37-3 壊された初陣と異国の皇女
フィールドの真ん中に立つのは、背が高めのすらりとした女性。
切れ長ぎみの碧眼、整った顔立ちからは、どちらかというと涼しげな印象を受ける。
青み強めの青緑の髪を背に流し、髪と同色のスタンドカラーに白のスリムなパンツ。
彼女の周りについて守る者たちは、六人、プラス推定ひとり。
まずは青紫のぴったりしたボディスーツに、布の少ない白服を重ねた感じの軍装が二人。
リーダーの剣士マルキアと、光の捕虫網を携えた少女ジュディ。
赤、青、緑にカラーリングされたパワードスーツの三名、コードネーム『レッド』『ブルー』『グリーン』。
そしてここから姿は見えないが、白いスーツの『ホワイト』が、管制役としてこの場を見ているはず。
『闇夜の黒龍』。
高天原に衛星を落とそうとした、『正体不明のテロリスト』どもだ。
再び現れたやつらが、楽しみにしていたおひろめバトルをぶち壊そうとしている。
闘技場は激しくざわついた。
しかし次の瞬間、そこここで鳴り響く警報音、明滅するイエローのランプ。
場内スピーカーから流れてきたのは、ミソラ先生の声だ。
『コンディション・イエロー。各員配置につきなさい!
繰り返します。コンディション・イエロー……』
コンディション・イエロー。
学内全体に影響を及ぼしうる混乱の発生時に、発令される警報だ。
同時に三ツ星以下の生徒たちは、そのほとんどが闘技場から強制ログアウトとなった。
二ツ星以下の生徒は原則、『戦闘可能な体制を整えたうえで、安全な場所で警戒しつつ待機』。
三ツ星の生徒は現場の教職員の指揮の下、学内外にて警備に当たることになっている。
四ツ星以上のものたちのうち、彼らと直接対峙する力のあるものは残り、それ以外は警備など、それぞれの役割のため退いていった。
残ったのはまず、ノゾミ先生をはじめとした教職員、ライブの出番を待っていたレモンさん、観戦に来ていた『なぞの骨メット男』――トウヤさんと、アカネさん。
新卒と生徒たちでは、おれとイツカ。ミライとミズキ。
ルカとルナ、アスカとハヤト。
ケイジ、ユキテル。ルシードとマユリさん。
そしてなんと、当事者である、ハルオミとハルキ君もその場に残っていた。
「なんなんだよ、アンタたち! なんで『今』『ここに』!!」
ハルオミは二ツ星。そして、ハルキ君は一ツ星。
本来なら、問答無用でログアウトさせられていても文句は言えない。
それでも、この場に残されているのは、このためでもあるのだろう。
ラプトルの消えた闘技場に、ハルキ君の怒りの声が響く。
からかうように対するはマルキア。
踵の高いブーツをはいた高身長の彼女は、物理的上から目線でハルキ君を見下ろした。
「なぜってアンタ、黒騎士にゃんこの一番新しいお気に入りだろ?
アンタたちの試合を邪魔すれば、騎士様は怒って突っ込んでくる。ちがうかい?」
違わない。イツカはもう装備チェンジして抜刀し、マルキアの頭上にいる。
彼女はノールックでビームサーベルをかざすが、その手をおれが撃ち放った光の針が襲う。
『エナジーアローブレット』。撃ちだせば細い高エネルギー体の矢となる、精密狙撃用の弾による狙撃である。
もちろん彼女はその程度、少しの腕の動きでサラッといなしてしまう。これは、単なる牽制だ。
イツカも自らの力をまとわせた剣を光の刃にガシッと叩きつけたのちは、無理に攻めず、ハルキくんをかばうよう前に立つ。
しかし紅い両目は、けいけいと燃えてマルキアを睨み続けていた。
「おいマルキア。お前もガッコいったんなら、わかんねえのか。
闘技場の初試合がどんだけ大事なモンか。
それをわざわざ他人引っ張り出すエサとして使おうってんなら。カクゴはできてんだろうな?」
「ああ、もちろんさ。
魅せてごらんよ。お前の全力。
納得いくほど強い奴になら、斬られることもやぶさかじゃあない」
豊かな胸を強調するように胸を張り、両手を広げる。
そうして挑発的に笑って見せるさまは、相変わらずの強烈な色気をまき散らす。
しかし、その雰囲気を遠慮なくぶっ壊す拍手がひとつ。アスカだ。
警戒態勢のハヤトを従え、堂々と歩いてくる。
デコデコの制服と髪と眼鏡という姿でなお、気品を感じさせるしぐさで手を叩きながら。
こちらもこちらで、王子様のように。
実際、アスカは月萌御三家『タカシロ』直系の嫡子。世が世なら、立派に『殿下』と呼ばれる身分だったりする。
まあ、ふだんがアレだしぶっちゃけ、忘れかけていたのだけれど、そんなハチャメチャ王子様は普段のハチャメチャっぷりを損なわぬ物言いで、やんごとなさげな闖入者たちに物怖じゼロのストップをかけた。
「はいはーいお色気シーンそこまでねー。
イツにゃんは一世一代の大舞台前の大事なカラダなんだよ。君たちにモフらせるわけにゃ~いかないなー。
たとえお偉いさん直々のお召しであってもね?
