4-1 優等生の落ちるわな
「人間にはキャパシティが、物事には優先順位があるだろう」
先生の最初の一言はこれだった。
「ともあれ、いまの最高順位は課題のオーブの追加作成だ。
初回であるし、軽微なミスでもあるから、それだけでいい。
済ませてしまって、今日はもう休め」
「すみません……」
「お前にはバディがいる。ひとりで背負い込むな。いいな」
「……はい」
おれは先生に頭を下げ、促されるまま自習用ブースに入った。
思わずため息が出た。なんとおれは、きわめて初歩的なミスを犯してしまったのだ。
『炎のオーブを十個作成し、提出用サックに入れて提出する』という課題で、オーブを八個しか提出していなかった、という。
そのため、呼び出されての居残りである。
幸い通常クオリティの炎のオーブならさして難しくもなく、十分そこそこで作成終了。
あらためて追加分を提出用サックに入れて、先生に提出。もう一度頭を下げるとやっと放免となった。
それでも時計を見れば、呼び出しを受けてから30分以上が経っていた。
『もしおれが戻ってなかったら、体操服とシューズをクリーニングサービスにお願いして、ひとりでミライ探しに行ってて』と、イツカにメールしておいたのは正解だった。
しかし、もうだいぶ日も傾いている。イツカもじきに戻るだろう。部屋に訪ねてくる人もいるかもしれない。
マッサージサービスの予約状況をチェックすれば、今日は十八時に空きがあった。イツカの名前で予約を入れつつ、急ぎ足で寮へ、自室へ向かった。
課題のぶんと一緒に、通販や依頼用のストックも作った、そこまではいい。
その後、個数のカウントが甘かった。それが今回の失敗だ。
いくらゲームじみていても、ここはリアルだ。ミッドガルドでのように、提出にかかわる作業はオートじゃないのだ。
部屋に戻ったおれは速攻机にメモを貼った。『提出個数は3回確認!』と。
ふりかえればイツカが心配そうにおれを見ていた。
「なあカナタ。おれも個数見ようか?」
「だいじょぶだよ、ただのケアレスミスだし、初回だからポイントも引かれなかったから!
2回でミスするなら、3回チェックする。
おれだってここまでやってきたクラフターなんだし、それでちゃんとやれるって!
それよりイツカ、体操着とシューズは出したよね。装備はそろそろだいじょうぶ? お風呂入ってる間に直しとくから貸して。
あ、あと上がったらマッサージ、十八時に予約取れたから行っといて。
戻ったら装備試着してみて、一緒にごはん行こう」
「はーい」
そうしておれはさっそく装備品の様子を調べてみた。
イツカの愛剣『イツカブレード』はあちこち小さく刃こぼれしていた。
毛皮状に加工した流動素材により、自由な動作と高い防御力を両立させた軽武装『モフリキッドアーマー』も、リキッド素材が目減りし、防御力が低下している。
肉球状の変性クッションで軽快自在なフットワークを可能にする『マルチフットパッドシューズ』も、まるで一か月丸々はいたかのようなくたびれかた。
すべて、思った以上の損耗ぶりだ。
これはつまり、イツカはおれよりずっと頑張ってくれている、ということにほかならない。
ミライのために、そして、ソナタのために。
そうだ。おれがへこたれてなんかいられない。まして、これ以上の負担はかけられない。
おれは気合を入れなおし、リペアと調整にとりかかった。
部屋には今日も、何人かの人たちが遊びに来てくれた。
その人たちに今日はごめんなさいと謝りつつも、小一時間。
なんとか仕上げたころに、ただいまーとイツカが戻ってきた。
風呂にマッサージまですませたやつはピカピカだ。
アクセサリーであるはずの猫耳尻尾すら、心なしかふっさりつやつやして見える。
「ちょうどできたとこだよ。はい、ちょっと装備してみて」
「お、なんかいいかんじー! よーし、ちょっと一戦模擬ってみるっ!」
はたして結果はOK。おれたちは二人いっしょに学食へ向かった。
すると、ちょうど入り口付近にいたアスカが、目ざとく見つけて手を振ってくれた。
イツカもぶんぶん手を振ってこたえる。
「あ、イツにゃんカナぴょーん! いっしょにたべよー!」
「おーアスカー!
