31-8 天使の笑顔とレイジモード!(下)
言うが早いか、猛攻が始まった。
レイジはイツカに斬りつけながら、おれにも斬撃を飛ばしてくる。
下手に当たれば、今のこの状態ですら、HPが1000近く持っていかれることだろう。しかも白く輝く三日月状の効果範囲は大きく、おれは大きな回避を強いられた。
イツカも引き続き『攻撃はまともに受けず、回避もしくは流す』スタイルを徹底していたが、斬撃のまとう余波ですらダメージをもらってしまう状態だ。
ハーブの森はもちろん、全力でおれたちに味方してくれた。
木々の梢から落ちかかるつるや、足元の下草がレイジの腕を引き、足をからめとろうとする。はじける果実が目つぶしをかける。
それでもレイジは、全てをぶっちぎり暴れ続ける。
力ずくで引きちぎり、食い破る。
倒れ来る倒木を払いのけ、地から突き出す根も踏みつぶし。
まさしく怒れる鬼神の暴れぶりだ。
傷ついた草木から立ち上る、かぐわしい香りもおれたちに力を与え、レイジの力を削いでいた。
それでも、その勢いは収まらない。
森の草木は早回し以上の速度でつぎつぎ萌え出てくるものの、レイジのパワーも一向に尽きる気配がない。
原因のひとつは、レイジの行使する『強欲』のチカラだ。
剣を合わせた部分から、直接イツカの力を吸い上げる。
地面のハーブを踏みしめれば、ハーブの活力も強引に奪う。
イツカは果敢に剣を振るい、おれはミックスポーションとエアロボムを左右の銃から撃ち分け支援をつづけ、それでも戦況は見る間に不利に傾いていった。
『オイオイどうしたどうした! もっとよこせ! 楽しませろ!!
邪魔してんじゃねえよ!! 避けてんじゃねえよ!! 当たるんじゃねえよ!!
こんなところでこの程度!! あーつまらねえ気に入らねえ!!
っつうか黒猫てめぇそれでも『騎士』か? 情けねえ!! お前がやれなきゃ王子ちゃんは俺サマの晩飯になっちまうんだぞオルァ!!!』
そして、もう一つの原因は――
レイジがみなぎらせる『怒り』。
怒りが怒りに火をつけて、さらなる怒りを引っ張り出している。
そうして、彼の『力』を沸き立たせているのだ。
なぜなら、彼は『憤怒』。
いまの世の不公正や不公平に抑圧された、『怒り』から生まれたものなのだから。
激しく怒号を上げるレイジ。一体どうしたらいい。持てるカードはほぼすべて切った状態だ。それでも勝てない。まるで元の木阿弥だ。
やがてレイジが再びイツカをとらえた。
モフモフ飾りの胸ぐらをつかみ持ち上げて、ゆっくりおれに向き直る。
金色の視線がおれを刺す。握りなおされた片手半剣が、まっすぐ俺の胸に向けられた。
そのときイツカがおれを見、小さくうなずいた。
切れ。最後のカードを、と。
おれは、歯を食いしばり――
『おにいちゃんたち――っ!!!』
隠し持った小さなマジックポーチに手を触れた、その時ひときわ高く、叫び声が耳を貫いた。
ナツキだった。
ライカにまた体を形成してもらった彼は、10歳ほどのかわいらしい猫耳子供の姿。
観客席の最前列で、コトハさんとフユキに支えられつつ、泣きそうな顔で身を乗り出し、小さな両手をいっぱいに差し出している。
レイジが、イツカが。おれもおもわずそちらを見ていた。
「そこまで!」
断ち切るようにノゾミ先生の声が響いた。
「レイジ、やりすぎだ。
3Sのお前がさらに3Sを宿してガンガン攻めて、新米二人で歯が立つか。
俺でも応援を呼ぶことを考えるレベルだぞ」
『う……で、もォ……』
勢いを失ったレイジの腕はゆっくりと降りてイツカを解放。
金色の目が、あちら、こちらとさまよう。
先生から、ナツキへ。そしておれをみて、あああやっちまったという顔になったかと思うと。
『そのっ……スンマセンデシタ……!!』
さっきの勢いはどこへやら。がくーっとうなだれる。
ノゾミ先生はため息をつきつつ、おれたちに歩み寄ってきた。
座り込んでいたイツカに手を貸して立たせ、軽く背中を叩いてやる。
「イツカ、カナタ。そういうわけで、今回は参考試合にとどめさせてほしい。結果は、ドローだ。
よく健闘した。あの戦いからたった一日とは思えない成長ぶりだ。
だが、最後の一手。あれだけは感心できん。
万一イツカが離脱に失敗すれば。
百歩譲ってレイジは倒せたとしても、カナタ。お前は気持ちの平衡を欠き、しばらくまともに使い物にならなくなる。そんなことでは『月萌杯』の突破は間に合わないぞ」
そしておれの顔に手を伸ばし、頬と目元を指で拭う。
「……え」
その時初めて気が付いた。おれは、涙を流していたと。
「レイジ。
説明を。なぜ、こんなことをした」
先生の問いにレイジは、とつとつと答えを返した。
ひどく、真面目な調子で。痛いほど、まっすぐな目をして。
『……『卯王の薬園』。
あれを見て、分かった。
こいつが、こいつの仲間たちが、俺たちの希望。
俺たちの、救世主となるものだと。
成し遂げてほしい。変えてほしい。俺たちを生みだしちまう、このセカイを。
そのために、勝てる男になってほしい。誰にも負けない存在に。
万一にもブッ倒されて、俺たちを生む苗床になんか、絶対なってほしくない!』
最後はうつむいて、痛いほどの叫び声。
静まり返ったフィールドに、しぃんと叫びが消えていく。
最初に動いたのは、イツカだった。
レイジに歩み寄り、左手を差し出す。
「まかせとけよ、レイジ!」
おれもイツカに並び、左手を差し出した。
「おれたちのことを、そんな風に言ってくれるやつと出会えたこと。
おれたちは、うれしいよ。
いまも苦しんでいる誰かがいるというのに、薄情な話かもしれないけどさ」
なぜって、レイジは左利きだから。
ぽかん、とおれたちを見たやつは、震える両手をゆっくりとのばし、おれたち二人の手を一緒に、それでも丁重に包みこむ。
『俺たちのすべてを……お前たちのために。
『強欲』も『虚飾』も、同じ気持ちだ』
そしてまたあの優しい笑顔で、おれたちを見つめた。
いつしか一面咲き乱れた花々をバックに微笑む姿は、翼をもたない天使のよう。
『俺たちを、俺たちの力を、お前たちのために使ってくれ。
対戦相手とするもよし、武器にするのもよし。その身に宿して使うもよし。
もちろん乗っ取ったりなんかしないぜ。もう、そんな必要ないからな。
お前たちはやってくれるんだ。なら俺たちは、その手となり足となり力を尽くすまで。
どんなことでも言ってくれ。もちろんえっちな命令でも』
イケメン全開のキメ顔のままとんでもないことを言い出した『天使』の頭に、ノゾミ先生はもちろん、ニッコリ笑顔で拳骨を落としたのだった。
ブックマークありがとうございます!!
おもわず『まじですかっ!!』と叫んだ私がいます。
次回新章突入。3Sたち加えて特訓開始! 神獣たちも来るかもしれません。お楽しみに!!




