4-5 ミセモノバトルをぶっとばせ!(上)
闘技場に戻ったおれの状況は、少しだけ悪化していた。
なんと、右足に鎖。その先には、大きめのスイカほどの黒光りする鉄球。
なお鉄球は中空にしてあり、重さは五キロ。抱えて逃げられないことはないが、ラストまでとなるとさすがにしんどい。
まあ、こんなのはボムで錠前を壊せば外せる。何という事もない。
しかし、実況がメモを片手にまくしたてた条件が、おれをやや困惑させた。
『おっとー、ここで新たな情報だ!
なになに、『黒騎士は呪いの兜に意識を捕らわれている。これをはずすには、フィールドのどこかに隠されたカギが必要』だ!!
これは探すしかない! がんばれ、ウサプリ!』
……ナメてんだろうか。
『超聴覚』一発で、カギの場所はわかった。
スタート位置のほど近く、あからさまに増えてる砂山のなか。
しかしそのカギ、なんと真ん中からぽっきり二つに折られている。
つまり見つけたところで、錠前をはずすことなんかできやしないのだ。
おれはイツカに斬られるか、また逃げのびて第三試合。
それともカギ修復のため、錬成を使う方向で追い込まれるのか。
まさか、あのカギ穴のなかにボタンとかついてて、鍵を突っ込む、もしくは回すとなんかブワーッという演出がされるのか。『聴く』限り、そういう構造でもなさそうだ。
のってやるか、それともぶっとばすか。
こたえは一瞬で出た。
ぶっ飛ばす。
しかしただやるのではつまらない。
途中まで乗ったふりをして、そこから蹴飛ばす。
フェイントをかける際の定石だ。
ゴングと同時に、おれは鎖と鉄球を抱え込む。
あちらこちらとジグザグに走り、カギをさがすふり。
なんだかんだでイツカとの距離を100mほど開けたのち、あれっという顔をして、右手で折れたカギを拾い上げる。
そして、これはだめだー! というジェスチャーで天を仰ぎ、膝をついた。
もちろん表情は作ってある。簡単だ、第一試合終盤のときの顔をすればいいだけだから。
『なんと、ここでアクシデント! カギが壊れているー!!
黒騎士の呪いを解くことはできないのかーッ?!』
その間にも、イツカはこちらに向けて一直線にかけてくる。
間合いを図りつつ、おれはぶつぶつと呟く。
「だめだ……
もうこのカギを、あの錠前に投げこんでみるしか……
それでだめなら……」
会場を浮遊し、選手の声や表情をとらえる『羽ばたき式小型飛行カメラ』。
それが拾ったおれの声は、会場じゅうに響き渡った。
ちょっと演技過剰だったな。そう思いながらも、おれは魔擲弾銃後部のリリース・レバーを引く。
装填されていた500ポイント固定ボムを、三発とも排出。地面に零れ落ちさせ、うちのひとつを左手で拾い上げる。
そして、天――というか、闘技場の天井――に向けてかざした。
最悪の展開を予測したギャラリーから、どよめきが起こる。
もちろん『そんなつもり』は毛頭ないけれど。
この行動の狙いは二つ。
一つめは、アドバイス封じ。
『錬成魔術を使い、カギを直せばいい』。
それはもっともだが、聞くわけにいかないアドバイスだ。
そいつを使えないことをうやむやにしたまま、使わずに済まそうと思っているおれにとっては、正直ありがためいわくのしろものである。
ならば、黙ってもらえばいい。
ここにいるギャラリーは、基本的に刺激を求めている。
ゆえに、『人間業ではほぼ無理の離れ業』『それがだめなら、もろともに自爆』という、より刺激的なイベントへの期待を集めれば、自然と口をつぐんでしまう。
実況もその空気を読んで、黙るだろう。
たとえ無粋な誰かがそれを言ってきても、不自然でなくスルーしてしまうことができる。
おれは『自爆を考えるほどに追い詰められている状態』なのだ。
外野の声が耳に入らなくても、何一つ不思議はない。
いずれにせよ、そうしてカギをぶん投げてしまえば、もう直しようもない。
かくしておれは、無事に錬成魔術を選択肢から消し去れる、というわけだ。
二つ目は、次につづく行動への下準備。
これからおれは、すばやく立て続けに投てきを決めなければならない。
そうしながら、『こっそりと』あるものを調達しなければならない。
そのために、膝をつき、地面にボムを転がすこの演技はおあつらえ向きなのだ。
ともあれ、準備はすべて整った。さあ、急いで始めよう。
俊足の黒猫との距離は、すでに25mを切っていた。
まずは左手に持った500ポイント固定ボム一発を、イツカに向けて投げる。
すでにこれの正体を知っているやつは、避けも斬りもしない。
鎧の胸で平然と受け、やつを中心に発生した直径5mの爆炎圏を、まっすぐに走り抜けてくる。
そう、この程度の攻撃など、やつ相手には牽制にもならないのだ。
アグレッシブで頑丈で『大したダメージとならないものが飛んできても、的確にスルー出来る』天才相手には。
だが、これでいい。
ボムを投げつけたのはあくまで『爆炎で数秒間イツカの視界を悪化させつつ、まっすぐこちらを向いて走らせつづけること』が目的だから。
呪われてなお消えぬ、イツカのまっすぐさに感謝しながら、おれは右手に握ったカギを放った!
お待たせしました!
もう一部分投稿します!