アスカは今日何食べる? よければ一口交換しよーぜ!」
「唐揚げ定食! 食べるっしょ?」
「ぜひともください!!」
「じゃーさじゃーさー、チャーシューメンセットにして!」
「りょーかーい! ってあれ、ハヤトは?」
「ハーちゃんは今日は別。用あった?」
「いやー。
カナタは何がいい?」
「あ、えーっとね……」
そうだ、一度の失敗でへこんでちゃいけない。
おれは元気を出して、新しい友人とおしゃべりしながらの晩ごはんを楽しむことにした。
部屋に戻ったら、二人で基礎学科の予習復習と宿題だ。
そしたらイツカには先にやすんでもらって、おれはクラフター専攻の課題を終わらせる。
勉強部屋と、イツカが寝てたら居間も掃除し、風呂水と肌着類を洗濯機に入れてシャワー。出たころに洗濯物が洗いあがるので、ベランダに干す。
そして、学内依頼掲示板から依頼を受けれたら、そのアイテムを。それがなければ、通販出品用のアイテムを作って就寝の予定。
だいじょうぶ、日付が変わるまでには終わる。
最悪、掃除とアイテムづくりは明日早く起きてやってもいいのだ。
今日はもう遅いから、ミライ探しはあきらめざるを得ないけど、それも朝いってもいい。そうだ、そうしよう。夕方探して見つからないなら、朝に探してみるのはいい手だ。
この毎日は忙しいけど、楽しくもある。
掃除も洗濯も、勉強もクラフトもおれは好きなのだ。
そのうち余裕ができたら、マッサージなども習いたい。プリースト講習も受けたい。
そうすれば、もっとイツカの様子をちゃんと見てあげられる。装備品のカスタムも、より的確なものにしていけるし、いざってときにはばっちり回復して、守ってやれる。
これからへの希望がふくらむのを感じながら、おれは……
「カナタ? おーい、カナター。おきろー!」
……寝落ちしていた。
イツカに揺さぶられて目覚めれば、そこは勉強部屋の机の前。
「あー。もーデコ赤くなってんじゃん……
ほら、ちゃんと着替えて寝るぞ。あとはあした!」
「え、居間汝?」
「カナタが壊れてるっ! 頼むから寝て!! 11時だからもう寝てっ!!」
半泣きの顔で頼み込まれておれは、今日はとりあえず寝ることにした。
ほんとうはあと30分。あと10個のクレイボムを作成する予定だったけど、突っぱねればイツカはたぶん寝ないだろう。
あとはあした。そう、明日また頑張ろう。
携帯用端末のアラームを、いつもより30分早めにセットして、おれは目を閉じた。
イヤホンからアラームが響き、目が覚めたのは朝五時半。
目を覚ましてみればすっきりとした気分だ。
寝ているイツカを起こさないよう静かに着替え、顔を洗う。
そうして昨日やりそこねたことを片付けていった。
さっと居間の掃除をしたら、ミライを探しに学園の門から外へ。
町並みはもう活気づきはじめていた。犬の散歩や、ランニングをしている人もいる。あくびをしている猫もいる。けれど、ミライは見つからず。
六時すぎに部屋に戻り、学内依頼掲示板をチェック。今の手持ちで受けられそうなものがなかったので、とりあえずクレイボムを10個作成。ティアブラ内の通販に出品した。
するともう六時半。イツカを起こし、身支度を整えさせ、学食に繰り出した。
またばったり出会ったアスカ、いっしょにいたハヤトと朝食。
一度部屋に引き上げて体操着とシューズを回収、通常授業へ出向いた。
結果として、今日一日は絶好調。
居残りがなかったから、ミライ探しにもちゃんと行けた。
体操着とシューズもちゃんと頼めた。
イツカの装備は毎日見ることにしたのだが、これもよかったようだ。各10分ほどの手入れであっという間にオールOK。風呂を後回しにすることも、遊びに来てくれた人たちを追い返すこともしなくて済んだ。
もちろん宿題に予習復習、課題も掃除も洗濯もアイテム作成もぜんぶ普通にできた。
ミライが今日も見つからなかったのだけが残念だが、ありがたいことにアスカが『うさぎ男同盟』に声をかけて、外出時に気を付けてみてもらえるようにしてくれた。
よし、これからはこれでいこう。ビバ、朝方生活だ。
課題は夜やってしまって見直し、朝起きてもう一度見直し、昼休みにもう一度見直す体制でミスを撲滅した。
こうして毎日が無事に滑り出した。
三日、四日。うまくやれてる。
みんなは心配してくれるけど、これなら大丈夫。あとは、慣れるだけだ。
そんなわけで、ちょっぴりハイの昼下がり。
今日は、ラボの錬成室で実習だ。
お題は基本中の基本『フレアボム』。もちろん楽勝だ。
実習机に向かった各人の前には、60cm四方と小型の、黒い石板がひとつ。
初級錬成を行うための作業台、小型錬成台である。
これをきれいに掃き清め、魔石筆を走らせて、既定の図形を描いていく。
まず、暴走・暴発防止のための『プロテクトサークル』。
その内側に『錬成陣』。
錬成陣が書けたら、そこに素材を配置。陣の各ポイントに手を置き、決められた手順で力を流す。
このへんも、ミッドガルドでは基本、オートでやれた部分だ。だけどおれはあえてマニュアルにしていた。その方が、作ってるって感じがするから。
錬成陣という回路を通じ、おれの力が変容される。
茜色の輝きとなって、素材に流れ込む。
素材は力を受けて変化する。その一部があかく溶け出し、錬成陣を伝って、互いにまじりあう。
錬成陣の描線がすべて力と素材で満たされれば、錬成陣とその内側は、すべてひとつの光球としてまとまり、色を変えはじめる。
様々な色合いの赤が、まじりあって一瞬黒へ。ちかりと虹の閃きが走れば金へ、白金へ。
『創造のるつぼ』という現象だ。
輝くるつぼはそのまばゆさを、おれの視界いっぱいに広げていき――
「カナタ、カナタ!!」
ふいにイツカの声がした。
え、と思ったその時、すべてが消え去った。
明日から事態が急展開!
夜更新分でカナタが闘技場デビューします。お楽しみに!