Bonus Track_35<Root_Green_2> そらのかなたでシュラババンバン!(6)~チナツの場合~
衣装よし、小道具よし。
すっかりと準備を整えた俺は、居間につづくサニタリーエリアで、ひとり息をひそめていた。
いつもの時間。ドアホンが鳴る。俺は応えない。
やがてドアロックが外れ、ドアが開いた。
『チナツ? おーい、チナツ?
帰ってないのか……靴はあるのに……』
いつもの声。クレっちゃんだ。
気配でばれてしまわないよう、わくわくを押し隠す。
いつもの足音。いつものリズム。クレっちゃんがゆっくりと居間に入ってきた。
よし、いまだ!
『いない、いな~い……バーサーカー!!』
『っ?!』
仮装姿で俺は飛び出す。声は上げずとも、いっぱい目をむいて驚いてくれるクレっちゃん。いつものことながら、いいリアクションだ。
俺は嬉しくなりながらまくしたてた。
『これなら対戦相手もウケねっ? アゲアゲでバトル開始できんじゃね?』
『ちょ……そのために隠れてたのかよ……』
『にししー』
『ってか、どうみたって『なまはげ』じゃんか、それ…… ぷふっ』
驚き、あきれて、それでも最後には笑ってくれる。
クレっちゃんと過ごす毎日は、いつもきまってこんなふうで。
正直思っていた。
これまでの人生で、今が一番楽しいと。
* * * * *
そんなクレっちゃんの素敵リアクションに、ちょっと陰りが出てきたのはいつのころからだったか。
思えば、そう、俺がスゥとの契約に成功したあたりから、だろう。
心配する俺にクレっちゃんは、なんでもないと言ってくれたけれど。
そりゃ、言えるわけなんかない。
事態に気づいたのは、やらかしてしまってからだった。
我らがうさねこ四巨頭とレンレンのため、と言い訳を付けてルゥのオソラドライブにひっぱりだしたら、一瞬はしゃいでくれたけどむしろ悪化してしまった。
俺は、間違っちまったのだ。それも、完全にヤバい方向に。
だから俺は『天空神殿』行きが決まったとき、一計を案じた。
召喚チケット六種類のうち、それまで手を付けていなかった『謎の二枚』。
その一枚に手を付けて。
姿を現したクレイズ様に、ひそかに頭を下げた。
『さてもさても、面白い男よの、チナツは!
よかろう、それでおぬしが満足するなら、我も一肌脱いでくれよう。
そのかわり、……わかっておるな?』
クレイズ様はいたずらっぽく笑って、俺の手を取って――
* * * * *
『お前たちを呼び出したのは、他でもない。
我はもちろん、神獣たちもみな、チナツを気に入った。よって、今日より我がもとに召し抱えたいと思って居る。
もちろん、タダで相棒を差し出せなどという無体は言わぬ。
クレハよ、おぬしにはシークレットガーデンの半分をくれてやろう。どうだ、悪い話ではなかろう?』
「ほええええっ?!」
当日、その場になって俺は仰天した。
そりゃ確かに一芝居打ってくれるとは聞いた。けどそいつは、俺が想像していた斜め上をはるかに超えまくっていた。
「ちょ、ま、クレイズさまっ?!」
『クーちゃんとお呼びっ!
どうだクレハ。シークレットガーデンはレア素材の宝庫。それを意のままにできるのであれば。おぬしほどのクラフターならば、それこそ一人でα相手に無双することも可能となろうなあ?』
「……………………。」
クレっちゃんは黙ったまま。そりゃ、考えるだろう。俺だって考える――ただし、どうやって『なんとかクレっちゃんを実質キープしたままアイテムもらえるようにできるだろう』と、だ。
でも、クレっちゃんはいまどう考えているのか。俺には、残念ながらわからない。
クレっちゃんはじいっと固まって、端正なポーカーフェースのまま。
一秒、二秒。もどかしいような、怖いような。
初めてクレっちゃんを見た時、二度目に会ったとき。驚かして、笑わせたくなった。
三度目で、それは叶って、そこから何かと俺はクレっちゃんにいろいろいたずらを仕掛け、遊びに誘って。
そのたびクレっちゃんはいつも笑ってくれて、俺はうれしくなったけど。
いまはこのポーカーフェースが変わるのが怖くもある。
俺が固まっていると、クレイズさま、もといクーちゃんが、じれったそうにたたみかける。
『のう、悪い話ではなかろう?
