Bonus Track_32_3 万に一つのハプニング、百万倍のマリアージュ~脚本兼演出兼舞台監督・シオンの場合~
『すごーい。これが、あたしたちの歌うステージ……!』
モニターの向こう、舞台の上。
白いワンピースのミクさんが、両手を広げてくるくる回る。
おそろいで装ったモモカさんが、両手を組み合わせふうっとため息。
『はじめて、こんな大きなところ……!!』
そうして二人の歌姫たちは、劇場支配人にそろって頭を下げた。
『ニノさん、ありがとうございます!』
『まだ新人のわたしたちに、こんな、大舞台を……!』
支配人――ニノは、むしろ丁重に頭を下げ返す。
『どうか顔を上げてください、お二人とも。
新しい劇場の幕開けには、新しい歌声が似合うものです。
お二人のステージは素晴らしい。必ずや、この公演は成功するでしょう。
どうか、いつも通りのお二人で。必要なことは、何なりと申し付けてください』
すると、まわりじゅうからわらわらと姿を現すうさぎ耳のスタッフたち。
かつて、ニノの屋敷にいたうさぎたちだ。
かれらが口々に言うことは。
『そうだよそうだよ!』
『この劇場は』『僕たちの夢の舞台だからね!』
『お客さんがいーっぱい来てくれれば!』
『ボーナスだってがっぽりだー!』
どっと起きる笑い。ニノは笑って彼らにかえす。
『どストレート過ぎんだろお前ら!
もちろんだ。この劇場の利益は第一に、お前たちに。
こんな俺を見捨てなかったお前たちへの、精いっぱいの恩返しだ!
明日のステージ。成功させるぞ!』
『おーう!』
『それではお二方。リハーサルを終えられましたら、どうぞお部屋の方へ。
護衛の方々もどうぞ、ごゆっくりなさってください』
そしてもう一度、折り目正しく頭を下げると、うさぎたちと打ち合わせをしながら退場。
歌姫二人はぐーんと伸びをする。
『さて、それじゃあ軽く歌ってみますか!』
しかし、そのとき事件は起きた。
歌いだそうとしたモモカちゃんが、あれっという顔になる。
喉をおさえて、口をぱくぱく。
『モモカ? どうしたの?』
『おい、モモカ?』
『……!!』
ミツルが緊張した声音でいうには。
『モモカさん。声、でてない。『マジに』』
『えええええええええええっ?!』
最後の三文字は、セリフじゃなかった。
舞台の上に、裏方に、一気に緊張がはりつめた。
オレはとっさにインカムにむけて指示を出した。
「みんな、プランBいくよ! BGMフェードアウト、照明フェードアウト。
舞台のみんなは、そのままはけて!」
そう、万が一、が起きてしまったのだった。
舞台袖ではみんながおろおろしていた。
モモカさんが泣きそうな顔をしていて、ミクさんが一生懸命にその背中をさすっている。
「シオン君……ごめん、まさかこんなことになるなんて……」
オレはあえて、ニッコリ笑った。
「だいじょぶだよ!
これって、ベテランでもあることだってきいてるし。
こんな時のために、あらかじめ二人の声も録音したじゃない。
だから、このステージはぜったい、失敗しない。だいじょぶだよ。だーいじょうぶ!」
両手を広げて、明るい調子でそういえば、みんながホッとするのがわかった。
「さっきも言ったけど、プランBでいこう。
シーン3はパスして、シーン4に。
その間にあったかいお茶飲んで、シーン5。
そうして、ライブ本番はじめよう。
声が出なければ、録音に合わせて踊ってくれればいいし……
それもきつければ、録画映像を流すから。
とにかく、できるところだけやってくれれば、だいじょぶ!
オレたち、めいっぱい二人を助けるよ! ね?」
「、ぁ。ぁ、……」
そのとき、モモカちゃんののどから、かすれた音が流れ出て。
つむがれた言葉に、オレたちはみんな驚いた。
「やる。つぎ。よてい、どおり。
ミツル、くんの、ギター、なら、かいふく、できる。
ださせて、ひいて。おねがい、します」
決意に満ちた目で、とぎれとぎれにそう言うと、深く深く、頭を下げてきた。
もちろん、オレの返事はOKだ。
そうできるよう、今日まで準備を重ねてきたのだから。
無音の中、ふたたび舞台に灯がともる。
天井から吊るしたサスペンション・ライトひとつがさびしく光を放つ中、顔を覆い、椅子に掛けたモモカちゃんがひとり。
すぐそばにぽつんと置かれた空っぽの椅子をのぞけば、背景すらよく見えない。
そんな寂しい場所で肩を落として、まるで泣いているかのよう。
しかし、ぱっ、と、その肩にもうひとつの光があたると、モモカちゃんは顔を上げる。
ピンスポットライトで照らされているのは、肩に乗った、誰かの手。
スポットライトが広がれば、白いローブの姿が浮かび上がる。
そう、そこにいたのは、ミツル。ただし、手には愛用のギターを持っている。
からっぽのイスに静かにかけると、ぽろり、ぽろりつま弾き始める。
とまどったようにミツルを見るモモカちゃん。
ミツルは小さく首を振る。
『無理に、歌わなくていい。
ただ、きいて。
もし、歌いたくなったら、歌って。
……帰りたくなったら、かえろう。
一緒に。俺たちの生まれ育った、あの村に』
静かに流れる、優しい音色。どこかかわいらしく、なつかしい旋律。
モモカちゃんが見出した、『小さな夜想曲』のアレンジだ。
包み込むような、しみいるような、珠玉のギターソロがフィールドを満たした。
モモカちゃんの口元が、小さく動く。
小さく流れ出す、歌声。
これならば。すばやくインカムにささやいた。
「よし、いける! 照明、フェードインはじめて。
モモカちゃんの歌声に合わせてあげて」
震えながら、ゆっくりと。
途中、一度途切れて。
それでももう一度。
徐々に滑らかに。艶やかに。深く……
後ろから、すすり泣く声がいくつも聞こえる。
オレも、目元がじわっときてる。
素敵な、素敵すぎるセッション。
このまま、いつまでも聞き続けていたいくらい。
でも、今日の『本番』は『おこんがー!』の新曲ライブなのだ。
これの続きは、エンディングにとっとかなければ。
オレはがんばって、引き続き指示を出した。
「そのまま、……音声照明フェードダウン、ゆっくり。
シーン4、支配人室バルコニー。開始します!」
脚本兼演出兼舞台監督……小規模だとそんな感じになったりならなかったり。
次回は例によって観戦掲示板でわちゃわちゃ。公演シメの予定です。どうぞお楽しみに!




