Bonus Track_26_5 地下闘技場をぶっとばせ!~ケイジの場合~
2020.06.13
ちょっと混乱しそうなので『払ってやれるぜ、俺たちなら。』の一文を削除させていただきました。
ミツルの元バディに名前はない。
消されたのだ。あの事件の後に。
月萌国では、『ティアブラ』にログイン中の者に危害を加えることは重罪だ。
ログインしていない者にそうするのに比べ、格段に量刑が重くなる。高天原に居を置くものともなればなおさらだ。
共犯者たちすら騙し、未遂とはいえリアルのミツルに手をかけてしまった彼には、無期懲役の判決が下された。
無期ともなれば、家族や周囲もそれを知ることとなる。それを望まなかった彼は、戦死という事にしてもらう代わりに名前を放棄。
記憶と身体以外の全てを失い、ただ記号で呼ばれるのみのΩ(オメガ)として、月萌国のどこかに消えた。
ミソラ先生が学長になったのちに、彼の名誉は回復されている。3S『嫉妬』を人工的に憑けられていたがためのことと、明らかになったためだ。
それでもオレたちにとって事件の衝撃は大きく、いまだにその名を呼ぶものはいない。
そんな、『名前を呼んではいけないあの人』。
それが、笑っている。そんな風に、オレには見えた。
綺麗だった顔を歪ませて。いや、それでもなおいっそう、美しいとしか言いようのない顔で。
「はい、変身かんりょーう!
こっからはスキルも使っていっちゃうよー?
……ぶっちゃけさぁ。キライだったんだよなーケイジとユキテル。お前ら似すぎてるからマジむかつくわ。奴らの代わりにぶっ潰す!!」
いつのまにか装着されていたけも装備は、彼と全く同じもの。
『ヘビクイワシ(セレスティアルホワイト)』だ。
ギラギラとした照明の下、背中の白翼をばさり、大きく広げれば、黒の縁取りが強烈なコントラストを魅せつける。
そうして奴は、矢継ぎ早にスキルを使って攻め込んできた。
「『サンシャインブレス』!『フラッシュフット』!」
前者は基本的な自己強化技だが、後者はヘビクイワシなどいくつかの装備だけが持つ、脚力特化の特殊強化技。
現役時代のあいつは、鳥装備でありながら、走って跳ねて蹴りを駆使して、文字通り足を使って戦うハンターだった。
そのころをほうふつとさせる変幻自在の攻撃が、レイジのパワーをもって襲い掛かってきた。
からかうようにガードを外して斬りつけられたかと思うと、舞うような蹴りが脇腹を襲う。
こちらの攻撃はことごとく空を切る。
悪夢としか言いようがなかった。
しかしレイジは、息の一つも切らすことなくのたまわる。
「おーいおい。ちっとは当てていいんだぞー?『馬鹿め、こっちは本物だ』ってなー?」
そして、誘うように両手を掲げてみせる。チャンス。
合図しあうまでもなく、オレたちは斬り込んだ。
オレは、右から。ユキテルは、左から。
同時に奴のわきをすり抜けながら、微妙な角度をつけて胴を薙ぎにいった。
たとえ後ろに跳ばれても、斬撃を飛ばして追撃可能。シンプルだが強力な必殺コンボだ。
対して奴が取ってきた行動に、オレは度肝を抜かれた。
ためらいもなく自分の剣を棄てる。左足を引いてくるりと半身になり、オレの太刀筋から体を逃がす。
そうして右手を伸ばすとがしっとつかみ取った――ユキテルの剣の先端を。
もちろん、そこには刃がついている。赤くダメージポップアップが上がる。
うそだろう。そう思った瞬間ユキテルは、剣ごとぐいと引っ張られ、レイジの膝蹴りに腹からつっこんでしまう。
あっという間もなく、ユキテルは人質よろしく抱え込まれていた。
のどもとに、ユキテル本人の剣を突き付けられた姿で。
「ゆっきー!!」
「だい……じょうぶ、へい、き……」
ユキテルはけなげにも笑って見せようとする。けれど、むしろ痛々しい。
レイジはにんまりと笑うと、猫撫で声でオレに問いかけてきた。
「うんうん、いまのはなかなかよかったねぇ?
でもなァ、ハイイロ君。
キミたちがお小遣いをもらいたければ、まだ五分頑張らなくっちゃいけねえんだよ。
どうする? こっから五分間、お兄さんと遊んでくれるかなー?
それとも、可愛いきいろちゃんにがんばってもらう?」
「ケイに……手を出すな……」
オレが答えるより先に、ユキテルが声を振り絞る。
奴は楽しそうに笑い声をあげる。
「んんー? 声がちっさくて聞こえないなあ?」
「オレが! 相手するから!!
ケイには何もするなっ!!」
「敬語の使えないわんこはタイプじゃないなーあ?」
「っ…………」
ユキテルが、ぎりっと歯がみをするのがみえた。
なるほどこいつは、こうして冒険者たちの心を折ってきたのか。
そしていま、ユキテルに同じことをしようとしている。
許せない。ゆるせない!
