36-3 しろうさぎちゃんの、みのうえばなし(1)
狙われていた。子供のころから。
どの角度から考えても、穏やかじゃない話だ。
ミライがおれのとなりでペタンと耳を折る。
「それって……おれと、イツカと、カナタみたく?」
「そ。さすがはミライだね。
きみも聞かされてる通り、ハヤトは、イツカと同様の『赤竜』。
おれはきみと同様の『白妃』で、ゆくゆくはハヤトの『枷』となるべき存在と目されていた。
ただ、おれは変わり種でね。もともとクラフターの素質をもたされていたんだよ。一般的に『白妃』が与えられる、プリーストの素質の代わりに。
それがある程度まで育ったところで、やつらはそれを封印しようとしてきた。
おれの錬成に干渉し、ハヤトに傷を負わせてね」
「っ……!」
イツカがぐっと気色ばむ。頭の耳も、イカ耳を通り越してはっきりうしろに引かれている。
ミライが優しくぽんぽん、と背中を叩いてやるとすこし持ち直したが、それでも『おこ猫』のまま。
まあ、これは仕方ない。おれだって穏やかではないのだから。
真珠のうさ耳飾りに触れて、深呼吸。気持ちを落ち着け、続きをお願いした。
「ごめんねアスカ、続けてもらえる?」
「ああ。
そのころのおれは、クラフターでね。それもガチに天才的なやつで、小2のときにはもうBランクいってたんだ。
失敗なんか、したこともなかった。
鼻歌交じりにつくっても、失敗気味の奴だって、ほぼほぼAランクの仕上がりだった。
けれど、ある日。オリジナルボムの錬成に失敗して、ハヤトに大怪我させた。
錬成陣が、暴走しだして。ちょうどいあわせたハヤトは、陣の爆発からおれをかばってくれて……死にかけたんだ」
うつむくアスカ。その肩を、なだめるようにハヤトが抱く。
アスカは、ひとつ、ふたつと震えぎみの深呼吸をして、再び口を開いた。
自分では、いつも通りの顔つきと思っているであろう顔で。
いつもはぴょこんとはねているうさぎの耳が、根元から垂れてしまっている状態で。
「もちろん、ゲームの中のことではあった。それはわかってた、けどさ。
それでも、ショックで。怖くて、申し訳なくて。
その日を境におれは、クラフトをやれなくなった。
さいしょから、言われてたんだ、トウヤから。『あまりティアブラには深入りするな』ってさ。なのにそれ無視してハマってた結果がこれだ。
でもね、でも……
もう戻れなかった。体が弱くて、勉強しかとりえのなかったおれにとって、リアルにはない力でハーちゃんをたすけてあげられて、いろんなとこに冒険できるティアブラは、どうしようもなく魅力的なものだったんだよ。
ハンターの適性は壊滅的になかったから、頑張ってプリーストになった。
プリーストならば、ハヤトを傷つけることはない。守りと癒しの魔法で、よりストレートに守ってやれる。
そこからしばらくのおれは、ひたすらにプリーストだったよ。なんにも気付くことなくね。
それでも、情報大好きなクラフターの気質がそうさせたんだろうね。リアルのおれはいつしかハッカーになっていた。
気の向くままに『ティアブラ』のいろんな情報をあさりまわって、偶然におれは知ったんだ。
――『竜の呪いとエンジェルティア』のこと」
その名を口にした途端、アスカの目が、すっと冷たくなった。
澄んだブルーの右目はもちろん、かわいらしいピンクの左目すら、怖いほどの鋭さを宿して底光りする。
「あれはちょうど、高校入ったばっかのころだったな。
背後にいる『赤竜管理派』の存在にいきつけば、あとは芋づる式だった。
あの事故は、奴らの差し金だった。
あれさえ起こしてしまえば、おれはハヤトをまもるためにクラフトをやめ、プリーストとなる。そしてゆくゆく『竜の呪いとエンジェルティア』で『天使堕ち』、ハヤトをしばる『枷』になり、ハヤトは月萌の飼い竜になる。
そんなふざけたレールが敷かれていたんだよ。おれたちが高天原に入る、10年以上も前からね」
ぐっと低くなった声。アスカの両手は固く拳になっていた。
「それを知ったときにおれの道は決まった。奴らをぶっ潰す。可能ならば、まとめておれの手ごまにする。
なぜって、ハヤトを守るにはそれしかないからね。
そのために、あえてやつらのレールを利用して、攻め上ってやることにした。
まずはいずれ来るはずの『竜の呪いとエンジェルティア』を生存クリア。特典付きの二ツ星待遇で高天原入りし、そこから最短距離でのし上がってやろうと。
幸い、トウヤ・シロガネはおれのいとこで、味方だ。彼をはじめとしたネットワークが、すでに高天原には張り巡らされていた。機を見て彼らと合流することとした。
というのは、当時彼らはミソラちゃん先生――『銀河姫』を学長にするぞ作戦の最終段階にいたからね。
おれたちはおれたちでその間に、高天原に食い込んでおこう。そう考えたんだ。
はたして、その年内に『竜の呪いとエンジェルティア』がやってきて、おれたちは高天原生になった」
アスカは肩を揺らし、大きくため息をついた。
ハヤトが、代わるか、と小さく問うが、小さく首を左右する。
そのまま縷々(るる)と、語りつづける。
「ハヤトとおれは『エンジェルティア』のバトルきりぬけクリアによって、仮の闘技者パスを与えられてた。ハヤトが正式のそれを取得してすぐに、ラビハンが来るだろう。そう予測していた。
まさかそれが、なぜか付与されてた『プラチナムーン』の『副作用』からになるとは思ってもみなかったけど……
むしろ予想外のコミックショーマンに転向するきっかけができて、それはそれでラッキーなとこもある、と思ってたんだ。
でもね、すぐに気づかされたんだよ。
おれは、視野の狭すぎるバカだったって。
おれたちに期待されてたラビハンを、おれたちがやる見込みがない。そうわかったときに、しわよせは別のうさぎたちに行った。
しかもそれに気づいたのは、追い詰められたソーヤに怒鳴り込まれてからだった。
このまんまじゃシオンが潰されちまう。おなじウサギなら、どうにかしろよって。
そんで零星の部屋まで行って、人形みたいに無表情のシオンを見て。
……あんときの罪悪感ったらなかったなぁ」
アスカは、笑った。
そこは、泣いていいんだよ、と言いたくなるような顔で。
「結局ミズキのとりなしで、わざとじゃないってわかってもらえてさ。ソーヤも謝ってくれて。みんなで『うさぎ男同盟』つくって……。
けれど、あれはいまだに後悔してる。
それでも、おれたち本人が潰れないためにも、コミックショーは続けなければならなかったしさ。
シオンはおれたちのショーを気に入って、心の支えにしてくれてたって聞いて、はじめておれはおれをちょっとだけ許せたんだ。
そっから、いずみんのことがあって。また気持ちがつぶれそうになったときに、ニノが名乗りを上げてくれて、きみたちが仲間になってくれて。
そうして、今があるわけなんだ」
けれどアスカは、今度こそやわらかく笑ってくれた。
なんとなく半端かも……?
次回でアスカの身の上話を締めます。よろしくお付き合いくださいませ♪




