29-7 『ライジング・サン』
四ツ星、五ツ星の総勢十数組のうち、スゥさんの結界トレーニングに挑戦するのは三組のみ。
ハヤトとアスカの『白兎銀狼』、ルカとルナの『しろくろウィングス』、そして、ケイジとユキテルの『シルバー&ゴールド』。
これは、ある意味予測された帰結だった。
第一覚醒は卒業の必須条件だが、第二覚醒はそうではない。
さらには結界トレーニングそのものも、見ているだけでも寒気のするシロモノだったのだ。
まがまがしい、紫の光のなかに横たわったおれたちの顔は、あっという間に血の気を失い真っ白に。くちびるも寒々しい青色になり、呼吸も浅く、身体が小さく震えて見える。
ただ、つないだ手だけが少し暖かいのか、若干血色がいいものの……
あきらかに『このままだと、死ぬ』と直感するレベルの容態だ。
「ごめんね……このレベルまで追い込まないと、第二覚醒は難しいんだ……」
施術者のスゥも心が痛んでいたようで、とらみみしっぽがぺたんこだ。
「でも、絶対絶対に死なせない。そこは信じて。
この結界の中の子たちにはね、あたしの命をつなげてるから。だから絶対死ぬことはないの。
この魔法陣も、何か齟齬があったら中止して全回復、て書き込んであるから」
言葉を探していれば、ルカがおれの前に立った。
「カナタ」
黒く澄んだ、まっすぐな目でおれを見る。
「あたしはやるわ。
ライムだってあなただって、乗り越えた試練なのよ。
これをできなかったら、あたしはあなたたちと同じ場所には絶対立てない。
もしも……ううん。
たとえばカナタがあたしを選ばないとしても、いまは全力でぶつかりたい。
あたしが歩みを止める場所はいま、ここじゃない。そう、あたしの魂が言うの。
それは、ルナもいっしょよ」
隣に並んだルナも、まっすぐにイツカをみて笑う。
「わたしは、そのうち第三覚醒までいくつもり。
イツカくんも、そうするでしょ?
わたしもね、セレネちゃんのそばに、もっといてあげたいの。
ひととしての意識もなくさないよ。みんなとずっと仲良くいたいもの。
だからここも、のりこえる。
安心して。ちゃんと笑って、やってみせるから。やくそく!」
緊張がないわけなんかないだろう。それでもいつも通りのほんわか笑顔と、まっすぐに差し出す小指を、イツカはまじまじと見つめた。
小さく、息をのんで。尊いものを前にした表情で。
「……おう、約束な!
行こうぜ、第三。そうしてセレネが腹割って頼れる仲間になってやろうぜ!」
それでもやつは明るく笑って、ルナの小指に小指を絡めた。
ルカも、ちゃめっけのある笑顔になって言う。
「あたしもセレネの本当の友達になりたいと思ってるの。だから、止めても無駄よ。
第二覚醒は先を越されちゃったけど、第三は先に達成しちゃうんだから。まけないわよ!」
そうして突き出してきたこぶしに、おれもしっかりとこぶしを合わせた。
そう、女神に届くには、第三覚醒が必須というなら。
『困ってるものたちをみんな助ける』ためには、当然それが必要だ。
「あの。俺は、俺たちは……そのうち、可能になるのか」
そのとき進み出た人物がいた。
それはなんと、ミツル。そして、ミツルを支えるように立つアオバだ。
「俺たちは確かに覚醒もまだだ。星だって、一ツ星で……。
けれど。早く強くなりたい。
強ければ。全部守れたはずなんだ。
取り戻すのが無理としても、……繰り返したくない」
ふたりが背負うのは、ミツルが救い上げたイザヤとユウ。そして、いまはここにいない、ミツルのかつてのバディの存在だ。
ミツルがすべてを吐き出すと、アオバがフォローするかたちで言葉を継ぐ。
「もちろん今すぐは無理と思ってるし、そうである以上、イツカたちが最優先であることもわかってる。それは俺たちも、そう望んでることだし。
でも、万一でも少しでも可能性があるならって気持ちがいま、どうしても抑えられないんだ。
どうかな、スゥさん。スゥさんの目から見て……」
「……そうだね。まずは四ツ星を目指すことだよ。
そのうちに、君たちの方向性がくっきりと見えてくる。
覚醒は、その先にあるものだ。でも」
ここでスゥさんは、にっこりと笑った。
「君たちならきっと第二覚醒まで、いけると思う。
すごく、いい目をしているから。
その時が来たら、また会おう」
虎神獣の少女はニッコリ笑って、二人と固く握手する。
そして、挑戦者たちを振り返った。
「っしゃ――!! それじゃあいくぞ! 気合い入れていけ――!!」
そして、緊迫の三十分ののち。
あらたな志願者三組は、みごと『ヒトを超える』に至った。
即座に第二覚醒を発現した者もいた。ルカだ。
彼女の第二覚醒は『暁翔』。
服に、髪に、そして翼に。あまたの金と漆黒をまとって飛び立てば、陽光色の羽吹雪がフィールドに舞い散った。
日差しの暖かさをもつ羽根は、おれたちに触れると癒しの力を残してふわりと消える。
第一覚醒『日輪』の効果から推測するに、もしもおれたちが敵だったら、これらはきっと爆裂し、強烈なダメージを与えてきたに違いない。
ルナが無邪気に歓声を上げる。
「すごい、すごいるか! まるで女神さまみたいだよ!」
「え、そ、そう?」
「さんせーいっぴょー! ちょっとむかしのルーレアねえさまみたいだよ!」
スゥさんも手を叩いてお墨付きをくれた。
いまだひかりの羽根の散る中を、舞い降りてきたルカは、ほんとうに女神のようにみえた。
ぽかんと見つめていれば彼女は、ちょっと照れくさそうに笑った。
ルカは頑張る子です。何とか幸せにしてあげたいと作者も思ってます。
次回、新章突入。準備期間二か月目もはじまり、武具開発の方にもフォーカスを当てたいとこです。ソナタちゃんとレモンちゃんの初対面までこぎつけられるだろうか……どうぞお楽しみに!




