27-5 ノルン突発空中ライブ・はっじまっるよー!
『えええええ?! お、おれもやるのー?
そんな、むりー! だっておれ、ステージなんてあがったことないんだよー!』
その提案を聞いた時、ミライはぷるぷるとかぶりを振った。
でも、おれはあえて推した。だって。
『大丈夫! ミライは可愛いもの!
それに、いつもおれたちにつきあって自主練見てくれてたし、ときどきはレッスンも一緒に来てくれてたし……』
『つかぶっちゃけ、俺よかミライのがうまいくらいだぜ? 歌もダンスもさ!』
『そ、そ、そうかなあ……?』
イツカが援護してくれれば、素直なミライはもう信じかけている様子。
それでも、エメラルドの大きな瞳がちらっ、と上目遣いになってしまうのはたまらなく可愛い。
神様ありがとう。そんなことを思いながらおれはもう一押しした。
『そうだよ! ほら、ソナタもアイドルやりたいって言ってるし、どうせなら将来一緒にステージに上がる練習と思って!』
『ふぇっ?! ソ、ソナタちゃんとおれで、すてーじ……
やるっ! おれがんばるよっ!!
ソナタちゃんに恥ずかしくないように、きっとりっぱに歌うからねっ!』
そうして、おれたちはここにいる。
ノルン西市街中央広場。その上空でゆるゆる回る『浮き島』のうえに。
フロート型ステージの側面、全周囲に向けて設置されたスピーカー、そしておれたちの耳につけられたレシーバーからは、ノリのよいインストゥルメントが流れ、程よく場を温めている。
「おー! すっげー! 高いなー!」
イツカは無邪気に端っこから顔を出して、下の広場を見下ろしている。
目があった人とニコニコ手なんか振りあったりして、普通に楽しそうだ。
さりげなく寄り添うルナも、のんびりと笑っている。
「イツカくん、落ちないようにね? もし落ちちゃっても回収するけど!」
「おう、サンキュールナ!」
なんだかほのぼのしちゃう光景だが、ルカは呆れたように評する。
「ほんっとあんたたちって緊張しないわね……ルナとあたしってほんとに双子なのかだんだん疑問になってきたわ……」
「そういうルカは、楽しんでるでしょ?」
そういうとルカはにっと笑い返してきた。
「もちろん! あなたもそうでしょ、カナタ?
……ミライ君、あなたもきっと、そうなるわ。アイドルの勘よ!」
そして、ミライにはやさしく、頼もしく笑ってくれる。
本当に、頼もしい先輩にしてよき友人だ。素直にカッコいい、と思ってしまう。
「うう……高いのは怖いけど、がんばるよ……!」
ミライはなるべく下を覗き込まないようにしていたけれど、それでも勇気をもらった様子。
チョコレート色のいぬみみしっぽをぷるりとさせて、むんっとばかり気合を入れた。
そんなミライの服は――いや、おれたち五人の服は、すでにアカネさんプレゼンツの華やかなステージ衣装に代わっていた。
ルカとルナは黒と白の、アシンメトリなアイドル風ドレス。ルカはすらっとかっこいい方に、ルナはふわっとかわいらしい方に寄せつつも、二人並ぶとお互い左右対称になるデザインがすごくおしゃれだ。
二人のドレスにはともにピンクゴールドの縁取りが重ねられている。このフロートにはバックスクリーンがないため、空模様がくもりでもルナのドレスが埋もれてしまわないようにだが、ふたり一緒にすることによりさらなる統一感とキュートさが醸し出されている。さすがはプロの仕事である。
一方のおれたち『ミライツカナタ』はというと、男アイドルグループ定番のジャケットスタイルだ。
白金をちりばめた白シャツと黒スーツを基本として、各人のイメージカラー――イツカは赤、ミライはオレンジ、おれは青――をポイントカラーに使い、細部を違えて仕立ててある。
イツカの衣装は、袖まくりをして第二ボタンまでを開け、裏地の赤をのぞかせる攻めのデザイン。ミライのほうはオレンジのボウタイと萌え袖で小柄な愛くるしさを強調。おれは一見何の変哲もない清楚系のループタイ姿だが、襟後ろから左袖口のカフスにつながるように、青のマントがついているのが最大の特徴だ。
『おっしゃー。そろそろ始めようかー!
