4-2 伝説級の大惨事(未遂)!
「何があったか、覚えてる?」
「……いえ」
そうしておれはここにいる。
生徒指導室の椅子の上。
おれの前には、まじめな顔をしたマイロ先生と、無表情にみえる『青嵐公』先生。
「一言で言えば、カナタ君。
あなたは実習中に錬成事故を起こしました。
……上位錬成魔術『フレアバースト』を暴発させかけてしまったの」
「えっ?!」
マイロ先生によれば――
おれは錬成中に急に倒れた。
けれどそのまま、高位錬成レベルの大量の魔力を錬成陣に注ぎ込み続けた。
初級錬成のために描かれたプロテクトサークルは、許容量超過により破砕。
錬成は暴走。数段階の変容を経て、最終的に『フレアバースト』が発動しかけたのだという。
「わたしがとっさに『反応停止』を打ち込んで止めたから、その先はなかった。
けれど、もしそれがなかったら……
あなたは確実に死んでいたわ。錬成室にいたみんなと一緒にね。
おそらく、ラボも半壊。多くの犠牲が出たでしょうね」
「………………。」
言葉が出なかった。
なんで。どうして。おれは、ふつうに錬成してただけなのに。
意識を失ったなんて記憶はない。ただ、きゅうに何もかもがなくなっただけ。
「自覚がないか……
端的に言う。お前は『寝落ち』していた。
診断によれば、睡眠不足と過労。
……お前を指導する者として、気づくことのできなかった落ち度は我々にもある。
しかし、これだけの騒ぎを起こしてしまった責は、お前にもある。
わかるな」
なんてことだ。専攻の実習中に居眠り。それも、へたしたら人が死ぬレベルのミス。
しばらくして出てきたのは、こんな言葉だった。
「退学でしょうか、おれ」
「被害が出ていたら、そうなっていたろうな」
「じゃあ……」
「具体的にはこの後審議となる。
その間は懲罰房にて謹慎。外出、授業および実習への出席、端末の使用は禁止となる」
「え……
イツカは、その間イツカはどうなるんですか? あいつはおれがめんどう見なきゃ。
それに、受けてた依頼も……!!」
思わず口をつけば、『青嵐公』先生にじろり、と睨まれた。
「謹慎なし、即時降格にという意見もあるのだ。そちらの方がよかったか」
「わたしの責もありますから、依頼の件は責任もって処理します。
けれどカナタ君、あなたは意図せぬ錬成暴走を起こしています。
しばらくの間は、錬成陣に触れることを禁止せざるを得ません。
これは、あなたの師として、あなたを思うひとりの人間としての判断です。わかってくれますね」
「……はい」
『青嵐公』先生にぴしゃりと言われ、マイロ先生に静かに諭され、ようやくおれのなかにずしりとしたものがわいてきた。
ああ、なんてことだ。
おれは、大きな迷惑をかけてしまったのだ。
マイロ先生に、そして『青嵐公』先生に。
そして、イツカにも、きっとアスカたちにも。
「すみません。すみませんでした。
おれが、無茶したから……」
「俺たちこそ、すまなかった。
いい子で謹慎していてくれ。そして、すこしでも体の調子を戻してくれ。
この謹慎には、その意味もあるのだ。
頼んだぞ」
「……はい」
頭を下げれば大きな手が、あったかく頭に乗っかった。
おれはそっと、袖口で目元を拭いた。
広さ四畳の懲罰房。
ベッドと流しとトイレ、エアコンと換気扇とドアしかないそこで、おれはひとり考えていた。
五時半起床、11時半過ぎに就寝。その間、家事と授業とメンテ、捜索とアイテムづくり。
その生活は、おれには無理だったという事だ。
何かを削らなければならない。
専攻の授業は削れない。どんどん学んで、昇格試験を受けて、一刻も早く三ツ星になりたい。
メンテも同様だ。アタッカーであるイツカのコンディションを保つことは、おれたちバディの生命線。体調管理はイツカにもできても、装備のリペアや調整はおれにしかできない。
掃除洗濯の家事。これを削ったら人として負けな気がする。すでに制服や体操服、シューズ、部屋の週一クリーニングサービス、学食での食事といろいろ頼りまくっているのだ。これ以上は削れない。絶対だ。
となると……
「カナタ! カナタおきてる?
晩メシだぜ、一緒に食べよう!」
ふいにドアがノックされ、イツカの声がした。
そして、おだしのきいた、いいにおい。
「親子丼。すきだろ?
