37-6 完成、祝福の神剣<イツカブレード>
いつもの勉強部屋は、いつにない緊張に包まれていた。
居間に詰めた仲間たち(込みノゾミ先生)に、余人が訪問しないようさりげなく見張っていてもらい……
この部屋のドアの内側には、ハヤトに立ってもらった。
大きな錬成台のすぐわきには、白と黒のローブに身を包んだミライとイツカが待機。
少し離れた場所では、マイロ先生とエルカさん、そしてミズキが見守ってくれている。
アスカと二人、素材の最終確認をダブルチェックで行い、念入りに錬成台を清める。
「大丈夫よ、あなたたちなら必ずできる。自信をもって」
マイロ先生が柔らかく声をかけてくれた。
はい、と返事を返しておれたちは、指輪を外した。
アスカは、魔力流量調整リングを。
おれは、ブラックムーンの指輪をイツカのチョーカーにはめこみ、両者ともインベントリへと収納させる。
あらかじめ設計しておいた錬成陣を脳裏に浮かべれば、白銀のひかりが錬成台にふりそそぐ。
振り仰げば、そらの高みに白銀の月。もちろん天井をぶち抜いたわけではない。
プラチナムーンエフェクト。女神の最大の祝福のあかし。
これから行うのは、常人の域を超えるレベルの錬成。
イツカブレードを、神器とするためのものだ。
少し前までのおれには、逆立ちしてもできなかったこと。
しかし、今ならば。
マジック・チョークの粉を錬成台のうえに少しずつ落とせば、強く意識せずとも『勝手に』錬成陣が描かれていく。
手作業で描きこんだならば数時間はかかる複雑精緻な魔法回路は、まるでただの風紋であるかのように、サラサラとその姿をあらわした。
続いてノルン鉱山から採取してきてもらったレア鉱石たちを、慎重に配置。
ホワイトスパイダーウェブ、ブラックダイヤキューブ、そして、クリムゾンブライトメタル。
刀身から外したシグナル鉱石、柄とそこにはめる魔石をすみのほうの陣に。
最後、すべてのまんなかに、イツカブレードの刀身を横たえた。
すでにシャスタの泉水晶、シークレットガーデンの神獣の牙を融合させたオリジナルの合金は、それだけでも神秘的な輝きを宿している。
ここにさらにクリムゾンブライトメタルを融合するのは、至難の業だ。
いっそのこと、ゼロから刀身を作り直した方が、はるかに難易度は下がる。
それでも、おれはやるのだ。
この手にはそのための力がある。
仲間たちも、それを支持してくれている。
そしてなにより、たったひとりの相棒がそう望んでくれているのだから。
「イツカ、ミライ。合図したらそこの丸に手を置いて、チカラを流し込んでね。
リハーサル通りでいいから、リラックスして。
カナタも気負う必要はないよ。おなじPMのおれもいる。絶対に成功することだからね」
アスカがナイスタイミングで声をかけてくれた。
自信に満ちた先輩うさぎの存在は、何より心強い。
「ありがとう、アスカ。
それじゃ、やろう」
うなずきあっておれたちは、同時に錬成陣に手を置いた。
おれたちの手から流れ出した力は、瞬時に陣にチカラを満たした。
マジックチョークの粉で描かれたラインが、白銀のひかりを明るく立ち上らせて息づき始める。
第一の陣。ホワイトスパイダーウェブを溶融。
第二の陣。ブラックダイヤキューブを溶融。
第三の陣。クリムゾンブライトメタルを溶融。
第四の陣。イツカブレードの刀身を加熱。溶融一歩手前でとどめ、形状を維持。
第一の陣のパスを開き、第十一の陣へ液状のホワイトスパイダーウェブを誘導。そこから、十五までの各陣に指定の分量を振りわけ、それぞれ温度調整。
第二、第三の陣からも同様に展開したら、それぞれの合金をゆっくりと、順番に、イツカブレードに溶きこんでいく。
温度、タイミング、配合の割合。
