Bonus Track_37-7 その手を離す日への秒読み~イズミの回想~
チボリーさんの店は増築がされてすっかり立派に。
店員さんも増え、おやじさんもすっかりぱりっと……していなかった。
これまでとおなじ、小ぎれいだけれど質素ないでたちで、おれたちを迎えてくれた。
『おお、天使様方! お待ちしておりました。
はるばるお越しいただき、誠にありがとうございます。
ただいま商品をお持ちいたしますので、よろしければどうぞお茶でも』
一方チコちゃんはというと、かわいらしいエプロンドレス姿でおれたちを案内してくれた。
『天使様方、どうぞこちらへ!
ちょっとニノ、なにじろじろ見てんのさ。そっちに綺麗なお姉さんだっているのに! あっ、もしかしてついにロ』
『そっちのお姉さんはもうお相手がいるの!!
そして俺は断じてそっちの趣味はないからっ!!
服が、そう服がきれいになったなってイズミ?! ちょっ痛い痛いいたたたた』
そんなひと幕はあったが、無事にアイテム調達も済み、おれたちは店を出た。
そのときニノは小さく何かを呟いた。
その数時間後、ふたたびおれたちは店に戻っていた。
「おお、これは……西坑道奥の隠しダンジョンのみに産するものではございませんか!
さっそく鑑定させていただきます、その間どうぞこちらでおくつろぎを」
行きと同じように、チボリーさんに出迎えられて、チコちゃんに案内されて応接へ。
しかしそこでチコちゃんは、いぶかし気に問いかけてきた。
「ニノ、あんた大丈夫? どうしたのさ、なんだかびみょーに目をそらして。イズミ兄ちゃんに教育しなおされたのかい?」
「あーいやまあ、ええ、そんなところで……」
「ニノさんは照れているのよ。ねえニノさん」
すると、チェリさん――チコちゃんのお母さんが、ニコニコとお茶を運んできてくれた。
チコちゃんとおそろいのエプロンドレスも見事に着こなし、とても一児の母とは思えない若々しさだ。
どうやっても『美人のお姉さん』にしかみえないお母さんは、てきぱきと配膳を終えるといたずらっぽく笑った。
「チコきれいになったでしょ。こないだね、」
「ちょっっっよけいなこと言わないのっ! なんでもない、なんでもないからね!
ちょっと母ちゃんこっち来て! いいからっ!!」
チコちゃんが慌てたようにチェリさんを連れていく。
距離はとられていたのだが、うさぎのおれたちには聴こえてしまっていた。
二人が言いあう声が。その内容が。
それはイルカのセナもそのようで。
以心伝心。おれたちは今、それを話題にしないことに決めた。
店の扉を出れば、西市街を包むざわめきがおれたちを出迎えた。
石畳の舗装がボロボロになっていたメインストリートは昔より広く立派なものとなり、街の外に通じる南門と、ノルン西坑道に通じる北門を、一直線につないでいる。
東地区と西地区を横断するクロスストリートも同様。そしてどっちもたくさんの人や馬車、荷車や露天であふれている。
道のわきに立ち並ぶのは廃墟でもボロ屋でもなく、とりどりの店や、真新しい家。
すでに、デパートや集合住宅までが出来上がっていた。
これはゲームの中のセカイ。頭ではわかっていても、リアルと変わらない存在感に触れれば、これらが便利なスキルやスクロール、もしかしたら運営が走らせたプログラムひとつで『ひょい』と作り上げられたかもしれないもの……とは、思えない。
西区にRDW、東区にチボリーの道具屋を擁した西市街は、まえ以上のにぎやかな都市として再整備されていた。
ほんのすこしの間に様変わりした街。それでも変わらない、空。
ニノは見上げてぽつりとつぶやいた。
「……綺麗になったな」と。
『もしも、チコちゃんが愛する者との結婚を決めたなら、
ニノは「うさぎまん」に関する権利をすべて放棄し、彼女とその家族に無償で譲り渡すものとする。
これは、幸せな花嫁とその伴侶への、はなむけである。』
『うさぎまん』ブランドライセンス契約に盛り込まれた『特約条項』の発動。
その秒読みはもう、そっと静かに始まっていた。
去る者、日々に疎しの切なさです。
次回は400話記念の番外編です!
かわいさめいっぱいのモフ系童話をお送りします。どうぞ、お楽しみに!




