表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

30/1358

4-1 優等生の落ちるわな

「人間にはキャパシティが、物事には優先順位があるだろう」


 先生の最初の一言はこれだった。


「ともあれ、いまの最高順位は課題のオーブの追加作成だ。

 初回であるし、軽微なミスでもあるから、それだけでいい。

 済ませてしまって、今日はもう休め」

「すみません……」

「お前にはバディがいる。ひとりで背負い込むな。いいな」

「……はい」


 おれは先生に頭を下げ、促されるまま自習用ブースに入った。

 思わずため息が出た。なんとおれは、きわめて初歩的なミスを犯してしまったのだ。

『炎のオーブを十個作成し、提出用サックに入れて提出する』という課題で、オーブを八個しか提出していなかった、という。

 そのため、呼び出されての居残りである。

 幸い通常クオリティの炎のオーブならさして難しくもなく、十分そこそこで作成終了。

 あらためて追加分を提出用サックに入れて、先生に提出。もう一度頭を下げるとやっと放免となった。


 それでも時計を見れば、呼び出しを受けてから30分以上が経っていた。

『もしおれが戻ってなかったら、体操服とシューズをクリーニングサービスにお願いして、ひとりでミライ探しに行ってて』と、イツカにメールしておいたのは正解だった。

 しかし、もうだいぶ日も傾いている。イツカもじきに戻るだろう。部屋に訪ねてくる人もいるかもしれない。

 マッサージサービスの予約状況をチェックすれば、今日は十八時に空きがあった。イツカの名前で予約を入れつつ、急ぎ足で寮へ、自室へ向かった。


 課題のぶんと一緒に、通販や依頼用のストックも作った、そこまではいい。

 その後、個数のカウントが甘かった。それが今回の失敗だ。

 いくらゲームじみていても、ここはリアルだ。ミッドガルドでのように、提出にかかわる作業はオートじゃないのだ。

 部屋に戻ったおれは速攻机にメモを貼った。『提出個数は3回確認!』と。

 ふりかえればイツカが心配そうにおれを見ていた。


「なあカナタ。おれも個数見ようか?」

「だいじょぶだよ、ただのケアレスミスだし、初回だからポイントも引かれなかったから!

 2回でミスするなら、3回チェックする。

 おれだってここまでやってきたクラフターなんだし、それでちゃんとやれるって!

 それよりイツカ、体操着とシューズは出したよね。装備はそろそろだいじょうぶ? お風呂入ってる間に直しとくから貸して。

 あ、あと上がったらマッサージ、十八時に予約取れたから行っといて。

 戻ったら装備試着してみて、一緒にごはん行こう」

「はーい」



 そうしておれはさっそく装備品の様子を調べてみた。

 イツカの愛剣『イツカブレード』はあちこち小さく刃こぼれしていた。

 毛皮状に加工した流動素材により、自由な動作と高い防御力を両立させた軽武装『モフリキッドアーマー』も、リキッド素材が目減りし、防御力が低下している。

 肉球状の変性クッションで軽快自在なフットワークを可能にする『マルチフットパッドシューズ』も、まるで一か月丸々はいたかのようなくたびれかた。


 すべて、思った以上の損耗ぶりだ。

 これはつまり、イツカはおれよりずっと頑張ってくれている、ということにほかならない。

 ミライのために、そして、ソナタのために。

 そうだ。おれがへこたれてなんかいられない。まして、これ以上の負担はかけられない。

 おれは気合を入れなおし、リペアと調整にとりかかった。



 部屋には今日も、何人かの人たちが遊びに来てくれた。

 その人たちに今日はごめんなさいと謝りつつも、小一時間。

 なんとか仕上げたころに、ただいまーとイツカが戻ってきた。

 風呂にマッサージまですませたやつはピカピカだ。

 アクセサリーであるはずの猫耳尻尾すら、心なしかふっさりつやつやして見える。


「ちょうどできたとこだよ。はい、ちょっと装備してみて」

「お、なんかいいかんじー! よーし、ちょっと一戦模擬ってみるっ!」


 はたして結果はOK。おれたちは二人いっしょに学食へ向かった。

 すると、ちょうど入り口付近にいたアスカが、目ざとく見つけて手を振ってくれた。

 イツカもぶんぶん手を振ってこたえる。


「あ、イツにゃんカナぴょーん! いっしょにたべよー!」

「おーアスカー!