RDWから全員引っ張り出すつもりで! 皆ならできるからね!』
「おー!」
そのとき、レシーバーから作戦総指揮の声が飛び出してきた。
おれたち五人、こぶしを握ると、声を合わせた。
ひときわボリュームを上げたインストゥルメントが、ゆっくりとフェードアウト。
そして、開演のブザーが鳴った。
「ハーイ、みんな!」
「今日は集まってくれてありがとう♪」
眼下の広場は、人人人。
RDWの出口から、いまなおぞくぞくと人がこちらに向かってくるのが見える。
ルカが、ルナがかわるがわる始まりのあいさつを告げれば、人の海からわきおこる歓声が耳を打った。
東市街などから人が殺到しないよう、このフロートを『直接』目で見られるのは基本的に、ライブ開始宣言時にノルン西エリアにいた人たちに限られている。
それでも、すごい熱気を感じる。
これがVRゲームの中で、ここにいるおれたちもお客さんも全員、アバターなのだ。という事はわかっているけれど、それでも。
まず、学園闘技場でライブをやるときには、大きなフィールドの中央にステージを設営するため、必然的に距離が遠くなってしまうが、これが今日はずっと近いこと。
さらに昨日の『イースト・パラダイス』でのステージは、観客全員が『世界的高級カジノに出入りのできる、分別のあるセレブリティ』。それも百人前後だったのが、ここにいるのは若者や小さな子供をふくむ、一般の人たちが数千人。
原因は、そのあたりだろうか。
そんなことを笑顔で考えていれば、ルカとルナによる挨拶は進む。
「ノルン西市街、そして、ラビットドリームワールドの限定コラボイベント、空飛ぶ突発ライブ!」
「のちほど動画配信もしますので、そちらも楽しみにしてね!」
「それでは!」
「短い時間ではありますが、」
「盛り上がっていこ――!!」
ふたりが声を合わせれば、おー! と観客たちがこぶしを突き上げる。
おれも気持ちを切り替えて、イツカとミライとともにそれにならった。
ここから二人がおれたちを紹介してくれるのだ。そんなときに、ぼうっとした顔は見せられない。
「今日はなんと!『ミライツカナタ』も歌ってくれるわよ!」
「そう、イツカくんとカナタくんだけじゃなく、ミライくんもがんばってくれるの。
ミライくんははじめてのステージだから、みんな、優しく応援してね?」
「あのっ、あのっ、よろしくおねがいします!
おれ、めいっぱいがんばりますっ!!」
おれとイツカにはさまれて、ミライがぺこっと頭を下げると、さっき以上のコールがわいた。
かわいいよー! なんぞと言われても怒ることなく、素直にはにかんで手を振り返すミライ。なんていい子なんだろう。おれだったら逆立ちしたってこうはいかない。
それでも、心は洗われた。今日は、いいステージにできそうだ。
ニノはあの時すでに、『強欲』の居場所がどこかを感づいているようだった。
けれど万万が一、その予測が外れていたら。制限時間以内に、爆破を止められなければ……
おれたちのしごとは、そのときRDW園内にお客さんが戻っていることのないように、かれらの気持ちを引き付け続けることだ。
おれたちの姿につられることなく、係員さんたちに誘導されて出てきた人たちは、園内の異変に感づいていることだろう。彼らの不安も、おれたちのステージで、晴らしてあげなければならない。
責任は重大だ。けれど、ならばこそやりがいもあるというもの。
おれもむん、と気合を入れた。
「さて、それでは一曲目!」
「みんな大好き、わたしたちもだいすきな……」
フェードインしてくる前奏。おれたちはさらに後方に下がり、先陣を切る二人のコーラス兼バックダンスに入る。
ミライも腹をくくったようで、もうわたわたとした様子はない。
これならば、心配はない。おれとイツカはうなずきあった。
まっすぐ顔を上げれば、雄大なノルンの山と、その上に広がる大空をバックにして、あの『おとぎの城』がそびえるさまが見える。
来場客、スタッフ全員がRDWを脱出すると、この美しい眺めは『虚飾』による大規模幻覚に覆われる。幻覚が解除されるまでは、たとえ爆破が起きても何事もなかったかのように装われるのだ。
つまりおれたちはもうすぐ、仲間たちのいるあの場所が、どうなっているかを見て知ることができなくなる。
しかし、きっと何とかなるはずだ。みんなならきっと、うまくやってくれる。
いまはそれを信じて、全力を尽くそう。
そう繰り返したその時、おれたちのまわりに森の動物たちの姿が現れた。
『虚飾』による幻覚、その2だ。
うさぎ、きつね、くま、りす、小鳥。いぬねこねずみにあらいぐま、狼もいればカラスやハトも。
たくさんの動物たちが戯れるように空中を走り出せば、ノルン西市街中央広場はさらなる歓声に包まれる。
おれの顔にも自然に笑みが浮かんでた。
さあ、踊ろう、みんなで楽しく。おれたちはもう一度笑い交わすと、足取り軽く踊りはじめた。
ぶ、ぶ、ブックマーク頂きました。ありがとうございます!
減ってない、減ってないよおとうちゃん(感涙)
これからもがんばります♪
次回、ついに『強欲』本体との対峙! どう見てもそっちが本筋な気がするけれどボナトラという矛盾!
どうにかなるのか? お楽しみに!