繊細に調整された方法で、迷うことなく大胆に。
クリムゾンブライトメタルは、炎属性への高い適性と、温度帯によってダイナミックに変化する剛性と可塑性が特徴だ。
高温時の剛性をブラックダイヤキューブで、低温時の粘りをホワイトスパイダーウェブで支えてやれば、つねに硬さと柔軟さを兼ね備えた理想的な合金が出来上がる。
それ自体はノルン鉱山周辺でも行われていることだが、今回はそのポテンシャルをプラチナムーンで最大に引き出す。
そのことで、合金の性能が跳ね上がるのだ。
もちろん、難易度は馬鹿みたく高い。
さらにそこへ、元の鋼と二種のレア鉱物を溶け合わせて……とか、自分でも無茶苦茶だと思う。
しかし、それはいま、目の前で実現していた。
全ての合金が注がれて、イツカブレードの刀身は真っ白に輝いている。
さあ、ここから仕上げだ。
「イツカ、ミライ、お願い!」
「おうっ!」
「うんっ!」
二人がそれぞれ、自分の前に描かれた丸――パワー注入口に手を置く。
「いと高き女神よ、どうかこの剣に、いっそうの祝福を……」
「はぁぁぁぁぁ!!」
ミライが敬けんな祈りを捧げ、イツカは全力で気合注入。
すると、プラチナの月光が白金に染まる。
イツカブレードの刀身はすべてを吸い込み、一瞬黒へ。
ちかり、虹の閃きが走れば金へ、白金へ。
『創造のるつぼ』は、まばゆいその身を上へ、下へ、そして横へとつぎつぎ伸ばしていく。
やがて巨大な光の樹となった『るつぼ』は、その枝に白金の月を抱いた。
こずえに開く、花、花、花。
光の花は、はらはらと、無数の花びらを舞い散らす。
髪にほほに、小さく触れては優しい歌声を残して消える。
ふりそそぐ祝福のシャワーのもと、おれは最後の錬成陣を起動した。
外しておいたシグナル鉱石が、特製の柄が、そして柄にはめ込む魔石が、刀身に次々と装着される。
イツカの手に合わせたつややかな黒の握り。柄頭には修復の魔石。
流れる水のつやめきと、燃える炎の輝き、大地の豊かな静寂を宿した銀色の刀身。
その真ん中には、イツカのパワーの昂ぶりを感知して染まるシグナル鉱石が、青いラインを走らせている。
神剣イツカブレード、堂々の完成である。
「さ、イツカ。お前の剣だよ。
みんなの力を合わせてつくりあげた、夢のカタマリだ。
一緒にかなえようね。みんなの、しあわせな未来を」
イツカは泣きだしそうな、笑いだしそうな顔をしている。
背を叩き笑いかければ、そのまま、まっすぐに手を伸ばす。
けれど、その向いた先は。
イツカブレードじゃなかった。
あれっと気が付くと、イツカは泣きながらおれを抱きしめていた。
「ちょ、イ、イツカ?」
「カナタ、ありがと……ありがとうカナタ。
こんな……すげえよ。神器じゃん。まじ神器じゃん。
俺のわがまま、きいてくれて……こんな……」
おれはイツカを抱き返し、ぽんぽんと背中を叩く。
「いまさら何言ってんだよ。
世話が焼けるのは、いつものことでしょ。ね、ミライ」
「うん……うんっ!!
おれたち、ずーっとイツカを面倒見るからね! ずーっとだよっ!」
そしてそんなおれたちを、ミライがまとめてむぎゅっとしてくれていた。
「おめでと――――――!!」
いつの間にか、勉強部屋のドアは大きく開かれていた。
そこから顔をのぞかせるのは、すし詰め状態の仲間たち。
みんな笑顔で、泣いてるやつもやっぱり笑顔で。
そして全員が、いっぱいの拍手とあたたかなおめでとうを、おれたちにくれたのだった。
一瞬錬成の全工程を書こうとしそうになりましたがもちろん挫折しました。
細かく書くと100工程以上あるという設定。無理や!!!(叫)
次回、たぶんまた鍋パです! いっぱい食べたらバリバリテストバトる予定ですかそこまで届くかどうか?
どうぞ、お楽しみに!




