3-3 邂逅・エクセリオン~最強ウサギの下手な嘘~
その翌日から、高天原での授業が始まった。
これが思った以上にハードだった。
午前の基礎授業はわりと普通なのだけれど、午後の専門講座がレベル高い。
特待生入学といえど、ラクだということはけしてない。
むしろ、新入りのくせに二ツ星、として注目されるのはかなりプレッシャーだ。
ポテストの件があるから、ほとんどみんなが好意的なのはありがたいけれど……。
さらに授業が終われば、こまごまとした手続きやらなんやらも待っていた。
そんなわけでミライを探しに出られたのは、だいぶ日も傾いたころだった。
おれとイツカは、肩を回し、のびをして、ため息ぎみに言い合った。
「思ってたよか歯ごたえあるよなー、高天原。
センセはゆるめの時間割っていってたけど、とっても信じらんねー……」
「ほんと。大変だろうとは覚悟してたけど、それ以上だよ。
……ミライはどうなのかな。元気にやれてるのかな」
「ミライはあれで結構たくましいからな。
こっちにゃノゾミ兄ちゃんもいるし、けっこうそこで楽しくやってたりしてな!」
「ノゾミ兄さんのうちか……
なんとか住所とか、わかったらいいんだけどね」
そう、おれたちはミライのお兄さんが、高天原のどこに住んでいるかを知らない。
カコさんとサンジおじさんですら、それは教えてもらえていない。
それも、機密だからだそうで――
「つかさ、ミライとメールつながらないとか、ふざけてんだろ。
正式な住人じゃないったって、俺たち実際こうして住んでるんだぜ、高天原にさ!
コールだって出来ていいじゃん。その方が絶対ミライは張り切れるのにさ……」
イツカが携帯用端末をにらんで、恨めし気に口をとがらせる。
そう、それは高天原エリアに入ってすぐに試した。
けれど、メールはなしのつぶて。コールは機械音声で門前払いだ。
どうなってんだと憤慨するイツカに、黒服さんは車を止めて、教えてくれた。
『あのよ。キレて暴れられちゃかなわねーから、ここで説明しとくわ。
いっぺんしか言わないから、よーく聞いておぼえてくれよ。
学園生ってのは『宙ぶらりんな存在』なんだ。
『一応』だが高天原の住民だから、外への連絡には制限がかかる。つか、『守秘義務者試験』通ってないから基本不可だ。
で、まだ正式な住民てわけじゃないから、住民との連絡もできない。まあ、先生とか学校関係者、生徒どうしなんかは特例で可能だけどな。
また研修生は、研修に集中できるよう、許可された先以外との連絡をいっさい禁止されることになってる。
だから、たとえ高天原くるまえにお互いアドレス知ってたとしても、お前らは研修生のミライちゃんとは連絡しあえない。
俺から言えるのはこれだけだ。
悪いが、俺もシゴトなんでね』
でも、黒服さんはいたずらな笑みでこうも言ってくれた。
『ま、メールやコールは禁止できても、ばったり会っちまうのはどーにもできねーからな!
だから、探し出して直話しちまえよ。
で、ミライちゃんのステイ先まで連れてってもらって、保護者のにーちゃんにツナギつけてもらえばいーだけのこった。
ダチ同士が会えねーとか、俺もムカつくからな。応援してるぜ、個人としてだが』
ただこれ、なにか、引っかかる気もするのだ。
引っかかる、気も……
「おいカナ」
そのとき、どん、と誰かにぶつかった。
えっ、と見上げれば、なんだか見覚えのあるものがみえた。
どこか繊細な、凛とした顔立ちに、イチゴのような赤い瞳。
白とブルーのハンチングの下からは、まっすぐな桃色の髪。白い大きなうさぎの立ち耳。
あわてて後退すれば、その青年の全体像を見ることができた。
おれより背が高く、『青嵐公』先生と同じくらい。
けど、帽子と同じ白とブルーの、軍服めいたスーツをまとった体は、男としては細くみえる。そして、腰には使い込まれた刀がひとふり。
全体としては、かわいらしいといっていいはずの取り合わせ。なのに、どこまでも涼やかなその姿は……
「ト、トウヤ・シロガネ?!」
「その通りだ。が、お前は言うことがあるだろう」
「あ、す、すすすみません!! ぼうっとしてました!!
おれはホシゾラ カナタ、高天原生ですっ!!」
まさか、まさかのエクセリオン。おれは頭を下げつつ仰天していた。
この人はトウヤ・シロガネ。
『青嵐公』の同期で、彼とならぶ『生ける伝説』。
『月閃』の二つ名を持つ、一騎当千の剣豪で……
「『うさぎ男同盟』の名誉会員だよな?」
「わあああ!!」
ばか、イツカ、なんだっていまそれ言っちゃうんだよ! それも真っ正面から!!
