Bonus Track_40-2 第一戦、開始~アスカの場合~
10年前のあの試合の動画は、『見る肝試し』『メンタル弱いものは見るな』とすら言われている。
だが、あんなものはしょせん動画に過ぎないと、僕たちは試合開始前5分にして知らしめられることとなった。
インストゥルメンタルがすうっと引いてゆくと、異様な圧迫感が場内に満ちた。
入出場者ゲートは固く閉ざされているにもかかわらず、だ。
やがて、しずしずとふたつのゲートが開けば、そこからぶわりと噴き出す『ヤバさ』。
源となっているのは、二人の若い剣士だ。
かたや、青の戦装束に黒い髪、黒ぶち眼鏡の青キュウビ装備。
かたや、水色と白の軍服風、ピンクの髪の白うさぎ装備。
ふたりともに左腰に刀を下げ、まっすぐに前を向いて歩いてくる。
僕は脱兎よろしく逃げ出したくなった。思わずハヤトに抱きつく。
抱き返してくる左腕は小さく震えていた。
けれど、それをおし隠しつつハヤトは『大丈夫だ』と言ってくれる。
へたしたら僕より顔色が悪いけど、その暖かさは僕に勇気を与えてくれた。
硬めの短髪をわしっとかきまぜ、もふもふの狼耳に軽くふれれば、もう大丈夫。
にししと笑って、軽口をたたいた。
「いやーすっごいねー!
ハーちゃん混ざってきたい? 同じ剣士としてさ!」
「あんなのの、間に、はいれてたまるかっ」
ひとことひとこと区切るように言う声からは、震えはだいぶ引いている。
『え~。おれとアスカいればよゆーっしょ~?』
「無茶言うなっ!」
ハヤトの右隣に座り、いつものねこみみメイド服姿で笑っているライカだが、今日は比較的おとなしい。
気づけばやつは、遠くを見ている。
バトルが無理で見るのも苦手で、それでもきみたちの晴れ舞台は死んでも直接見るからと豪語していた『誰かさん』の控室がある方向を。
僕によく似た、それでもいまははっきりと違うといえる髪色の頭に、ハヤトの手がのっかった。
暖かく、優しく撫でられればそのもちぬしは驚いたようすで振り返り、やがてにぱーっと笑ってとんでもないセリフを口走り始めた。
『にょああっ? ちょっハーちゃん人違いしてねっ? 正妻はそっちだか』
「ライカ~? ちょーっとひとりでウォーミングアップしてきたいかな~あ?」
うん、やっぱいつも通りだったわこの神剣野郎。
僕はライカのやつめに『投げ込むぞゴルア』とごーじゃすな笑顔を向けた。
「……狭いな」
だが、そんなおちゃらけムードは、たったの三文字で瞬間冷凍されてしまった。
フィールドの真ん中では『青嵐公』が腕組みをし、凍てつく碧眼であたりを睥睨していた。
「ここはウサギ小屋か? だとしたらとんだラビットハントだな。
どうだ、『月閃』。
まさか10年近く宮仕えをさせられてその褒美がコレだとしたら、マザーにひとこと文句を言いに行かねばならないぞ」
言われれば確かに狭い。
学園闘技場の大フィールドと同じ形の特設フィールドは、大きくなった最強剣士たちには明らかに狭すぎた。
それでも彼らのやる気は、そがれるどころかヒートアップ。
底光りする瞳を向け合い、不穏な言葉で応酬する。
「衰えたか『青嵐公』。
貴様が毎日子供たちに教えていることは、戦場に文句を言うためのボキャブラリーだったなどと、もとライバルとしては考えたくないのだがな。
今どきの兎狩りは『うさぎによる』狩りだ。そのことをもう一度、俺から貴様に叩き込んでやる」
『月閃』はイチゴ色の瞳を静かに燃やし、自らの二つ名のもととなった愛刀を抜いた。
「言うようになったな、白うさぎ。
貴様に飼える俺だと思うか。
今日は手加減なしだ。いまさら降伏など聞かんからな」
応えて『青嵐公』も獲物を抜く。
もはやしわぶき一つ聞こえぬ戦場。
そのまんなかから、玉鋼のさきが触れ合う繊細な音が広がれば、後ろに控えたプリースト二人が、ニッコニコの笑顔で獲物を掲げ合った。
10年前のあの試合の動画は、『見る肝試し』『メンタル弱いものは見るな』とすら言われている。
いま、その完全上位互換となる果たし合いが、おれたちの目の前で始まろうとしていた。
案の定最初は掛け合いでした。
これで仲がいい二剣士です。
次回本格的に斬りあい開始です。お楽しみに!




