33-8 卒業試験~発動・『0-G+』
『忍び寄る緑の鎮魂歌』。
幻影で隠したおれの森を、ターゲットの周囲に静かに茂らせる。
完全包囲がおわったら、幻影を解き、一気に中央部分を森で埋め尽くす。
ターゲットはハーブの茂みにとらわれて、身動きすらとれぬまま眠りに落ち、力を吸いつくされる。
『卯王の薬園』とバニティの幻影をあわせてはじめて可能になる、応用技だ。
鎮魂歌部分がエルカさんの第二覚醒『ホシノオワリノレクイエム』と重なるので、『エルカさんと似てきている』と言われた時にはひやりとした。
それでも、この程度は時間稼ぎにしかならない。
相手はあの『青嵐公』だ。
いつの間にか、当然のようにして目の前に現れた黒い背中に叫ぶ。
「イツカッ!」
「合点! ――たのむグリっ!」
頭にちょこんとレイジをのっけたイツカがグリードの愛称を呼ぶと、左腕のブレイサーが緑に光る。
小さな光のゲートから、物理法則なんだっけの絵面でにゅっ、と姿を現すのはとんがり頭のテラフレアボム。
まずは、従来型が一発。
続けざまに、改良型<比翼>が二発1セット。
「『レッツ・パーリィ』!!」
イツカ、おれ、レイジ。三人で声を合わせ、起動キーワードを叫んだ。
すると、最初の一発はまっすぐに。
次の1セットは、いったん斜め上に跳びあがってのち、最初の一発を追尾するように飛び始めた。
ボムの威力を分散されないために、スキルを解除して森を消そうとした、そのとき。
森がみるみるしぼみ始めた。内側へと吸い込まれるように、茶色く乾いてゆく。
森のうえには、ブルーのポップアップが流れるように上がりはじめる。
Power Drain! にはじまって、1000。2000。5000。
『青嵐公』が、ハーブの森の活力を逆に吸いつくしているのだ。
いいや、大丈夫。焦りそうになる気持ちを抑え、あくまで予定通りのタイミングでおれは、森を消す。
「――いい判断だ」
着弾の一瞬前、森の跡地に見えたのは、つやつやの毛並みで嫣然と笑う、最強のキュウビの姿だった。
イツカの『0-G』で、天井に張り付くようにして難を逃れたおれたち。
その目の前で、フィールドが真っ赤な火球にかわる。
『ティアブラ』の演出の特性として、そのさまはどこかコミカル。
それでも、熱いを通り越して、痛いほどの熱量が押し寄せた。
ダメージポップアップ総計は、125,367。試合開始時の『青嵐公』の全HPをわずかに超える値をたたき出していた。
けれど、おれは確信できた。あのひとは倒れていないと。
なぜなら、おれが与えてしまったからだ。
『青嵐公』の予備HPの源を――『精気収奪』の対象となる大量のハーブたちを。
だが、それでいい。だからこそ、あの技でよかったのだ。
通常のテラ2発であのひとが倒れないと知っているおれたちは、当然それ以上のものをぶっ放してくる。
それを間違いなくしのぐならば、単に森を抜けるのではなく、まずは森を糧とする。
そして、そのさまを見せつけることでおれを動揺させ、それ以上のHPを与えぬためにと森の解除を速めさせて――
一瞬できたスキをついて、おれを斬る。
そう、あのひとは、考えるだろうからだ。
そうして、『精気収奪』を使い、数秒とはいえその場にとどまる。
もしもおれが焦りを見せなかった場合には、その場であえてテラフレアボムをしのいでみせて、次につなげる。
そのためにも、その場にとどまろう――
そんな思考をさせて、あのひとを間違いなくその場にくぎ付けにできるからだ。
おれの耳は、弱者のカンは、とらえている。
あの炎の一番明るいところでは、テラフレアボム3発よりももっともっと怖い大魔王が笑っているのを。
ほら、聴こえた。
「新技に、新開発のテラフレアボム。
なかなかに悪くない仕上がりだった。
そろそろいいぞ、イツカ。
愉しませてくれ、お前の『第二覚醒』を」
紅蓮の炎の中、それでも青い、青いキュウビが妖艶なほどのしぐさで招く。
「しゃあ――!! リミッター飛ばしていくぞ――!! みんな!!」
「お――!!」
対してピッカピカの笑顔で答えたイツカが快哉を上げれば、数え切れぬほどの声が応えた。
聴こえる。会場から、モニターの向こうから。電脳の海に流れるたくさんのエールが、大海の波の音のように。
腕甲の姿のグリードが、ため込んだパワーをイツカに注ぎ込む。
バニティの輝きが、おれの中からのナツキの声援が、その力を引き上げていく。
レイジはガーディアンドールの姿を棄て、イツカの背中で黒の姿勢制御翼となる。
発動、『玉兎抱翼』。
おれの衣装が白の狩衣ふうに、ひざ下まで垂れる青のロップイヤーが身の丈を超える白の耳翼に。
「いっくよイツカ――!! はあっ!」
イツカを腕から落としたおれは、その耳翼で羽ばたきながら、イツカの両足の裏を全力で蹴る。
イツカは合わせた足裏を勢いよく蹴り上げて、まっ逆さに地上へ。
一方、全力で下向きに羽ばたいていたにもかかわらず、おれの体はぐいっと押し上げられた。
天井にぶつかりかけてギリギリこらえ、足裏の青いにくきゅうパッドに狙いを定める。
「『抜打狙撃』!」
そうして、二発の『斥力のオーブ』を撃ち放つ。
灰白色に輝くふたつのオーブは、両足のにくきゅうパッドにあやまたず命中。
イツカがタイミングを合わせて蹴りあげれば、ぱりりと割れて、イツカの身体をさらに押し出す。
けれど、加速はそこで終わらない!
「『0-G、プラス』!!」
黒の装束をまとったイツカが、一条の光になる。
『速くて、固くて、重い』で防御を行う『0-G』の特性を、ぜんぶ攻撃に転換したのだと、本人は言っていた。
全ての音を斬るかのように、キン、と響く、澄んだ音。
会場を満たした静けさのまんなかに、ドン! と爆発がやってきた。
真っ赤な大きなダメージポップアップは、眩しすぎて読み取れなかった。
ふたりのつわものの激突による閃光と衝撃が消えれば、地上の炎は跡形もなく吹き消されていた。
黒い溶岩ガラスの砂漠と化したフィールドには、折れた剣を構えるイツカと、銘刀『青嵐』を手にイツカに相対する『青嵐公』。
おれは、ふたりのわきにふわりと降りる。
『青嵐公』がふっと笑う。
「……もう少し引っ張ればよかったな」
そう、もう攻撃の必要はない。
なぜってもう、認められていたから。
「移動・防御技である『第一覚醒』の特性を、攻撃にすべて転換する『第二覚醒』。
お前らしいな、イツカ。とても、よかったぞ。
そしてカナタ。肉を切らせて骨を断つ戦術、見事だった。
合格だ。卒業試験、実技は合格とする。
よくやった。おめでとう」
装備は戦装束のままだけど、もうノゾミ先生の顔になったそのひとは。
ニッコリ笑って、両手であたたかくおれたちの肩を叩いてくれたから。
「や……
やったああああああああああああああああああああ!!」
イツカが両手を力いっぱい突き上げて叫ぶ。
おれも今日ばかりは、それにならった。
歓声の怒涛が、圧力さえ感じる音量でフィールドにおしよせた。
ブックマークが増えているように見えます……
ありがとうございますっ!!
次回、ちょこっと怪しげな会話でこの章シメです。
どうぞ、お楽しみに!




