33-1 ごほうびティータイムは、きつねにつつまれて!
気が付けばおれは、医務室で点滴を受けていた。
とたんにぐう、となるおなか。
お茶を兼ねて少し話に、と学長室に呼ばれていけば、そこには香りのよい紅茶と、やまほどのクッキーと、ノゾミ先生の巨大化モフモフしっぽが待っていた。
いいからそこに座って食え、と言われておれはソファーの上、巨大もふしっぽに包まれるようにして、おいしいクッキーを食べている。
ノゾミ先生を挟んで向こう側に座る、イツカもそうだ。
やつはニッコニコでこんなことを口走る。
「う~んごくらくごくらくー。
これぞまさしく『きつねにつつまれる』だな!」
「イツカ。『中卒認定試験』をもう一度受けるか?」
「めっそーもございません!!!!」
それを言うなら、『きつねにつままれる』だろ。
ぶっちゃけおれはそんな気持ちだ。
クッキーを食べる手を止め、問いかけた。
「あの……一体どうしてこうなってるんですか?」
「三つ、話がある。
まずひとつ。すまない。悪いことを言ってしまった。
……おまえたちはちゃんと、俺の味方で、可愛い弟分だ。
バトルの時だけが例外なだけで、それ以外の24時間すべてでは、俺の大事な存在だ。
そのことを、きちんと伝えておきたかった」
「ノゾミお兄さん……!」
ほんのすこしだけ照れながら、それでも、真摯に詫びて、伝えてくれるノゾミお兄さん。
ちょっぴりウルッときてしまった。
けれど、イツカのやつめはノー天気。
「なんだ~。俺たちよーやくタメになれたと思ったのにな~?」
「百年早い。」
ぼふり。ふわふわもふもふのきつねしっぽが、イツカの後頭部にツッコミをくれる。
するともちろん、イツカは。
「むあああ! それいいっ! もっともふもふー!!」
「こら、抱え込むな! ほおずりするな!
せめて口元を拭けっ、クッキーの粉が付くからっ!!」
なるほど。
おれは丁寧に手と口を拭くと、謹んでイツカにならった。
向かいの席で見ていたミソラ先生とミライも乱入し、しばし極上のもふもふを満喫してから、話の続きを拝聴する。
ちょっとだけほほを染めたノゾミお兄さん、もとい、ノゾミ先生は、こほんっと咳払いして語りだす。
「あー……次にだ。
イツカ、カナタ。お前たちあてにすさまじい数のオファーが殺到している。
明日にもわが社に、わが部隊に来てくれませんかという。
卒業試験の合格すらまだの身である。という理由で俺から断ろうと思うが、かまわないか?」
おれとイツカは顔を見合わせる。
あらためて考えればおれたちは、卒業後の進路についてはノープランだった。
ソナタの手術費用を稼ぐ。高天原で、ミライを見つける。
そこからはじまって、どたばたとここまで突っ走ってしまって。
口を開いたのはイツカだった。
「えっと、センセ。俺たちその辺ノープランなんだ。
進路のこととか、ここまでそんなハッキリ考えてなかった。
どうしたらいいって思う?」
「だろうと思った。
まあ、だいたいの生徒がそんなもんだ。
αが軍人であるという実態を隠されていれば、ただ『人によって副業やってるけどアイドルプレイヤー』みたいな認識にしかなりようがない。
普通は四ツ星から五ツ星の期間にさまざまの実習を受けつつ、自らの得意分野とのマッチングを行い、進路を固めていくものなんだが……。」
ノゾミ先生はため息を漏らす。
そう、おれたちはまったく、あっという間にこの期間を、ゴール手前まで駆け抜けてしまった。
その後のことは『月萌杯』しだい。負ければエクセリオン所有のΩとなるし、突破してしまえばイツカとセレネさんの関係性から、エクセリオンに準じる存在として取り立てられることになるだろう。
つまり今、考える余地はゼロに等しいのだ。
「お前たちには本当に、申し訳ないことをしてしまったな。
俺たちが走り抜け切れなかったこの道を、お前たちに背負わせてしまって。
俺が考える最善は、ここは俺に『勝手に』断らせておくことだ。
それならば、俺の独断で『時間稼ぎ』が可能になる。お前たちが改めて、志望先にツナギを取るにも不利にはならずにすむだろう。これは学長も同じ意見だ」
向かいのソファで、ミソラ先生もうなずいている。
「あんまりこういうことを、心のまっすぐな若人に学ばせたくはないんだけれどね。
いまあつまってるオファーのほとんどが、トラップの要件満たしてるんだ。
――たとえば、これ。
面接『指定』日時がいきなり『明日』。
時間的余裕、ひいては考える余地を与えない。
あちらからの申し込みなのに『指定』というあたり、これもあからさまなツッコミ待ちだよね。
そういう困ったときはストレートに相手せず、『上』の人間にやんわりと断ってもらう、もしくはその名前を使って以下同文。
それも上長の役割だからね、こっちはすなおに覚えておいて」
「わかったミソラ姉ちゃん。ありがとう」
「う、うん、じゃなかった、はいっ」
「ありがとうございます、ミソラ先生」
『面接『指定』日時がいきなり『明日』』。
それを聞いた瞬間に、おれにはピンと来てしまっていた。
無邪気な顔を見せてるイツカや、ミライとは違って。
けれどそんなひねくれものでも、ミソラさんはこころのきれいな若人として大事にしてくれている。
そのことがちょっと、じんときた。
あらためて考えれば――
イツカは『赤竜』。恵まれた資質を持ち、いまや前線で活躍するエースとしての明日が約束された存在だ。
おれはその『御供役』として入学時期を繰り上げられてここにいる。
その経緯に含むものはあるが、役割自体に否はない。
技術で、戦力でイツカをサポートするバディ。
それは、おれの役目だ。使命、と言ってもいいだろう。
それが、果たせて。そして、困っている人たちを助けてゆけるなら。
つとめさきには、こだわりはない。
……今のところは。
「決まりだな。
今来ているオファーは、俺が断わっておく。
あと最後に、これは相談になる。
――ミライの身請け金が貯まった。
しかるべき書面にサインすれば、ミライは国家の所有ではなくなる。
俺たちとしてはすぐにでも、ひとりのβとして、ここへの編入手続きをしてやりたい。
そう思っているのだが……」
待ちわびた、この知らせ。
けれどそれを口にするノゾミお兄さんは、気遣うような、少し困ったような表情。
ミライはすくっとソファーを立つ。
「ここからは、おれにいわせて!
おれね。身請けを待ってほしいの。
もうすこしいまのまま、Ω(オメガ)のままでいたい!!」
思ってもみなかった発言に、しばらくおれは言葉が出なかった。
きつね村……たまらん……ハッ。
次回、ミライの決意に二人はどうする? おたのしみに!!




