38-1 一触即発? きつねとうさぎの剣士バトル(非物理)!
『イツカ!』 液晶画面の向こうで、ノゾミ先生が熱く詰め寄る。
『……イツカ』 トウヤさんは静かに呼びかける。
『俺たちのどっちを選ぶんだ?!』
「……………… はっ?」
二人が声を合わせれば、イツカの口がぱかっと開いた。
それは、月曜日のこと。
ちょうど、シミュレーターでのテストバトルを終え、リビングで一息ついていたときのことだった。
なにやら言い争う気配が廊下をずんずんきたかと思うと、すっごい勢いでドアが叩かれ、ドアホンのチャイムが鳴らされた。
壁の液晶画面を見れば、息を切らしたノゾミ先生と、トウヤさんが立っていた。
この二人はちょっとやそっと走った程度では息なんか切らさない。というのに何ごとだ、と思ったら、これである。
おれの口もぱかっと開いた。
いつのまにか、ふたりの背後にライムが回り込んでいい笑顔。
『アカネさんと学長をお呼びしましょうね?』
『?!』
『おいライム、ちょっと待て、お前今なんか盛大に誤解を』
『誤解を深めたくなかったらご用件を今すぐ簡潔に穏当にお申し付けくださいませ?』
ライムはふんわり優しい笑顔でぴしゃりとごたくをぶった切る。さすがはベテランメイドである。
トウヤさんとノゾミ先生はキリッと体勢を立て直して論述を開始した。
『俺はイツカと闘るために来た。褒美として要求し、拒否はされていない。
予約はないがほんの五分だ。イツカと会わせろ、今すぐにだ』
『俺は指導教官として、イツカに最後の実戦指導をするために来た。
予約はないが、部外者よりは、指導教官による訪問指導が優先されるべきと思うが』
『俺だったらどっちもOKだし。やろーぜやろーぜ、バトロワ形式でもいいじゃん!
タイマンがいいんだったらじゃんけんで順番きめよーぜ!』
と、気が付けばイツカがいない。
いつの間にかドアを開け、にぱにぱ笑って二人の剣士を招き入れようとしている。
しかたなくおれもついて出たのだが、そこで目にしたのは国内最強剣士たち同士の一見かっこいい、その実残念な争いの様子だった。
「イツカ貴様、ベストでない状態で俺と闘るとかいうつもりじゃないだろうな。
そんなナメた姿勢で歯が立つほど、俺は生易しくないぞ」
トウヤさんは食い下がる。
「イツカ。こいつの戦いを知る必要はまったくない。
『月萌杯』でお前と闘るのはこの俺だ。こいつは俺が第一回戦で倒す。俺の指導をしっかりと吸収しておれば、こんな奴は余力で十分だ」
ノゾミ先生は一歩前に出る。
「それとこれとは別問題。そもそも第一回戦に勝つのはこの俺だ」
「いーや。
今のイツカの体力は有限の貴重な資産、お前だってわかっているだろう。
だいたい一体どこをどう考えたらお前が勝つという結論が出る?」
「俺の方が強い。だから勝つ。
よって俺と闘る方が効率的だ。」
「なるほど、強い方と闘る方がイツカのためになる。それは道理だな。
だったら今ここで決着つけ」
そこに救いの手が到着した。
ミソラ学長、そして、アカネさんだった。
「はーいはいはいレフェリーストーップ。
イツカの体力だけでなく、時間だって貴重な資源でしょ?
それに……」
おーよしよしかわいそうにねえとアカネさんがおれを撫でてくれる。ミソラ先生がちらっとおれの方を見る。ノゾミ先生とトウヤさんの視線が追っかけてきて、同時にあっという顔になる。
「待て、そうじゃない。
悪かった、もちろんカナタにもちゃんと個別に時間を取る予定にしてある。
これは本当だ、信じてくれ、カナタ」
「すまない、カナタ。
俺はお前に手を上げるつもりなど一切ない、だから戦いは持ち掛けなかった。
とはいえ、これではないがしろだったな……」
あわてて頭を下げてくれる二人。予想外のゴメンナサイぶりに、おれはちょっとあわててしまう。
「えっと、あ、いえ、はあ……
だ、大丈夫ですので……」
たしかに少しばかり『むっ』としたことは事実だ。
だが、それをここで主張するのもおとなげないだろう。
そう思ってポーカーフェースを決め込んでいたのだが、おとなたちにはわかってしまったらしい。
ちょっとだけ恥ずかしくて、しどろもどろになってしまう。
「バトルの時には鉄のポーカーフェースなのにね~。
でも、そういうとこがかわいいよ!」
「あ、アカネさんっ」
「っというわけで~、順番はじゃんけん。
モードはシミュレーションバトルモードで2on2の模擬戦。さ、はじめましょ?」
アカネさんにからかわれてあわてていると、ミソラ先生がバシッと仕切った。
ノゾミ先生とトウヤさんは、どうやらSBMの存在を失念していたらしい。
頭の耳を心なしか垂らし、なんだかきまずそうな顔を見合わせていた。
厳正なるじゃんけん三本勝負――ただし、バディのS級プリーストによる運勢強化を目一杯もらって――の結果、勝利を収めたのはトウヤさんだった。
実のところ、さきにトウヤさんたちというのはありがたかった。
指導教官と部外者。学長先生とファッションディレクター。バトルの機会が多いのは、どうしたって絶対に前者たちなのだ。
マシンシミュレーションや、バトルスタイルをトレースしてくれたレイジやバニティとの手合わせもしていたけれど、やはり本人とやるのが一番いい。
たしかに、おれたちが月萌杯で戦うのは、この二人ではないかもしれない。
それでも、この二人かもしれないのだ。
得られる限りのデータを、この一戦で。
そして、勝ちの道筋をできるだけ手繰ってみせる!
前衛スタートラインでイツカと剣先を合わせたトウヤさん。
そして、後衛スタートラインで日傘を広げたアカネさん。
ふたりをじっと見つめておれも、ふとももの魔擲弾銃を抜いた。
ブックマークありがとうございます!!
次回、ついにバディでのテストバトル(※ただしうさぎ剣士は手加減ができない)! お楽しみに!!