 アスカは今日何食べる? よければ一口交換しよーぜ!」

「唐揚げ定食! 食べるっしょ?」

「ぜひともください!!」

「じゃーさじゃーさー、チャーシューメンセットにして!」

「りょーかーい! ってあれ、ハヤトは?」

「ハーちゃんは今日は別。用あった?」

「いやー。

 カナタは何がいい?」

「あ、えーっとね……」


 そうだ、一度の失敗でへこんでちゃいけない。

 おれは元気を出して、新しい友人とおしゃべりしながらの晩ごはんを楽しむことにした。


 部屋に戻ったら、二人で基礎学科の予習復習と宿題だ。

 そしたらイツカには先にやすんでもらって、おれはクラフター専攻の課題を終わらせる。

 勉強部屋と、イツカが寝てたら居間も掃除し、風呂水と肌着類を洗濯機に入れてシャワー。出たころに洗濯物が洗いあがるので、ベランダに干す。

 そして、学内依頼掲示板から依頼を受けれたら、そのアイテムを。それがなければ、通販出品用のアイテムを作って就寝の予定。


 だいじょうぶ、日付が変わるまでには終わる。

 最悪、掃除とアイテムづくりは明日早く起きてやってもいいのだ。

 今日はもう遅いから、ミライ探しはあきらめざるを得ないけど、それも朝いってもいい。そうだ、そうしよう。夕方探して見つからないなら、朝に探してみるのはいい手だ。


 この毎日は忙しいけど、楽しくもある。

 掃除も洗濯も、勉強もクラフトもおれは好きなのだ。

 そのうち余裕ができたら、マッサージなども習いたい。プリースト講習も受けたい。

 そうすれば、もっとイツカの様子をちゃんと見てあげられる。装備品のカスタムも、より的確なものにしていけるし、いざってときにはばっちり回復して、守ってやれる。

 これからへの希望がふくらむのを感じながら、おれは……


「カナタ? おーい、カナター。おきろー!」


 ……寝落ちしていた。

 イツカに揺さぶられて目覚めれば、そこは勉強部屋の机の前。


「あー。もーデコ赤くなってんじゃん……

 ほら、ちゃんと着替えて寝るぞ。あとはあした!」

「え、居間汝?」

「カナタが壊れてるっ! 頼むから寝て!! 11時だからもう寝てっ!!」


 半泣きの顔で頼み込まれておれは、今日はとりあえず寝ることにした。

 ほんとうはあと30分。あと10個のクレイボムを作成する予定だったけど、突っぱねればイツカはたぶん寝ないだろう。

 あとはあした。そう、明日また頑張ろう。

 携帯用端末のアラームを、いつもより30分早めにセットして、おれは目を閉じた。



 イヤホンからアラームが響き、目が覚めたのは朝五時半。

 目を覚ましてみればすっきりとした気分だ。

 寝ているイツカを起こさないよう静かに着替え、顔を洗う。

 そうして昨日やりそこねたことを片付けていった。

 さっと居間の掃除をしたら、ミライを探しに学園の門から外へ。

 町並みはもう活気づきはじめていた。犬の散歩や、ランニングをしている人もいる。あくびをしている猫もいる。けれど、ミライは見つからず。

 六時すぎに部屋に戻り、学内依頼掲示板をチェック。今の手持ちで受けられそうなものがなかったので、とりあえずクレイボムを10個作成。ティアブラ内の通販に出品した。

 するともう六時半。イツカを起こし、身支度を整えさせ、学食に繰り出した。

 またばったり出会ったアスカ、いっしょにいたハヤトと朝食。

 一度部屋に引き上げて体操着とシューズを回収、通常授業へ出向いた。


 結果として、今日一日は絶好調。

 居残りがなかったから、ミライ探しにもちゃんと行けた。

 体操着とシューズもちゃんと頼めた。

 イツカの装備は毎日見ることにしたのだが、これもよかったようだ。各10分ほどの手入れであっという間にオールOK。風呂を後回しにすることも、遊びに来てくれた人たちを追い返すこともしなくて済んだ。

 もちろん宿題に予習復習、課題も掃除も洗濯もアイテム作成もぜんぶ普通にできた。

 ミライが今日も見つからなかったのだけが残念だが、ありがたいことにアスカが『うさぎ男同盟』に声をかけて、外出時に気を付けてみてもらえるようにしてくれた。


 よし、これからはこれでいこう。ビバ、朝方生活だ。

 課題は夜やってしまって見直し、朝起きてもう一度見直し、昼休みにもう一度見直す体制でミスを撲滅した。

 こうして毎日が無事に滑り出した。

 三日、四日。うまくやれてる。

 みんなは心配してくれるけど、これなら大丈夫。あとは、慣れるだけだ。



 そんなわけで、ちょっぴりハイの昼下がり。

 今日は、ラボの錬成室で実習だ。

 お題は基本中の基本『フレアボム』。もちろん楽勝だ。


 実習机に向かった各人の前には、60cm四方と小型の、黒い石板がひとつ。

 初級錬成を行うための作業台、小型錬成台マイナー・タブローである。

 これをきれいに掃き清め、魔石筆マジックチョークを走らせて、既定の図形を描いていく。

 まず、暴走・暴発防止のための『プロテクトサークル』。

 その内側に『錬成陣』。

 錬成陣が書けたら、そこに素材を配置。陣の各ポイントに手を置き、決められた手順で力を流す。

 このへんも、ミッドガルドでは基本、オートでやれた部分だ。だけどおれはあえてマニュアルにしていた。その方が、作ってるって感じがするから。


 錬成陣という回路サーキットを通じ、おれの力が変容される。

 茜色の輝きとなって、素材に流れ込む。

 素材は力を受けて変化する。その一部があかく溶け出し、錬成陣を伝って、互いにまじりあう。

 錬成陣の描線がすべて力と素材で満たされれば、錬成陣とその内側は、すべてひとつの光球としてまとまり、色を変えはじめる。

 様々な色合いの赤が、まじりあって一瞬黒へ。ちかりと虹の閃きが走れば金へ、白金へ。

『創造のるつぼ』という現象だ。

 輝くるつぼはそのまばゆさを、おれの視界いっぱいに広げていき――


「カナタ、カナタ!!」


 ふいにイツカの声がした。

 え、と思ったその時、すべてが消え去った。


明日から事態が急展開!

夜更新分でカナタが闘技場デビューします。お楽しみに!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] カナタ、ちゃんと課題やるところは偉い。 ミライ探しも大事だけど、 学生の本分も果たさないとね! なんというか充実した学園生活ですね♪
[良い点] ∀・;)いやぁ~なんでしょう~この独特な世界に圧巻されているというか、圧巻させ過ぎちゃっているというか(笑)でも他にはないエンターテイメントだと確信します。ひとまずカナタとイツカ、このネー…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