5-1 もっと頼って!
翌朝、ふっと目が覚めた。
アラームは、休日という事で八時にセットしたはずなんだけど、鳴っていない。時計を見れば、まだ七時。
どうしてなのかはすぐにわかった。部屋の外からかすかに気配がするのだ。
となりのベッドのイツカはいない。つまり……
ドアを開ければはたして、掃除機をかけているイツカの姿があった。
イツカはおれに気付くと、スイッチを切って謝ってきた。
「あ、わりぃ、起こしちまった?
寝室って軽く防音入ってるって聞いてたんだけど……」
「いや、気配で」
「武芸の達人かっ!」
「ある意味そうだよね、おれたち」
「確かにな……」
妙なところで合意が成立してしまった。なんだかなぁ。
いやいや、ここで話が終わってどうする。
おれは軌道修正を試みた。
「ってそうじゃなくってっ!
どうしたのイツカ。突然掃除機なんかかけだして」
「ああ。
男は行動で示そうと思って!」
ドンッと胸を張るイツカ。ちょっとわけがわからない。
「……なにを?」
「なにをって! もっと俺を頼ってくれってこと!」
イツカはそう言って、ドンッと張った胸を叩く。
何を言ってるのだろうこいつは。まったくわけがわからない。だって。
「えーっと、おれ、いつもイツカを頼ってるよね?」
「大丈夫、俺のが全然頼ってるからっ!」
ドン。いや、そこは胸を張るとこじゃないだろう。つか大丈夫ってなんだ。
そうは思ったが、イツカは真剣な様子。まずは聞くことにした。
「ここきてさ。
掃除とか片づけとか、いろんなサービスの申し込みとか予約とか、細かいことぜんぶお前だったじゃん。
まずは俺の闘技者パスをゲットするまで、ってことだったけど……
結局お前は倒れて、あんな変なミセモノバトルをやらされるはめになった。
もう、繰り返したくない。
だから、もっと俺を頼ってほしい。
これからはもっと掃除も洗濯もやるし、マッサージの予約とか、体操服とかクリーニング出すのも俺がやる。疲れた日には、ミライ探しは俺だけで行ってもいい。
カナタはそうでなくても、メンテやって、ソナタちゃんのために資金稼いで、マジに大変なんだから。
すこし実習ゆるめにしてさ、これからはもっと、俺がサポートするからさ。
もっと俺のこと頼ってくれよ。な?」
するとなんと、イツカの口から出たのは、こんな優しい言葉。
うれしく思いながらも、おれは申し出の一部を辞退した。
「ありがと、イツカ。
うん、確かにクリーニングサービスとかマッサージについては、お願いしてもいいかも。
でも掃除とか洗濯は、やっぱおれがやるよ。
実習ゆるくするっていっても、闘技場に出ればもっと厳しいバトルするんだよ。そうでなくとも、前衛のお前のほうが確実に負担大きいんだから、おれがやった方がいいって。
ミライさがしも一緒に行きたい。気分転換にもなるし、お願いしたおれが行かないなんて、『うさぎ男同盟』のみんなにも悪いし。
そもそもおれ、こういうの好きだから、ついやりすぎちゃった。それだけのことだし。
だからお前が負担を負うことはないんだよ。
これからはもっとうまくやる。もっとちゃんと体調管理して……」
「カナタはさ。
自分でわかってないうちにむちゃするんだよ。
楽しいから、で無理してるのも気付けないし、そうなると誰の言うことも聞かない。
なんだかんだでセンセの言うこともスルーしてたんだぞ、お前」
「あ、……」
は、と気がついた。
炎のオーブの個数が足りずに居残りになったとき、『青嵐公』先生は言っていた。
『お前にはバディがいる。ひとりで背負い込むな。いいな』
でもおれは、それを聞かなかった。
そして、心配してくれるイツカや、みんなの言葉も大丈夫大丈夫と流して、いい気でやっていた。
その結果があの事件だ。
つまりおれは、自分の楽しさにかまけて、暴走していたのだ。
がんばってるおれ偉い! なんて思いながら、結局先生たちを百倍頑張らせる羽目になり……
イツカはおれがめんどう見てやらなくちゃ、なんて思いながら、結局イツカにもめんどうかけたのだ。
「おれ、……」
「え?」
思わずもれた呟きは、イツカには聞こえなかったようだ。
よかった。こんなの、聞かせたくない。
おれはなんでもないとイツカに笑顔を向けた。
「ごめんイツカ。やっぱ頼るよ。
あんな大変なことになったのに、またおんなじこと繰り返したら、お前や先生たちに合わせる顔がないし。
そうだね、うーん。
どうやって配分したらいいかな」
「おう、それだけど……」
イツカのプランは――
クリーニングサービスとマッサージの予約はイツカが。
勉強部屋とミニキッチンの掃除片付けは、よく使うおれが。
そのほかはイツカがやる。
というものだった。
やつはその理由をこう述べた。
「ほんとは二ツ星の部屋に戻って、部屋代の差額を貯金した方がいいのかもしれない。
でも、第三寮の勉強部屋は捨てがたい。
上級錬成にも完全対応してるし、なんかあっても安心だからさ。
あと、第三だと、部屋にいろいろオプションあるじゃん。
もしおれたちの生活リズムがズレるようならさ、寝室一人部屋にしてもらって、カナタがゆっくり眠れるようにするとか……
前以上にいろいろ遊びに来るやつがいるなら、応接つきの部屋にする。そしたら、リビング全部片さなくてよくなるし。
そうなるとメイドサービスも、て考えたけど、そこは俺がやれるし!
ソナタちゃんの手術費が早くたまれば、お前ずっと楽になるじゃん?
だから、お前はまずは、勉強部屋とミニキッチンと、メンテとアイテムづくり。とにかくそれに集中してくれればいいからさ!」
文句のつけようもなかった。
というか、あんな大失敗をやらかしたおれの判断力で文句をつけるなんて、そもそもおこがましいことだけど。
おれは素直にうなずいた。