しかし、トウヤ・シロガネは気を悪くした様子もなくうなずく。
「ああ、その通りだ。その分だと、お前らもか」
「いやこいつだけ。俺は猫アバだから」
「あのさイツカ、おまえ遠慮とかそーいうもんないの……?」
「ふえ?」
「俺にそんなものはいらない。話が速く、正確に通じればそれでいい」
「はあ……」
ああ、そうだ。トウヤ・シロガネはこういうキャラだった。
彼は眉一つ動かさぬまま、さくっと話を切り替える。
スーツの腕につけられた、六芒星のエンブレムをさっと指で示し、職務質問を開始した。
「職務質問だ。黒猫の名と所属は。お前たち二人の関係は。お前たちはここで何をしている」
「げ、職質っ?! そんなあやしいの俺たち?」
「この時間に出歩いている高天原生などほぼ皆無だ。で。」
「あー……。
俺たち、友達を探してたんだ。やっと時間ができたから、いま出てきたとこ。
俺は高天原生のホシミ イツカ。こいつのバディだ。
なあシロガネ、ここらでアリサカ ミライってやつみてないか?
ちびっちゃくってかわいい、豆しばプリーストなんだけど……」
「……『俺の権限で閲覧できるデータにその名はない』。
すまない、が。」
棒読みだった。かんっぜんな、棒読みだった。
『すまない、が』以外は。
しかも、あきらかに目をそらしてる。
「おい、……」
「日が暮れれば懲罰の対象となる。早く戻れ」
もちろんイツカにもそれはわかったよう。食い下がろうとしたが、機先を制するかのようにシロガネは姿を消してしまった。
比喩ではなく、ふ、と掻き消えたのだ。
スキル『縮地』。彼を含めて数名しか使えない、ハンター系最高難度のスキルだ。
つまり後を追うことは、いまのおれたちには無理。
「あー! 逃げた!! シロガネ!!」
「きっと、事情があるんだよ。
戻ろう、イツカ。もう日が暮れるし」
「ちぇー……なんだよなんだよみんなそろってー……」
ぶーたれるイツカをなだめて、おれは学園への道を急いだ。
はたして到着は門限ギリギリ。
門の前でどんっと腕組みをし、待ち構えていた『青嵐公』先生に、じろっと睨まれたのは言うまでもない。
その夜おれは、ひとり湯船につかりつつ、このときのことをじっくり考えてみた。
トウヤ・シロガネは、明らかにうそをついている。
けど、それをあからさまに隠した。
『お前たちはその情報を知りうる立場にない』とだけ言えば、労なく間違いなく処理できる事項にもかかわらず、あんな言い方をしたのがその証しだ。
彼はほんとうは、ミライの情報を閲覧できる立場にある。かつ、なにかを知っているのだ。
それを『おれたちに対し、バレるようなやり方で隠す』という行動をとらざるを得なかった。なぜか。
まさか、ミライはすでにここにはいないのか。そしてそれが隠蔽されているのか?
それはなんのためか。情報を小出しにしていくことで、ミライ喪失を知ったときのショックをやわらげ、おれたちをドロップアウトさせないためか。
おれたちは確かにスターシードだが、そこまで貴重な人材だったか。ならばむしろ、ミライを引き離すなんて力をそぐことをせず、一緒に頑張らせたほうが得策じゃないか。
……だが、それが何らかの理由でできないとしたら、これは有効なやり方だ。
与える情報をあいまいにして、ここでミライを探し続けるようにしむける。
そうすれば、おれたちは、高天原エリアにとどまらざるを得なくなる。
そのために、放校処分にならないようにせざるを得なくなる。
すなわち、最低限でも学び続けなければならなくなる。
そうすれば、おれたちはいやでも成長し続け、いずれは『高天原』が望む人材に……
いや、よく考えればそれは現実的じゃない。
おれたちには、ここを退学し、高天原エリアのどこかで働く、という選択肢だってあるのだ。
成長後、『高天原』を裏切るという選択肢だって。
もしもミライがとっくにこの世にいなくて、そのことを隠していられたとしたら、おれは絶対『高天原』を許さない。
我ながら、これが中学生の思考か……とちょっとうんざりしたが、仕方ない。
むしろ、それでいいのだ。
スターシードのおれには、親はいない。
ソナタを、自分たちを守るのは、最終的にはおれの役目だ。
もちろん、星降町ではいろんなひとに、たくさんたくさん助けてもらった。
『母さん』たちやカナン先生、カコさんたち、それに、ライム。
だが、ここには誰もいない。
あくまでおれが、親代わりとして守らなければ、助けなければならない立場なのだ。
かよわく、かわいらしいソナタを。まだまだちょっとあぶなっかしいイツカを。
そして、どこかで助けを待っているかもしれない、けなげなミライのことを。
「おーい、カナター? いきてるかー?」
と、ドア越しにイツカの声が聞こえてきた。
もう出るよ、と返事して立ち上がる。
すこし、ふらっとした。水を飲んでもう寝よう。
宿題も、予習復習も終えてある。今日はもう寝て、あしたもミライを探そう。
ミライさえ見つけられれば、おさらばできるのだ。こんないやな不安とも。
そうしてただ純粋に、ソナタのため、夢のために前だけ、見られるようになるはずだから。
お昼と夜にも投稿予定です!




