Bonus Track_4_4 密室でうさぎがねこをモフるわけ~イツカの場合~
休憩のためログアウトした俺は、びっしょりと汗をかいているのに気が付いた。
なんだろう。気持ち悪い。
いや、吐き気がしてるとかそういうのではなく……
もっとそれ以上に深い部分から、湧きあがる拒絶感というか。
それでも、俺はやらないといけない。
「……俺がこのデビュー戦を華々しくこなせたら、カナタは降格を免れる」
もう一度、口に出して確かめた。
そう、それどころか、場合によっては三ツ星に昇格できるかもしれないのだ。
のどがカラカラだ。いまはまず水分補給しなければ。
席を立った俺は、ブースの扉がノックされているのに気が付いた。
「あーい……」
ドアを開ければ、立っていたのはアスカだ。
いつもの笑顔で、両手にドリンクカップを持っている。
「やっほーイツにゃーん! スポドリと野菜ジュースどっちがいー?」
「……スポドリで」
「ういー。あごめんドア閉めて、おれ両手ふさがってっからー」
「お、おう」
ブースとはいっても、このブースはほかより若干広い。四人掛けのテーブルにイスまである。
おそらく、それはこういうときのためなのだ。
アスカはひゃっはーいとよーきにブースに入ってくると、ふたつの紙カップをテーブルに。携帯用端末もぽいとそこに置き、かってにイスに腰かける。
おれもやつの向かいにかけて、とりあえずスポドリをぐっと一口。
「うああーしみるー……サンキューなアスカー……」
「どったまー。
でもすっごいねーイツにゃん。初舞台とは思えぬヒールっぷり!
あんな冷酷無慈悲にカナぴょん狩りたてて……カナぴょん半泣きだったよマジ!」
「……は?」
するとやつは俺のとなりに回ってきて、ニコニコくっつきながら問いかけてきた。
いや、それ自体はいつものことだが、その内容は俺をあぜんとさせた。
「なんのことだよ、それ」
「え? いやさっきの試合」
「はぁっ?」
覚えてない。ぜんっぜん、覚えてない。
思い出そうとしたら、頭が痛んだ。
「でさでさー、一体どーすんの? 呪いを解かれた演出! ばらさないからおしえてよー」
「ちょ……タイム、あたっ……」
思わず額を押さえたその時、俺は見てしまった。
ごってごてにデコられた、アスカの携帯用端末。
その画面のなかに次々更新されてくる、信じがたい文字列を。
名無しの観戦者: あーやばいやばいやばい
イツにゃんが、イツにゃんがカナぴょんを狩っている……!
名無しの観戦者: 生きててよかった
ありがとうラビハン
名無しの観戦者: もはや神試合としかいいようがない
これが見たかったんだ、これが
名無しの観戦者: 半泣きカナぴょん超可愛い
名無しの観戦者: かわいそう、だが、そこがいい
名無しの観戦者: クールな王子様が信じていた騎士相手に必死に逃げまどう、たまらないわwww
名無しの観戦者: ああああこれがなくっちゃ
剣狼ハヤトの正統派の強さ、しろくろウィングスの健康なお色気と爽快無双、そしてまじかるあーちゃんの腹がよじれるコミックショー
どれもいいが物足りない
やっぱり闘技場にはこれがなくちゃ
不健全さが必要なんだよエンタメってやつにはさ
名無しの観戦者: はげどう
名無しの観戦者: おまおれ
名無しの観戦者: 握手
名無しの観戦者: イツにゃんもやるな、あんな無慈悲にバディを狩るとは
正気なら、もはやプロの域
名無しの観戦者: まさかほんとに記憶ないとか?
名無しの観戦者: え、じゃどうすんのこのあと
名無しの観戦者: めちゃくちゃにしてから気が付くパターン?
名無しの観戦者: いや、寸前で……寸前で気付いてほしいっ! そして(ry
ふいにばふっとハグされた。もちろんそれをしたのはアスカだ。
やつは俺に触れ、ヒーリングをかけてきたのだ。
いや、それはいいんだが、場所が問題だ。
やつの触れているのは俺の猫耳パーツ。ぶっちゃけヒーリングついでにモフってやがる。
しかしその触れ方は、あくまでくすぐったくない程度。
さらにはその猫耳に、こんなささやきが聞こえてきた。
「しっ。
……きみはそれを見ちゃいけないことになってる。
きみはなんにも知らない。何にも見てない。いいね」
「……どういうことだよ」
直感した。これはいつものおふざけじゃない。
声を殺して問いかければ、アスカは一度体を離し、おもむろに眼鏡をはずす。
そして、テーブルのスポドリを飲み干し、俺をじいっと見つめた。
『眼鏡で表情をごまかしていない』『俺によこした飲み物には、何も入れてない』。
――つまり、やつは本当のことを言っている。やつは俺の味方である。
これはそういうことだと、俺は思った。
だから、俺はやつに言った。
「ヒーリングはサンキューだけど、ずりーぞアスカ。
お前の耳もちょっと触らせろよなっ!」
アスカは得たりという顔で笑うと、もう一度くっついてくる。
うん、これはたぶん野郎同士で密室でやることじゃないと思う。だが、こうでもしなければ『誰か』に盗み聞かれるのだろう。雑念を追い払い、アスカのうさ耳に手を触れた。
形ばかりの耳モフの間に、アスカは再びささやき始める。
いままでに聞いたこともない、真剣な調子で。
「君の武装は呪いのアイテムだ。
意志を強く持ち、呪いから脱するんだ。
それがカナタを救い、こいつらの鼻を明かすことになる。
君の深層心理はもう、気づいて抵抗を始めてる。
あとは君の意識で戦え。いいね」
「……わかった」
秘密の会話を終えると、アスカはぱっと離れて眼鏡をかけなおす。
その顔はすでに、すっかりいつものにぱにぱ笑顔。
「でさー、『お花つみ』いっとくー?
パイセンとしちゃーいっとくことをおススメするよん、長丁場になるかもしれないしねん☆」
「あー、いや、おう……」
つっこみどころは山ほどあったが、とりあえず先輩の忠告と思って、聞いておくことにした。
もしかしたら、途中でカナタに会えるかも、その様子を確かめられるかもだから。
けれど、カナタに会うことはできなかった。
ブースに入った俺は速攻、闘技場に舞い戻ったのだった。
カナタをいじめた、いまいましい呪いをぶっ潰し……
もう一度、カナタに会って、謝るために。
えー、ここで大変申し訳ないお知らせがございます……
バトルシーンを整えていたらなんか 増 え ま し た 。
(セバスチャンの時と同じ失敗)
というわけで、夜投稿は二部分投稿となってしまいました。
の、のんびりお付き合いくださると……うれしいです……orz




