31-6 レイジ・ノーマルモード、いっきまーす!
「あれ、レイジじゃん!」
ミツルのもとバディに似た、すらりとした体躯に綺麗な顔立ち。
ただしこちらは背がもっと高いし、面構えが不敵だし、声も低めで装備も違う。
特注らしい、黒光りする胸当鎧と片手半剣といったいでたちで、けも装備はなし。
そう、彼は『憤怒』。
イースト・パラダイス事件の時、おれたちの仲間になった3Sだった。
彼とは直接手合わせしていない。イーパラ門前での『バニティ・エンプレス』戦と、その前の対『S&G』戦、対『青嵐公』戦を視聴しただけだ。
それでも、イツカ的にはもう剣友のカテゴリーらしい。黒しっぽをぴんと立てて駆け寄る。
「まじかお前とやれるのかよー! って、外出てだいじょぶなのかレイジ?」
俺も少し不思議に思った。彼は違法坑道での監督官兼、アングラ闘技場の処刑人をやっていた。当然いまは、しかるべき場所で服役中のはずだ。
レイジは照れたようにぽりぽりと頭をかいて目をそらす。
『あー。自由ってわけじゃないんだけどな。
ほら俺ー、ノゾミちゃんのペットだからー』
そうして『ねっ?』とノゾミ先生に笑顔を向けたが、先生はニッコリ笑顔で拳骨を落とした。
「人聞きの悪い言い方をするな、レイジ。
俺はあくまでお前の腕を見込んでスカウトしたのであって、撫でたりモフったりするために身元を引き受けたわけじゃないぞ」
『ちぇー』
「そういうわけで、イツカ、カナタ。俺が紹介するのはこの『憤怒』。
知っての通り、やつの戦い方は柔軟で、パワーもある。
お前たちを鍛えることが、やつに課せられた『奉仕活動』だ。安心して胸を借りるといい。
現在のところ、全力のレイジは俺のだいたい八割の強さ。やつに勝てたら卒業試験の日程を組むことにする」
「まじか――!! やろうぜレイジ!! 全力なっ!!」
『お、……おう』
ニッコニコのイツカに、レイジはちょっと気圧された様子。
「ごめんね、驚かせて。こいつただのバトル大好きにゃんこだから、とりあえずそこそこの力でボコボコにしてやって?」
『アー、じつはワタクシ、人間ちゃんにこんなになつかれたこと初めてデシテ……
いや、いいの……俺やさしい手加減とか、したことナイヨ……?』
「大丈夫、おれがいるから。もしもやりすぎたらブラッシングしてやって。
よろしくね、レイジ」
かくしておれたちは位置についた。
イツカとレイジは前衛スタートラインに。
互いに抜刀して、剣先を軽く合わせる。
レイジは調子が戻ったようで、こんなことを言ってきた。
『いっとくが俺自身はスキルいっさいもってねーぜ。そのへん練習したきゃ別の奴に頼めよ。お前らが使う分にはドンとこいだがな』
「りょーかい!」
「了解!」
短い会話が終われば、ノゾミ先生が静かにきっぱりと「……始め」。
同時に、レイジが斬り込んできた。
速い。スゥさんとのバトルに匹敵する速さだ。
しかし、ついていけない速さとは感じなかった。
落ち着いて左右の魔擲弾銃を抜き放ちつつ、詠唱・発動。
「神聖強化!」
おれの『うさプリオーバーオール』にあしらわれたフリルとリボンが、白銀の輝きとともにはためき、イツカとおれをしっかりとした虹色の燐光が包む。
ギャラリーからおおっ、と声が上がった。
「えっえっ、カナぴょんってプリースト兼業だったっけ?!」
「いや、アレだよ。いま光ったじゃん、フリルとリボン。魔力布なんだよあれ」
「おおー」
おれのうさ耳に、そんな会話が聞こえてくる。心の中で解説ありがとう、と感謝した。
なぜって、まさしくそのとおりなのだ。
おれのプリーストレベルはCランクの上。ミッドガルドでなら兼業も名乗れていた、そんな程度の力にすぎない。
しかしこの新装備は、装飾部品にふんだんに使われた高品質の魔力布が、Bランクレベルにまでブーストをかけてくれる。
これなら、おれの神聖魔法は『戦力』となる。
イツカの動きが格段に鋭く、力強くなる。
おれの体と思考も軽くなる。
この状態でもう一度、神聖強化。さらにもう一度。
気持ちよくおれたちのステータスが上昇していくのがわかる。
よし、これはここまで。いい気で連発して、ガス欠になってはつまらない。
左の魔擲弾銃から、イツカの背中にミックスポーション弾を三発。
そうしながら同時に、右の銃からボムを二発。イツカの動きの隙間を縫って、レイジを軽く狙撃した。
「うお、それで撃ってくるかよ!
