29-5 ハーブの森でつかまえて!
息を吸えば、かぐわしいハーブの香りが体を満たす。
生き返るように力がわいてきた。
軽い。体が軽い。
かるく宙を蹴れば、おれの体は難なく天井まで達した。
イツカも同じことを考えていたよう。おれから少し離れたところで天井を蹴り、緑の木々の梢に飛び込み、枝に着地しもうひとはね。
「うっわー! 楽しいなこれー! 身体かるーい!
おーい! みんなあそぼーぜ! なんかたのしーぞ!!」
「いやこれ遊ぶための技じゃ……まあいっか」
それを言うや、集まったみんなが子供のように遊び始めてしまった。
いつも落ち着いた雰囲気のルシード君や、フユキも笑顔。
スゥさんもコワモテをかなぐりすてて、嬉しそうに木に登り始める。
みんな、おれたち同様、動きが軽い。
ふと思いつき、左もものホルスターから魔擲弾銃を抜いた。
『瞬即装填』を発動してみる。ほんとに一瞬だ。思っただけでリロードが完了したレベル。
装填したのは三発のエナジーアローブレット。撃ちだせば細い高エネルギー体の矢となる、狙撃用の弾だ。
これを『抜打狙撃』で発射!
橙色の光の矢が、こずえに実る赤い果実、それをぶら下げた果柄に迫り――すぱん。どまんなかをきれいに断ち切った。
ぽとり、手の中に落ちてきたりんごのような実には、もちろん傷一つない。
完璧だ。ちょっと完璧すぎるほど。なら次は。
「イツカー?」
甘く香る実を手に呼べば、やつはニコニコ顔で振り向いた。
なんともう抜刀し、ハヤトとじゃれている。
まあひとのことはいえないか。微苦笑しながら「おやつだよ!」と木の実を投げる。
『抜打狙擲』。イツカの顔をめがけてゆるやかに木の実は飛んでいく。
イツカは器用にパクッとかじりついてキャッチ。シャリシャリかじって歓声を上げる。
「あ、んっめー!
ハヤトも半分やるよ!」
そのままイツカブレードをふるい、スパンと半裁。かじっていないほうの半分を差し出す。
ハヤトはつっこみつつも、迷いなくそれを口に運んだ。
「あぶね! せめて口から離してナイフで斬れよ…… お、んまい!
つかこれ、ミックスポーションの効果ついてないか?」
「あむ、そうだな! つかうまっ!」
しゃりしゃりと音を立て、夢中で果実をかじる二人の頭上には、きっちりPower Up!!、HP+200のポップアップが上がっている。
なるほど。このスキルで生み出せるのは、強化や治癒の効果のあるハーブと、木の実。
そして、おれの思惑に味方してくれる、無数の枝葉だ。
さっき木の実を投げようとした時、ちょうど射線上にあった枝がふるりと道を開けるのをおれは見た。
つまり、この森の庭園では、枝葉の一本一枚に至るまで、すべてがおれに味方するというわけだ。
この分だと『投げたら爆発する木の実』も実ることだろう。
すごい、すごいぞ第二覚醒。もはやそれまでとは別次元。
しかし、これをバトルに使うには、もうすこし調整が必要だろう。
対戦相手まで同等に強化してしまったら目も当てられない。
それでも、まず考え付いたのは、たのしくて平和な利用法だ。
今週末のお見舞いの時にこれをやったら、みんな喜んでくれないだろうか?
ハートホスピタルの子供たちは外出もままならない。こんなハーブの森などみたこともない。
もしかしたら、薬用効果で元気が出るかもしれない。
ティアブラの中でしかできなかった木登りを、リアルでさせてあげられるかも!
思いついたら、胸が躍った。よし、このあとはさっそく練習だ!
「よくやったぞ、カナタ。
まさかこの場で第二覚醒にまでこぎつけてしまうとは。
ほんとうに規格外なんだな、お前たちは!
