4-6 ミセモノバトルをぶっとばせ!(下)
『視界の悪い中走ってくる手練れの兜のカギ穴に、カギを投げて差し込む』――
それも、二つに折れた先端と根本の二本ともを。
リアルなら絶対無理ゲーの離れ業。だが、ここなら、ティアブラの中ならおれはできる。
なぜって、おれはこいつでずっと、命張ってきたのだ。
ソナタのために、夢のために。
そう、こんなところでミスってなんかいられない!
発動、『抜打狙擲』。
右手をまずは外向きに振って、先端を。
続いて内向きに振って根元がわを、連続で投てきした。
はたして、イツカはカギをはたき落とさず。
カギの先端と根本は、ふたつ続いて鍵穴へ突き刺さる。
その様子は、会場の大型モニターに大写しとなっていた。
ギャラリーから歓声が上がり、実況が叫び声をあげる。
が、もちろん錠前がどうもなるわけもない。
会場が静まり返った。
おれは、静かに右手を伸ばす。
地面から、500ポイント固定ボムをひとつ拾い上げ、胸の前で握りしめた。
そのときギャラリーには、信じあったはずのバディが『心中』するという、悲劇の未来が見えていただろう。
しかしおれには、イツカがみずから兜を脱ぎ捨てる、希望の未来が見えていた。
なぜなら、おれは同じ右手に、『秘密兵器』を忍ばせていたからだ。
それは、ボムと一緒に拾った小型の石刃。
その正体は、鋭い断面を持つ小石。
イツカが飛ばしまくった斬撃でバトルフィールドに量産された、もとはただの小石だったものたちのひとつだ。
もちろんこれひとつ投げたところで、イツカやその装備を傷つけることはできやしない。
しかしこれが後ろから爆破され、さらに鋭い断面と、けた違いの速度とを持たされれば。
そうして、500ポイントのダメージを固定で与える爆炎とともに襲い掛かれば……
錠前を壊しつつ、さりげなく『それ』を断ち切ることができる。
兜を鎧につなぎとめている、細い鎖。
斜め後ろと真後ろの合計三本あるが、斜め後ろの一本だけでかまわない。
錠前と鎖がともに破壊されてしまえば、爆風にあおられた兜はバランスを崩してがたつく。
もちろん、そのままの状態で動き回るのは厳しくなる。
もはや邪魔となったそれを、イツカは自ら、脱ぎすてる。
そうして呪いの兜は外され、やつは正気を取り戻すのだ!
だがそこで、思ってもみなかったことが起こった。
イツカがぴたりと、立ち止まった。
さらには剣を逆手に持ちかえ、自ら錠前につきたてた。
ガッ、ガッ、と二度突けば、ガチャンと錠前が足元に落ちる。
やつはさらに、兜を鎧に結びつけている、細い鎖に手をかけた。
一本、二本、三本。力ずくで引きちぎると、勢いよく兜を脱ぎ捨てる。
そうしてあらわれたのは、懐かしくさえ思えるイツカの顔。
はあ、はあと息を切らしたやつの、紅い綺麗なルビーの瞳は、涙を浮かべてこちらを見ていた。
おれの目から熱い何かが、ブワッとあふれだしてきた。
気がつくとおれはイツカを抱きしめ、イツカもおれをそうしていた。
「ごめん、カナタ、俺、……
この試合を華々しくやれたら、カナタの降格なしにしてやるって……
もしかしたら、昇格もあるって言われて!