土地の権能を手に入れることは、すなわち神となること。おのずと力も手に入ろう。
ヴァルハラに赴くにあたり、おぬしは何を夢見ておった? それをかなえる力がいま、手に入るのじゃ、……て聞こえておらんなこやつ』
「マジで?!」
俺はものすごく驚いた。
クレっちゃんはおじいちゃん子だった。その関係で、信心深い。ミッドガルドの神様にも、びっくりするほどきっちり敬意を払う。
そのクレっちゃんが女神様のハナシをスルーとか。
クーちゃんはにやりと笑った。
『まあなんだ、ぶっちゃけどうでもよいのであろうな。
チカラも、神も。心通じた相棒と離れることに比べれば、些細な問題なのであろうよ。
申し訳ないがこやつの表層意識をのぞかせてもらった。
神獣の一人を人間として入学させるのでお前はチナツの相棒をやめろと言われるかもしれぬ。仕方ない、チナツのためだ。なんてつまらん覚悟決めようと必死になっておるわ。んなことできるわけなかろうがっての。
……まあ、そういうわけじゃ。
ここは、うやむやにニコニコ笑って試練乗り越えたぞお前はスゲー風に送り出してやろう。ほれ、これでもおそろいではめておけ。
やつはもともとチカラのある男よ。さすればあとは、勝手に自信を取り戻すじゃろう』
そう言ってクーちゃんは、軽い調子で一対の腕輪を授けてくれた。
『神獣たちもみな認めておる。こやつこそ、チナツのバディにふさわしいとな。
……あとはわかるな?』
ニカッと笑った顔でこぶしを突き出してくるクーちゃん。
俺はガシッと、こぶしを突き当てる。
そしてニカッと笑い返した。
俺たちの女神さまで、共同作戦をキメた仲間でもある、そのひとに。
そうして、二人でやーやーよくやったすごいねおめでとー的に、クレっちゃんの肩を叩き、背中を押した。
「えーと。……ぶっちゃけ何が起きたんだ?」
ちょっとだけ我に返って、でもまだぽかんとしているクレっちゃんに、俺はにししと笑って言った。
「あれー、自覚ないのか? クレっちゃんは試練を突破したんだぜ!
クーちゃん、じゃなかったクレイズ様な、『どうだ勇者よ。我が片腕となるならば世界の半分をくれてやろう』って言ってきたんだけどクレっちゃんは屈しなくってさ!」
「……………… マジ?」
「だいたいマジ! でね、二人で末永く幸せになれってそいつくれたぜ!」
「なんだかいろいろ疑わしいけど、ってこれっ?!」
クレっちゃんは、自分の左手の腕輪を見て仰天した。
正確には、そのさい開示された、そいつの説明文を見て。
『結びの腕輪
装備品/激レア(神器)
『シークレットガーデン』の素材をいくつも編み込み、女神クレイズが手ずから作り上げた。
女神とそのしもべたちに認められたバディのみが授かることができる、祝福の証。
彼らの力を借り受けることができる。絆が強まるほど力の強さも増し、最終的には召喚も可能となる』
「え、いやこれ……こんなの、なんで俺なんかが?!」
「俺『なんか』じゃなかったってことよ!」
仰天したようすのクレっちゃんとニコニコの俺に、ルゥとシャシャが歓声を上げて飛びついてきた。
俺の手の甲には、ここまでに刻まれていたスゥとクーちゃんの証に加え、この二人の、そしてターラ、ヴァラの証が次々浮かび上がった。
ブックマークありがとうございます!
こういう時こそ冷静に(とここまでで6回ミスタイプする)……フラグを立てぬよう、気をつけねば……
次回は奥殿突入! がんばってこの章でエアリエイル戦を終えたいところです。
どうぞ、お楽しみに!




