4-4 禁じられた錬成魔術と悪意のゲーム
とっさに後ろに跳びながら『超聴覚』を発動した。
目の前の鎧男は、イツカにしか思えない。
でも、本当にそうなのか? イツカをトレースさせたボット、もしくは認識系の魔法をかけられたニセモノではないのか?
まずはそれを知る必要があった。なぜなら、それで戦い方が変わるからだ。
もっというなら、この冷たい男はイツカではない。そう確認して落ち着きたかった。
はたして、出てきた答えは最悪のものだった。
たしかにあの鎧、というか兜は、なにか認識系の魔術を帯びている。
しかしやっぱり、なかみはイツカだ。
つまりこれはイツカが、魔術かほかの理由でか、おれを魔物扱いで攻撃してきているという状況なのだ。
やっかいなことになった。イツカは強い。そして、おれはこの状況に少なからず動揺している。ショックを受けているといってもよかった。
……おちつこう。落ち着かないと。
ここは闘技場、いまのイツカは敵だ。
とにもかくにも、倒さなければならないターゲットなのだ。
手持ちの弾では削り切れない。ならば、錬成魔術だ。
さいわい、バトルフィールドは土と石でできている。つまり、土ならいくらでもある!
おれたちクラフターは、ただの道具屋ではない。
あるのだ、ハンターをしのぐ攻撃手段が。
そう、錬成魔術だ。
難を言えば準備に時間がかかることだが、慣れ親しんだ錬成で素早くやるなら、そしてその間ターゲットを引き付けておく手段があるならば、充分実戦にも使うことができるのである。
まあ、一番手軽なのは初級錬成陣を雑に描き、ターゲットに向け小さな暴走を起こすことなんだけど。
おれはまず、イツカの兜と、少し離れた足元にむけて500ポイント固定ボムを連続で打ち込む。
イツカが一発目を斬り捨てたところで、二発目が地面で炸裂。もうもうと砂煙が上がった。
よし。この間に……
地面に指を触れようとしたそのとき、思い出した。マイロ先生の言葉を。
『けれどカナタ君、あなたは意図せぬ錬成暴走を起こしています。
しばらくの間は、錬成陣に触れることを禁止せざるを得ません。
これは、あなたの師として、あなたを思うひとりの人間としての判断です。わかってくれますね』
とっさに手を引いた。ダメだ。
いまおれがこれをしたら、マイロ先生の指示に、いや、先生たちのきもちに背くことになる!
思い出す。おれに降格か、課外活動の二択を持ってきたときの『青嵐公』先生のことを。
『マイロ先生を恨まないでやってくれ。彼女は、ギリギリの線までお前をかばってくれた。
結局お前につらい選択を強いることになってしまって、すまなく思っている』
そういう先生の狐耳が、明らかに下がっていたのをおれは覚えてる!
おれは再び後ろに跳んだ。
次の瞬間、おれの立っていた場所をイツカの斬撃が薙ぎ払う。とばっちりを受けた小石がすぱんと両断された。
まずい。錬成魔術は使えず、ボムも二発使ってしまった。かわる攻め手は考えつかない。
こうなったら、タイムアップまで逃げ切るしか!
おれは逃げた。全力で逃げた。
おれはイツカの相棒だ。攻撃のタイミングは頭に入ってる。
しかもやつは慣れない重装備。斬撃を飛ばされたって、かわせないわけなんかない。
それでも。
……それでも。
まるでまったくの敵のようにイツカに追われる。
その状況は、おれの気持ちを追い詰めた。
足がもつれてつまずけば、膝に鋭い痛みが走った。
さっきの小石だ。イツカの斬撃のとばっちりを食って両断されたそれは、まるでナイフのような鋭い断面を持っていたのだ。
ずきずきとした痛みをこらえ、必死で立って、また逃げる。
やっとやっと時間切れのゴングが鳴ったときには、もう、半分泣いていた。
おれはなぜか係員二人に『拘束魔法』をかけられ、控室まで連行された。
イツカはというと、その間もずっと剣を下ろさずこちらをにらみ続けていた。
その姿は、冷たい瞳は、ひたすら胸に突き刺さった。
ひとりとぼとぼと控室に入っても、状況はあまりよくならなかった。
そこは、清潔だけが取り柄の、小さな石造りの部屋。
木製の丸椅子とテーブルが置いてあったが、いずれも粗末と言っていいものだ。
テーブルの上の回復用ポーションを飲み干せば、膝の切り傷をはじめとした全身のダメージがいえるのを感じた。けど、気持ちは浮上しやしない。
なんで。どうしてこんな目に。
どさっと椅子に掛けたそのとき、おれの手がふわりとしたものに触れた。
そこにあったのは、やわらかな水色の毛並み。そう、おれのでかもふロップイヤーだった。
そっと撫でれば、いつものしあわせな手触り。
自分で自分の耳を撫でるのはすこしくすぐったいけれど、おかげでおれは、少しだけ落ち着きを取り戻せた。
「……あっはは。なにやってるかなーおれ。
なにもそんな必死になる必要ないじゃん。これはゲームなんだから。その演出なんだから。
っていうかヒールおれ使えたじゃん。サクッとつかって逃げればよかっただけじゃん。
おちつこ。飲み物でも飲んで、ネットで情報集めようっと」
あえて口に出せば、かなり人心地着いた。
そうだ、ついでにとなりのブースにいるはずのイツカをからかって、事の次第を聞き出そう。それがいい!