でも、あの兜つけたら、おかしくなって……お前が、モンスターにしか見えてなくって……
ごめん、カナタ。
俺、酷い……酷いことした。本当に、本当にごめん!!」
イツカは声を詰まらせながらも、事の次第を語ってくれた。
そうして、何度も懸命に詫びてくれた。
声も、体も震わせて。
もちろん、許さないわけなんかない。
だって、おれはもう、大丈夫だったから。
イツカが戻ってきてくれた。誰よりも頼もしい、おれのバディに戻ってくれた。
それだけでおれはもう、なんにも怖くなかったのだから。
「大丈夫。大丈夫だよ、おれなら。
おまえがいつになくドシリアスだから、ちょっと驚いただけ。ホントだよ?」
「カナタ……」
ぽんぽん、ぽんぽんと背中をたたくと、頭を撫でてやった。
黒の猫耳をぺこんと折り、ぐすん、とはなをすするイツカはまるで、小学生に戻ったみたい。
まったく、頼りになるんだか、ならないんだか。
だからおれは、自分から体を離すと、とびっきりの笑顔で言い出した。
「だからさ。続き、やろう!」
「え?」
「お前のデビュー戦だよ!」
イツカを、観客たちを笑顔にするために。
こんなくそつまらないことを目論んだ奴らの浅知恵を、粉々に叩き潰すために。
「これじゃお前いいとこなしじゃん。
こんな似合わないフルプレートでただ走り回って。チャームポイントのねこみみしっぽも出してなかったし。
こんなの『お前の』バトルじゃない。
みんなが好きなお前は、身軽でフリーダムでちょっとマヌケで、だけど明るい『空跳ぶ黒猫』だろ?
ほら、脱いだ脱いだ! おれも先生に錬成魔術フルでかましていいですかって、許可もらってお前と目一杯バトるからさ! だから……」
地面に転がる『イツカブレード』。
それをおれが自ら拾い上げて、やつに渡せば――
会場いっぱい、360度、歓声が爆発した。
「……だ」
けれど、すぐにふたたび静けさが落ちた。
イツカはなんと、『イツカブレード』を投げ捨てたのだ。
「嫌だっ!
俺はお前をついさっき、ここでひどい目にあわせたんだ!
だってのに正気に戻ったそれだけで、ハイそうですかってバトれるもんか!!
絶対に嫌だからな! デビュー戦がふいになったとしても、俺はこんなバトルしないっ!!」
……………… いや、ここはまず冷静に。
こんな状況だ。この問いでやつが気づいたら、今回だけは許してやろう。
うれしい言葉を言ってくれた、お礼も言わなきゃならないし。
だからまずは笑顔でお礼。そのままやつに問いかけた。
「ありがとう、イツカ。
お前の気持ち、嬉しいよ。
でもさ、ひとつ大事なこと忘れてない?」
「え?」
イツカはきょとんとした顔だ。
よしよし、まったくわかってない。これは有罪確定だ。
おれはイツカを押しのけて、『イツカブレード』を拾い上げた。
ああ、刀身がすっかり砂まみれだ。
確かにモンスターとのバトルではもっと大変なことになってるはずだ。
でも、こういうことは気持ちの問題。
『イツカブレード』を抱いたまま、おれはイツカに歩み寄る。
そして、心のうちをやつに告げた。
言いたいことが、きちんと伝わるように。
静かに、穏やかに、なるべく優しく。
「これさ。おれがお前のためにつくった剣だよ?
それをこんなふうに扱うなんてさ……
うん、ちょっとそこに座ってくれる?
こういうことは大切だからさ。わるいけど今、この場で」
すると、なぜかイツカは真っ青になった。
ぺったんこに耳を折り、冷や汗をかいてかたかた震え、悲鳴を上げて逃げだした。
……そのあとは、控えめに言ってもう、むちゃくちゃだった。
それでもこの試合に寄せられた『投げ銭』は、闘技場デビュー戦としてはぶっちぎりの歴代最高額をマーク。
おかげで、おれの降格バナシなんかどこへやら。
おれたちは、なんと初戦で三ツ星昇格。
一週間後にまたここで、エキシビションマッチを戦うことになったのだ!
チーム名は『0-Gけもみみブラザーズ(仮)』。
一体何と、もしくは誰と戦わされるのだろう。
しかしこれは、あきらかにムーンサルト・バスターを期待されてのネーミングだ。
しょっぱなっからそれを潰すような真似は、おそらくないと考えていいだろう。
つまり、今度こそはマトモな試合ができる、というわけだ。
おれはちょっとだけ、胸をなでおろしたのであった。
ハイペース投稿へのお付き合いありがとうございます(^^♪
これにて一区切り。そして本格的にストックがなくなってまいりました……
公約通り、明日から基本、一日一部分投稿とさせてくださいませ。