「ユキテルいいから! オレの方がダメージ軽い、だからオレが……」
そう叫んだオレはしかし、異変に気が付いた。
ユキテルが、光ってる。
ぼんやりと金色に。まるで、ゴールデンレトリバー装備の毛並みをそのまま光に変えたような、やさしく柔らかい色合いで。
「ケイ。
俺さ。あの時、お前を守れなかった。
余計なことして放校になって、お前に一生分の苦労させちまった。
……だから、今度は俺の番だから。
俺がもっと、もっともっと強くなって、お前を一生守るから!!」
「は? 放校? おい、ちょっと待てきいろ、なに言って……」
いぶかるレイジの声を断ち切るように、システムボイスが響いてきた。
『マリアージュ発生:プレイヤー・ユキテルとけも装備『ゴールデンレトリバーの耳』のエンゲージレベルが限界突破しました。
スペシャルスキル『レトリバーナイト』が解禁されました』
まばゆく、温かな輝きがユキテルを包む。
その身に負ったダメージが、みるみる癒えていくのがわかる。
それはなぜか、ユキテルを見るおれまでも。
「ケイ。俺を呼んでくれ。
『ここに来い』って。
言ってくれ。『お前の敵からお前を守れ』と!」
これまでの痛々しさはどこへやら。ユキテルは力強い声でオレに言う。
「わかった。
ゆっきー。戻ってきて、オレと一緒に戦ってくれ!」
「ああ!」
一体、どうやってか。
ユキテルはするり、レイジの腕をすり抜けた。
奪われていた剣までサラリと取り戻し、何事もなかったかのようにオレに並んだ。
「おい……おいおいおいおい?!
覚醒だと?! 一体どうなってやがる!!
まあいい。お前らはしょせん籠の鳥だ。
お前らが溶かしたカジノチップの十倍稼ぐまで、お前らは俺らのドレイなんだよ!!」
レイジが吠える。
「俺らを楽しませろ!! 這いつくばって命乞いしろ!!
さもなきゃお前らの稼ぎはナシだ!! どうした、はやくしろ!!」
「…………!!」
親指を地に向けて勝ち誇るレイジ。
つまり、オレたちは選択を間違えたというわけだ。
このバトルに勝っても負けても、オレたちはここから出られず、そうである以上奴はオレたちの上に君臨し続ける。
適当に殴られて、無難にへらへらと負け犬を演じておくべきだったのだ――今回のオレたちはファイティングドッグではなく、ポインターなのだから。
それでも。
「レイジ、だっけ?
つまり、アンタは『負け』を認めるわけか?
これ以上まともに斬りあったら勝てませんと、そう宣言しているわけだな?」
「ナメていた。二対一だった。そういう言い訳は置いといてさ。
それって、もうダメじゃねえ? 俺たちのがずっとふさわしくねえ?
この地下闘技場のトップアイドルとしてさ?」
オレたちはたたみかけた。そう、まだ負けを認める時間じゃない。
なぜってここは闘技場。奴以上の支配者のいる場所だ――すなわち、刺激を求める観客たちが。
かれらはカタチ上だけでも賭けをしていることだろう。手元のスナックだってただじゃない。コンパニオンらしき異性や同性を連れている奴もいる。華やかな服装、そしてここへの入場料。
カネが動いていく以上、ここの元締めは確実に、もっと儲けられる奴を取る。
だが、レイジも負けてはいない。
「バカいってんじゃねえや。ここは処刑場なんだよ。
債務不履行やらかした罪人どもが、その罪を身体で支払う場所なんだ!
どれだけ勝ったところでしょせんお前らは罪人! 無様な姿で稼いだカネを、俺らに支払わなくちゃならねえ立場。その事実は変わらねえんだよ!
俺は正義の執行者! だまってお前らは俺に従えばいいんだよ!!」
俺とユキテルは、ひとつ息をついた。
『傭兵団長』をしてきたおれたち。債務を取り立て、もしくは負った経験のある俺たちには、もはや勝ち筋はくっきりと見えていた。
「勘違いをしていないか、レイジ。
債務を返済する対象は『カジノ・イーストパラダイス』。お前個人なんかじゃない」
「そして、金に色はついていない。たとえば俺たちによこされた投げ銭だろうが、お前によこされた投げ銭だろうが、結局はここの儲けとしてイーストパラダイスに流れ込む。そうだよな?」
「……なにがいいたい」
「つまりさ。
お前が持ち掛けた『アルバイト』。お前がしたって『ココ』としては構わないって構図なんだよ。
珍しいだろうな、こんな光景。
『罪人』風情が執行者サマにあらがって。さらには覚醒。反乱まで起こした。
今日の投げ銭はどれだけだろうな? オレたちあてのそれだけだって、十万なんかくだらないはずだ」
「正義ってなんだ? 契約の執行だろ。
決められたブツをしっかり収め、決められた金をしっかり払う。
しかし金に色はついてない。執行者として俺たちから徴収できないなら、お前本人が契約分を支払うしかない。そうだよな、正義の執行者さんよ?
どうするレイジ。十分以内なら待っててやるぜ」
するとレイジは、大きく大きくため息をついた。
「よし分かった。払ってやるよ。
十分間、好きに切り刻め。……こいつらを」
そして会心の笑みとともに闘技者入場口に向け顎をしゃくった。
丸腰で、震えながら現れたのは――
昨日一日で気安くなった、ヤミ坑道の同僚たちだった。
「どうした、新任処刑人サマ。でかい口叩いておいて、今度はできませんってかー?」
暴力的なまでの歓声がオレたちをとりかこむ。レイジがニヤニヤとオレたちをせかす。
しかし、そんなものは次の瞬間すべてふっとんだ。
爆発したのだ、フィールドの天井が。
どごん、というような、すさまじい音とともに割れおちる石材は、さくさくとはしった光により粉々に。
「飛ばせ、『青嵐』」
さらにはなぞの青いつむじ風により、いっきに吹き散らされて消えていく。
その直前に響いた声が、俺たちに知らせてくれた。
待ちわびた、真のヒーローの到着を。
昨日はブックマークありがとうございました!
やっときました真ヒーロー。次回、新章突入。畳みかけていく予定です。お楽しみに!