立ち上がり、メニューを呼び出す。いつもと違ってログアウトしか表示されないが、いまはそれでいい。
ログアウトを選択すると、いつも通りのエフェクトとともに、視界がリアルのものに戻った。
よし、もう大丈夫。携帯用端末をもって、ブースの扉を開ける。開け……
「あ、あれっ?」
おかしい。ブースのドアが開かない。
ガチャガチャしてると、外側からドアが開いた。
「どうした」
「先生! びっくりした……
飲み物のんでトイレ行ってきたいんですけど。ついでにイツカの顔見て」
「最後の一つは却下だ。闘技者同士は試合終了まで接触できない。
ネットを使うこともできない。これはルールだ」
「あ。そうでした……」
しまった、忘れてた。おれとしたことが。
まあ、やらかす前でよかった。ドアがすぐには開かず、先生が来てくれてラッキーだった。
すいませんでしたと笑うおれに対し、先生はいつも以上の仏頂面でさらに続ける。
「出場試合の休憩時間における、ブースを離れての単独行動も禁止されている。
用足しなら俺が付き合う。言いたいことがあるなら今のうちに言え」
「えっと……一体なんで、こんなことに……」
「お前らのデビュー戦を華々しくするため、だそうだ」
こたえる先生は、苦々しい顔をしている。
このばかげたセッティングは、先生の本意じゃないのだ。
それでも、言わずにおれなかった。
「でも、ひどすぎじゃないですか?!
イツカのHPは3000あるんですよ。500固定三発じゃ半分までしか削れない。あんな鎧をぶちぬく腕力だっておれにはない。錬成魔術の使えないいまのおれじゃ……」
「諾々と『イケニエのウサギ』になるだけ、と?」
「っ……」
今度こそぞっとした。
その言葉は、つい数日前に聞かされたばかり。
顔すらわからない、なぞのつわものに。
けれど、その声。低く押し殺したそれには覚えがあった。
「まさか、せんせ……」
「おしゃべりはここまでだ。
用足しはいいのか。飲み物は」
ぴしゃっと話を切られてはどうにもならない。
「……いえ」
「行っておけ。
それと飲み物は、ココアと玉ねぎスープはやめておけ。あれは近くなる」
「はあ……」
いや、なんなんだこの状況。
『生ける伝説』がひとさらい(仮)でおれの担任で、さらに二人でまじめな顔して生理現象の話をしてるとか。
若干脱力しながらもおれは、その忠告に従っておくことにした。
ベンダーコーナーでのチョイスは、先生は『一杯から豆を挽く』タイプのコーヒー。おれはペットのミネラルウォーターだった。
コーヒーが豆から挽かれるガーという音のまっただなか、おれだけに聴こえる音量のささやきが耳を打つ。
「錬成魔術を思いとどまったのは正解だ。何をされても絶対に使うな」
何をされてもって。イツカがまともな状態と思えない今、その言葉はぞっとさせられる以外の何物でもない。
おれは逃げるように、言葉をぶつけた。
「でも先生、これってほんとにマトモな試合なんですか?
いまおれは錬成魔術をつかえない。そっちコミで設計がされていたなら、あきらかに計算ミスです。
バトルプランナーはそこのところを……」
「プランナーは、俺だ」
「そんな、」
いいかけて、思いとどまった。
先生は、おれが錬成事故を起こしたことを知っている。それであえて、錬成魔術を――いまや、使えば降格となるトラップであるそれを――組み込んだプランにしたという事は。
いつも不愛想顔の先生の、わずかに垂れた狐耳が、真実を語っていた。
罰としての、命令なのだ。誰かからの。
それも、大いに悪意を含んだ。
もしもおれが『許されて』いない錬成魔術を使い、降格処分となれば、担任の『青嵐公』先生、専門指導教官のマイロ先生も責任を問われることだろう。
しかし、このバトルで『期待の星』のおれがただボロ負けし、その理由が取りざたされれば、使用不可能な錬成魔術を計算に入れたバトルプランのずさんさが明るみに出る。すなわち、この場合も『青嵐公』先生が何らかの責を負うハメになる。
つまりこのむかつく状態を切り抜けるには、錬成魔法など選択にも入らなかった。そう思わせるだけの奇跡で、この無理ゲーをどうにかしないとならないのだ。
「よく見ろ。そして聞け。
学園闘技場での『出来レース』は法律違反だ。突破口は必ずある。
バディとしてのやつの顔を再び見たいなら、『邪魔なものは吹っ飛ばせ』。いいな」
「……はい」
学園闘技場での試合は、公正なものでなければならない。
なぜなら『高天原学園』は明日のαプレイヤーを育てる場。そんな場所で、見世物目的の出来レースが行われることが望ましいわけがない。
と、言われてはいるが、黒いうわさはつきない。
少し前まで言われていたのが『ラビットハント』だが……
いや、さすがにそれはないだろう。
なぜっておれは、そこまで弱くない。
この程度のハンディキャップで、狩られるウサギに堕するほどには。
いや、たとえそうだとしても、なんとかして勝つまでだ。
『突破口は必ずある』。
ならばそいつをこじ開けてでも、おれはやるのだ。
イツカと、先生たちを。おれのせいで窮地に陥った人たちを、みんな必ず救うのだ。
決意を込めておれは、ぐっとミネラルウォーターを一口。
そして、ブースへ戻るのだった。
明日も二部分投稿します。
1つめ……朝・ボーナストラック(イツカとアスカの控室会話)
2つめ……夜・試合終了
お楽しみに!