面会室で一緒に食べていいって。アスカとハヤトもいるからしゃべりながら食おうぜ!」
「……ありがと」
懲罰房なんて、見るのも入れられるのも生まれて初めてだった。
だから、カチッという音とともにロックが閉じた時には、おもわず身震いしたものだった。
けれど、こんな計らいもしてもらえるなんて。
ほんわかと胸の内が温かくなる。
繰り返さない。ぜったい、二度と。おれはそう心に誓った。
こうして、おれとイツカ、アスカとハヤト、四人でのばんごはんがはじまった。
「イツカ、今日大丈夫だった? お風呂……は入ったみたいだね。マッサージは?」
「おー楽勝楽勝! ちゃんと体操着とかもクリーニング出しといたし。
掃除もばっちりしといたからさ、どーんとくつろいでこいよ!」
「いや温泉旅館じゃないんだから!」
おもわずツッコミが出ると、面会室に笑いが起きる。
なかでも盛大に笑ったアスカは、軽い口調と裏腹にこう言ってくれた。
「安心してー、カナぴょんがでてこれるまでのあいだ、イツにゃんになんかあったらおれが回復しとくし。
そうそう、依頼も片しといたよん。同盟にはクラフター何人かいるし。かくいうおれもクラフターかじってるからね!」
「おい」
「まあおれはへたくそだからあんま役に立たなかったけどねー。
だいじょぶだってハーちゃん、おれは納品してないから。マジに」
「………………ならいいが」
ハヤトの顔が若干青い気がするんだけど、気のせいか。
ふれちゃいけないとこのような気がする。
「ありがとうアスカ。ほんとに助かる。
でもいいの、こんなにしてもらって?」
「カナぴょんは『うさぎ男同盟』の希望の星だからねー。それにかわいーし!」
「かわっ?!」
「っ?!」
おれとイツカの声がハモり、ハヤトが喉を詰まらせた。
「あ、うたがってる? じゃーねー、ちょっぴりギャップ美人!
ホントだって、無能のブ男に『ウサプリ』なんてあだ名つかないから!」
「っ……」
たしかに陰でいわれてるのは知ってる。『うさぎ王子』とか、『ウサプリ』って。
けれど、改めて言われると恥ずかしい。おれは思わずうつむいた。
「それ、うさみみのせいだろ……」
「男でうさ耳が似合うのはとびきりのイケメンだけだよん。たとえばおれたちのよーな!」
「っ!」
アスカが得意満面でウインクぱちん。ハヤトが吹き出しかけて水をごくごく飲む。イツカはもはやぽかーんとしてる。
確かにアスカはよく見ると整った顔立ちをしている。静かに黙ってすましていれば、相当の美形のはずだ。
もっともアスカはいつも陽気なにぱにぱ笑顔。静かに黙ってすましてることなんて、授業中でさえもないんだけれど。
「まあそんな真実はいいとしてね、知っといてほしいのはこのことだ。
……うさぎは弱い存在なんだよ。
だから、生きるためには群れを作らないといけない。そうして助け合わないと。
そのためにあるのが『うさぎ男同盟』なんだ。
たしかにトウヤ・シロガネもうさぎ男だけどさー。ハンターなんだよねー。
おれたち後衛のうさぎ男はいまだにある意味アイドル的存在でしかなくってねっ! はーむかつくっ!!
その点カナタっちは美人で強いし! かわいいし!
そのカナタっちが『たたかうクラフター』としてのしあがってくれれば、うさぎ男全体のイメージ向上地位向上にもつながるってわけよ!
そんなわけでひとつよろしくっ!」
「え……あ……はぁ……」
よーきにまくしたてるアスカの勢いに押されて、思わず握手した。
でも、このときおれは、やつが言いたいことの十分の一も、わかっちゃいなかった。
いや、わかっていても、これはどうにもならなかっただろう。
特待生資格の喪失――すなわち、一ツ星への降格か。
それとも、それを補償するに足る課外活動か。
その選択肢が示されれば、おれには、後者しか選べなかったから。
一ツ星の月収は五万。二ツ星の十二万と比べれば、半減なんてものじゃないのだから。
翌日の放課後おれは、学内のログインブースへと連れていかれた。
ログインすれば、視界がない。どうやら目隠しをされているようだった。
そのまま、押され、引っ張られてどこかへ誘導されていく。
耳に届くのは、熱量にあふれたざわめき。
レモン・ソレイユのライブ映像で聞いたものと似ているが、それとはまた違った方向性の……
「ついにカナぴょん出場か!」
「はあああ! 待ってたんだよこの日をー!」
「どんなふうに抵抗してくれるんだろうね? 楽しみー!!」
ふいに、目隠しが外された。まばゆい光に目がくらむ。
やがて目が慣れ、見えてきたものは――
小さな翼をパタパタ羽ばたかせ、おれの顔を撮影している『羽ばたき飛行式小型カメラ』。
そして、大入り満員の、闘技場だった。
2019.10.21
名前を修正しました
『羽ばたき飛行型小型カメラ』→『羽ばたき飛行式小型カメラ』