違うかな、エルメス第三皇女殿下カッコ推定、カッコ閉じる?」
あきらかに気色ばむパワードスーツ三人に対し、エルメス第三皇女殿下と呼ばれた女性はすいと手を差し伸べる。
そしてハルキくんとハルオミ君を見つめて進み出るや、丁寧に頭を下げた。
「よい。先に無礼を働いたのは我々だ。
その通りだ、アスカ殿下。私はソリステラス連合国第三皇女、エルメス。
すまないことをした、ハルキ。そしてハルオミよ。
我らがこの地に降り立ったは、そなたらに助けを求めてのこと。
いくつもの3Sが心を開き、チカラを託すそなたらの友――イツカとカナタのチカラを、どうしても得ねばならぬからだ。
我が国のやんごとなき女性が、3Sに憑かれた。我らのチカラでは、もうどうにもできぬ。
そちらにいる『ナツキ』は、その影響でうみだされし者。
そのナツキの心をつかんだそなたらのみが、我らの希望なのだ」
「え……ナツキ、が?」
青緑の髪の美しく気品ある女性は、あくまで率直な様子で語る。
その様子にハルキくんは、すっかり引き込まれている様子。
「そう。無礼はこの通り、心より詫びよう。
そなたらの貴重な時間、ほんの少しだけ、このエルメスに分けておくれでないか」
「………………そんなにその、言うなら……
困ってるって女の人に冷たくするのも、男としてアレですし……」
「かたじけない」
エルメスと名乗った女性が再び一礼すれば、その所作に、流れる美しい髪に、その目はくぎ付けだ。
冷静さを保ったハルオミが、ハルキくんの肩を抱いてそっと下がらせる。
かわりに進み出たのはアスカだ。
柔らかな王子様スマイルにあからさまなトゲが見当たらないあたり、エルメス第三皇女のふるまいはお眼鏡にかなったらしい。
「ハルキを立ててくれてありがとう、殿下。
そういうセンス、嫌いじゃないよ。
ただ、ハルキもイツカもカナタもまだ『私人』の域を出ない存在だ。
彼らに外交的な判断を迫るのはすこし、待ってもらえないかな。
――まずはこの場をつかさどる学園の代表として、ミソラ・ハヅキ学長。
エクセリオンとしてトウヤ・シロガネ、アカネ・フリージア。
最低でもかれらの立会いの下、話をすることとさせてもらいたい。いかがかな」
トウヤさんもアカネさんも異論のない様子。しかしエルメス皇女は問いかける。
「殿下は立ち会われないのか」
「このメンツがそろったら、おれはせいぜい進行役の末席だよ。
ですよね、先生?」
アスカが笑顔を向ける先にはもう、『銀河姫』の姿のミソラ先生がいた。
「謙遜しすぎだよ、『殿下』。
はじめまして、エルメス殿下。
高天原学園学長、ミソラ・ハヅキです」
茶目っ気溢れる笑顔で、それでもきれいなカーテシーを決めたミソラ先生の目は、キラキラと輝いていた。
連合国、なのに、『皇女』……?
このセカイでも、国名に名づけのルールはないのです。
次回。会談!
地雷いっぱいワナいっぱい。どう転ぶのかはまだ未定っ!
お楽しみに!(強引に言い切るスタイル)