我も実に、ほこらしいぞ!!」
勇んでいれば、背後から澄んだ高い声。ぽん、と肩を叩かれた。
振り返ればニコニコの笑みの、どこか見覚えある少女がおれを見上げていた。
年頃は、おれとおなじくらい。背丈は、小柄なチナツとほぼ同じくらい。
ターラさんのそれににた、開放的な南国ふうの装いに、小麦色の肌。
すこしボーイッシュな、愛らしい顔を彩るのはショートにまとめたサラサラの金髪と、金の瞳。
どなたさま? と問いかけてハッと気づいた。
この瞳の金色。まさか。
「あのー、もしかして、スゥさんですか……?」
その時気付いた。チナツが彼女を見て、あんぐりと口を開けていることに。
彼女は小さく悲鳴を上げて、ハーブの森に逃げ込んでしまった。
もちろんおれがスキルを解除すれば、この森は消えてなくなる。
しかしいまこの状態で、それをしてはいけない気がした。
まずはスゥさんを、探してあげなきゃならない。
そう直感したおれたちは、ちいさな森のなか、おーいおーいと探し回り始めた。
それでもさすがはシークレットガーデンの神獣。森の主であるはずのおれですら、その姿を補足しきれない。
やがて探し疲れたおれたちは、誰からともなく森の中のちいさな広場に集まっていた。
「どうしちゃったんだろう……」
「何があったんだろうね、スゥさん」
「神獣たちは全員チナツが気に入ってるんじゃなかったのか……?」
「ただのツンデレってわけでもなさそうだね~」
「とにかく見つけてあげなくちゃ、どうにもならないわね。どうしましょう」
わいわいと言い合っていれば、ふいにセナがポンと手を叩いた。
「森の中を逃げる奴を探すこの状況。シークレットガーデンの試練と似てないか?」
「たしかに!!」
第二次合宿の参加メンバーたちが声を合わせた。
一斉に見る先はもちろん。
「……いや。たぶんこれ、俺がちゃんと話さなきゃなんないことだわ。
みんな悪い。森を出ていてくれないか。
あ、カナタはしゃーないけど」
チナツはしごく真面目な顔でそう言った。
もちろんおれの返事は一つ。
「わかった。おれはここで後ろ向いて、耳を閉じてるよ。終わったら教えてね」
ぽん、と肩が叩かれたのは、どのくらい経ってからか。
さすがに疲れた。ため息とともにスキルを解除しふりむけば、なんだかいい雰囲気で並んで立つ、チナツとスゥさんがいた。
二人の説明によれば、スゥさんがごっつい野郎の姿を取り、チナツに対して距離を取るような言動をしていた原因は、シークレットガーデンの試練のさなかにチナツが口走った言葉だという。
「ええっ?! チナツそんなこと言ったの?」
「まじかおい?!」
「こんなかわいい美少女に『タイプじゃない』とは……」
そう、チナツのやつは、スゥさんになんと『タイプじゃない』などと言っていたというのだ。
モテ男めの答弁は。
「いや、いやだってそんとき俺っガチ虎フォームで襲われかけてたし!
もうこのまま追いつかれたら食われるとしか思えなかったから二つの意味でっ!!」
「食べないよー!
そもそもティアブラではそういうことできないじゃん!
まあでも、それだけあたしのハッタリ、うまくいってたってことカナー?」
「はい、それはもう! この上なく!!」
最初のツンツンなコワモテぶりはどこへやら、可愛い笑顔のスゥさんに、チナツはぶんぶんうなずいた。
「へへ、だったら許しちゃう!
あたしこそごめんねチナツ。勝手に誤解して勝手にいじけて!
じゃあこれからは、トモダチになろう? はいあくしゅ!」
「はっはい……ん?」
ピカピカ笑顔で差し出された手をあわてたように握れば、チナツの右手の甲には緑色の小さな模様がキラキラと浮かび上がる。
見た感じ、TとSをひとつに絡めた文字のように見える。
「それ、あたしの印。
軽くこすって話しかければ、だいたいいつでもあたしと話ができるよ!
困ったときには飛んでくるから。よろしくね!」
「ちょえっ? こ、ここれっ……」
いたずらっぽい笑顔で、小さく舌を出すスゥさん。
いやこれ、どうみても考えても、神獣との契約の証である。
なんとチナツはチケット二枚目をすっ飛ばして、虎神獣スゥさんとの契約に至ってしまったらしい。
「え……」
「ええっ……」
「えええええ――――!!」
チナツとおれたちの驚きの叫びが、フィールドにこだました。
ブックマーク頂きありがとうございます!
私の場合、不思議と頂けるときは連続しますね……何か法則性があるのでしょうか……
ともあれ嬉しいです。プルプルします。頑張れます!
次回、意外な? 人間関係が明らかに! どうぞ、お楽しみに!