よーし面白れぇ! ちょっちギア上げていくぞオラァ!!」
もっとも、それは大したダメージともならない。それどころか逆に、レイジのテンションを上げてしまった。
自己強化もしないのに、レイジの動きが鋭くなる。
牽制はやめだ。右の銃に『瞬即装填』。残弾は三発あったが構わず、今日できたばかりの新作――『高密度圧縮型・指向性つきメガフレアボム(試作品)』に差し替えた。
万一暴発しても魔擲弾銃が破損しないよう、銃身内側にフユキが強化コーティングを行ってくれたが、彼本人から『過信するな』とも言われている。装填するのはまずはそれ二発だけ。
とりあえず横っ飛びして位置を変え、レイジを狙いぶっ放す。ヒット、ヒット。ダメージポップアップは879、722。固い。実験段階の期待ダメージ値は1200~だったのに。
さすがは3S、レイジはなんだか楽しそうにこんなことを言っている。
「いってっ! いまのちびロケットなかみメガか? ヘンなもんつくってきやがるなァオイ!」
「その様子だと、見えててもらってくれたんだね。ありがとう、いいデータが取れるよ!」
言いつつイツカには、左の銃からミックスポーション弾を撃ちこむ。
後方からのアイテム支援がしづらいとされる接近戦状態はしかし、今のおれには攻撃と支援をコンパクトにやってしまえる、むしろおトクな状態となっていた。
戦い自体は確実に激しいものだ。しかしどこか楽しさをおれは感じてすらいた。
それはイツカも同じようで、ぴょんぴょん跳ねまわりつつ斬りかかっている。
そろそろイツカからのリクエストがくる。おれはふたたび『瞬即装填』、右の銃に『斥力のオーブ』を、左にはミックスポーション弾をいっぱいまで装填。
レイジもわかっているようで、大きな八重歯をむいて誘いをかけてきた。
「よーしよーし。このへんでとりあえずムンバスもらおうかモフモフちゃんたちィ。
ハイパーでもいーぜ。そしたらもちょっとホンキの俺のデータをやるよ。オラ来いやァ!!」
地下闘技場のバトル動画内でのように、レイジは大きく両手を広げた。
このあとの展開がうすら寒く予想されたが、自分から負けてやる気はない。
「イツカ!」「おう!!」
おれからイツカに呼び掛ける。イツカも準備万端の様子。いつものように地を蹴る。
おれは『斥力のオーブ』を二連発。一発を天井付近に。もう一発をイツカの右のかかとに。
『空跳ぶ黒猫』と呼ばれた勇姿を追って、おれも跳躍した。
第一のオーブを蹴ってはじけさせ、天井付近まで身を運んだイツカは、すでにパワーチャージを終え、金色に輝いていた。
輝く黒猫はルビーの瞳をきらめかせ、地上で待つ獲物に狙いを定める。
「いっくぜレイジ――! 『ハイパー・ムーンサルト・バスター』――!!」
くるりと身をひるがえし、第二の『斥力のオーブ』を蹴り上げる。
赤く輝く剣を押し立てて、つやめくしっぽで姿勢を制御しながら、レイジに向けて斬り込んでいく。
おれはイツカの右のかかとを見下ろして、瞬時に狙いを定め、引き金を引く。よし。
イツカはかかとに触れた第三のオーブを蹴り上げてさらに加速。レイジの胸板に竜殺しの一撃を叩きこんだ!!
閃光と轟音。上がるダメージポップアップ。
BP30000 CRITICAL HIT!!
しかしレイジはピンピンしていた。
「やっべ、思わずちょっち身構えちまったぜ。
まーでもたいしたことないわー。もしもこれ二発とテラくらいもらったらイチコロだったかもしれないけどな!!
ってなわけでノーマルモードしゅ~りょ~。ハードモードいっきま――す♪」
イツカを捕獲したその様子はまるっきり、脱走猫を捕獲した飼い主のよう。
まるっきり余裕で口上をおえたレイジは、ニコニコしながらイツカをぶん投げる。
「一気に仕留めちゃお勉強にならねェからな。
すこーしゆっくり遊んでやンよ、かわいこちゃんたち!!」
そうして、おれに突撃してきた。
シリアスさん「やっとちょっと出番が来たぜ……」
次回、レイジのハードモード! お楽しみに!




