことがあるんです」
「なんだ、いってみろ」
答えを返すのは、イツカだ。
「センセが俺たちに負けたとき、どういう顔をするのかってこと!」
「ほほう」




