27-2 偽りうさぎのマトリョーシカ?
2020.06.16
誤字修正いたしました……早速ですみません!
RWD→RDW
持ち出しはもちん、→持ち出しはもちろん、
『製法を秘密にするためにと、あえて特許申請をしていなかった。
そこをつかれたカタチ、か……
権利が守られるのは10年だけとはいえ、やはりしておけばよかったのかもしれない。
すみませんおやじさん、チコ。俺の判断で、つらい思いをさせてしまって』
『いいえ、そんな!
『オッドアイのうさぎまん』を、秘伝の銘菓として末永く残したいのは私も同じです。
私から、チコに。そしてチコの子供に、孫に。
ずっとずっと、伝えていってやりたいと……そう思っているというのに……』
『ごめんねお兄ちゃん。あたしがもっとしっかりしてたら。
でも、おねがい。たいせつなうさぎまんとこのお店を、怪しい奴らに渡したくなんかない。
力を貸して、おにいちゃん! 助けてください、みなさん!』
『お願いいたします、どうか……!』
昨日。ミッドガルドに降り立った俺たちは、まっさきに『チボリーの道具屋』を訪ねた。
チボリーさん一家は、ニノに、おれたちに、必死に頭を下げていた。
目の前の光景は、そのきもちを踏みにじるものにしか見えなかった。
いや、実際にそうだったのだけど。
* * * * *
「……どういう、ことですか」
『オッドアイのうさぎまんじゅう』のかたちは、雪うさぎに似ている。
大きさは、手のひらのくぼみに収まるくらい。
ぽってり丸い卵型の山のなかに、秘伝の白あんがつまっている。
色よく焼けた表面には、デフォルメされたうさぎの耳しっぽ、そして金青の両目が可愛く描かれ、口に含めばほろりとほどける。
ゆったり座って濃い目のお茶と頂きたいような、しっとりとした新銘菓だ。
商標登録、意匠登録はあらかじめ済ませていたが、あえて製法の特許申請はしていなかった。
そこをついての模造品が、いまミッドガルドに出回るコピーうさぎまんだ。
外皮には『底』がなく、当然あんこも入ってない。
本家の繊細なフォルムと比べればあきらかにつくりが雑で、サイズもひとまわり小さい。
だがぱっと見では、ひどく似ている。
RDWで売られている『ノルンの森の夢うさぎ』も、中は空っぽ。
こちらは本家よりひとまわり大きく、形は本家よりはコピーうさぎまんに近く、外皮も固め。そして、自由に中身を入れるためにと、着脱可能な『底』がある。
けれどやはり、全体としてはとても似ている。
ぶっちゃけ、画像だけで見ればごっちゃになりそうだ。
しかし、並べてみれば一目瞭然。
否、そんなことしなくてもニノにはわかる。自分が残した、渾身の作だ。
ミッドガルドでただひとつ、『チボリーの道具屋』でのみ作られるはずのそれが、いっそ無機的な白光のなか、勝手に目の前のコンベアで流されている――ニノには、そう見えているのだ。
整った顔から笑みが消えている。抑えた声も低い。
対して女支配人イェリコは、花のような笑顔を見せた。
「驚かせてしまいましたわね、すみませんニノ様。
ですが、よくご覧になってください。これはおおよその形とサイズをあわせただけのサンプル品。もちろん、秘伝のあんこも入っておりませんわ。
創出者のニノさまも驚くほどのクオリティを目算のみで実現した、私共の高い技術レベルをご覧になっていただきたく、あえてこのようにさせていただきましたの。
いかがでしょう、当工場で『オッドアイのうさぎまんじゅう』を製造してご覧になっては。
そうなれば、ミッドガルド各地で物量の優位を誇るニセモノたちに、水を開けることが可能になります。
以前よりチボリー様にご提案している、園内でのお取り扱いにも支障はなくなりますわ!」
ニノはふう、と息を吐いて、ふんわりほろ苦く微笑む。
「……失礼、取り乱しました。
では、もう一つ見せていただいてもよろしいですか。
そのライン。何を焼いているんでしょうか」
そうして指さしたのは、隣で稼働中のライン。
「こちらはわがRDW特製『ノルンの森の夢うさぎ』商都マリノス向けのラインですわ。
せっかくですし、よろしければ、お味見も」
自信に満ちた様子で、支配人イェリコは使い捨て手袋を装備。どこからともなく紙皿も取り出す。
ラインを流れる雪うさぎ型まんじゅうをひとつ、そっと紙皿に取りあげて……
「すみません、一度ラウンジでお待ちくださいませ。すぐにきちんとお皿に盛ってお出ししますわ!」
慌てた様子で丁重に、おれたちを追い出しにかかった。
自分の体に隠すように、ちかくのワゴンに紙皿を置いて。
「待ってください、なにかあったのですか?」
「いえ、大したことではございませんので」
「ではぜひともそちらを。あなたのお手に触れたそれを、手ずから私に頂きたい。
今日のこの日の想い出に、どうか」
「………………。」
ニノはイケメンオーラを全開に、女支配人に迫った。
とまどう彼女の右手を、絶妙な力具合の両手で包んで。
うん、色仕掛けだ。これかんっぜんに色仕掛けだよね。
アスカが小さくひゅーうと口笛吹いて、ハヤトはかっちりフリーズ。ルカとミライが赤くなっている。
いつもニコニコ平常心のルナまでなんだかうれしそうだが、おれとイツカはイズミからそっと距離を取った。だって、すっごく目が怖い。
ニノもこころなしか、そちらを見ないようにしているかんじ。
……と、そのときだった。
「支配人! 大変です、地下にガサ入れが!!」
がんがんとメタルの扉が叩かれて、若い男性の慌てたような声が聞こえてきた。
おれには聞き覚えがある気しかしないが、イェリコ支配人はさっとそちらに向き直る。
「メッセージでまとめて送りなさい、すぐ対応します。
申し訳ありません、そういうわけですので皆様どうぞ一度ラウンジへ。
こちらの地下には各種処理施設しかないので、何かの間違いかと存じますわ!」
彼女が再びおれたちを急かす。
しかしその時すでにさきの『夢うさぎ』は、ニノの手の中にあった。
「! それは」
支配人が声を上げた時にはもう遅い。
あっという間もなく、ニノはそれをひっくり返す。
慎重ながらすばやい手付きで、平らな底皮を外せば、キラリ。照明の白が弾きかえされる。
なんと、からっぽのはずのまんじゅうのなか、鉱石のあんこが鎮座ましましていたのである!
この目で見、この手で採掘し、加工までしたおれにはわかる。『ホワイトスパイダーウェブ』。ここノルンの鉱山でしか産出しない、トップランクのレアメタル。持ち出しはもちろん、用途を申請しての許可制だ。
しかし、驚きはそれにはとどまらない。
ニノは『夢うさぎ』を、手のひらの上でもう一度上向きに。
するとどうだろう。なかからぽこりと出てきたのは、ひとまわり小さいまんじゅうだ。
その形と大きさは、ニセうさぎまんのそれと合致する。
RDW特製まんじゅうと、ニセうさぎまんと、無断持ち出し禁止のレアメタルの塊。
ありえない取り合わせでできた『雪うさぎ型マトリョーシカ』を手に、ニノは低く低く声を上げた。
「……説明していただきましょうか」
昨日のレースで見せた『威嚇』が、かわいい子狐ちゃん動画に思える。
そんなレベルの怒気が、ニノから冷たくほとばしる。
一瞬の静けさののち、女支配人はぱっと身をひるがえした。
素早くメタルのドアを開け、そこに立っていた者に命を発する!
「狼藉ものです。警備を呼びなさ……」
しかし、彼がそれに従うことはなかった。
なぜってそれは、戦装束の『青嵐公』だったのだから。
いつのまにか超えていた70万字!
皆様のおかげです。ありがとうございます!
次回、『強欲』に迫る! 予定! お楽しみに♪




