3-2 対決・『青嵐公』~実戦試験は騙りを添えて~
クラフターズラボを出れば、『学園闘技場』はすぐそこだ。
もっとも闘技場そのものはヴァルハラフィールドにあるので、おれたちが向かっているのは正確には『闘技場ログインセンター』なのだけど。
ただ、そこを闘技場と呼ぶのに、特に違和感は覚えない。
なぜって、センターそのものの外観が、古代の闘技場を模してあるのだ。それも、無駄にハイクオリティに。
いや、どうしてこうなった。嫌いじゃないけど。
そんな闘技場へと続く小道は、左右のところどころに木々が植えられ、ゆったりとしたつくりになっていた。
普段はきっと、さんぽに最適のしずかな場所なのだろう――そう、おれたちの後ろをついてくる、100名近いやじうまたちがいなければ。
『青嵐公』先生は構う様子もなく、九本のもふもふしっぽを揺らしながら歩いていく。
イツカももう慣れたのか、先生について歩きつつ、んーと大きく伸びをした。
「うあーやっっとこれでラストだぜー。長かったー!」
「朝からずーっとテストだったもんね……」
「ていうか昼までカンヅメとかな……出前がタダだったのがせめてもの救いだけどさー……」
そしてイツカは大きくため息をつく。
そう、今日は昨日に増してやじうまがすごかった。そのため学校側の判断で、お昼は部屋で。
それも、ドアの外に見張りが立ち『カンヅメ』にされて、だったのだ。
「だからイケメン税だろ、イツカの場合」
「いーや、それはカナタの方だね!
ってかお前の投てき射撃スキル、リアルでもマジで半端ねえんだからな?」
「…… もう、そんなに何度もほめても何も出ないよ?」
「はー。やっぱカナタはカナタだったかー」
「ちょっとー、なんだよそれー」
まあ、イツカの言いたいことはわかる。
おれは今日の昼、同じようにほめられて、言ってしまったのだ――ありがとう、と。
完全にほめすぎだ。ティアブラ内ならまだしも、リアルのスキルまで半端ないなんて。
そうは思いながらも、いつになく素直に。
正直うれしいきもちだったから、というのがある。
おれたちを見るみんなの目が、キラキラしていたのが。
緑、黒、紫。赤、茶色。金と青のオッドアイ。
暗く斜に構えて失敗を待っていたひとたちまでが、いつしかまっすぐな視線をくれて、だんだんに身を乗り出し、ついには拍手と歓声をくれたときには、本当にうれしかった。
おれがαプレイヤーにあこがれる理由もそこにある。
αプレイヤーは全員、とにかくかっこいい。
その活躍に、たくさんの人が笑顔になる。
裏を返せば、自分の活躍でたくさんの人を喜ばせることができる。
それがαプレイヤーという存在なのだ。
おれは自分が、どこかさめてて素直じゃない、かわいげのないやつだという自覚はある。
けれど、おれの手助けやクラフトで、誰かが喜んでくれたり、助かったりするのは純粋にうれしい。
おれがもっと『たたかうクラフター』として腕を磨いて、αプレイヤーになり、みんなに知られるようになれば……
どこかで誰かが困ったとき、『この人を頼ってみよう』と、思い出す名前を一つ増やすことができる。
それはとても、素敵なことだと思う。
だから、がんばるのだ。
目の前のことを一つずつ。
たとえ困難に思えても、一歩ずつ。
というかまさしく今、とんでもない困難が立ちはだかっているんだけど。
学園闘技場バトルフィールド。
闘技者用ブースでログインし、ボス戦用のフル装備で出た、おれたちを待っていたのは……
先生、いや、ガチモードの『青嵐公』だった。
「これより、ポテンシャルテスト最終パート『実戦試験』を行う。
形式は模擬戦だが、ガチでいく。殴るし斬るしスキルもかます。
いいか。これは、勝負だ。お前らの全力で来い!」
青の戦装束に身を包み、銘刀『青嵐』を腰に佩いて。
さらには全身からわかりやすく闘気を発し、どんっと腕を組んで仁王立ち!
『青嵐公』は『生ける伝説』とすら呼ばれる無双将軍。勝てるわけなど100%ない。
けど、負けてなんかいられない!
いきなりスキル『威圧』が飛んできた。爆風にも似た無言の圧力。それだけでどくん、と体が反応する。
けど、踏みとどまれた。
おれを守る位置についているイツカが、『挑発』で返してくれたためだろう。
闘技場に取り付けられた大型スクリーンには、前から見たイツカの姿が映っていた。
いつも通りのニカッとした笑顔、力みのない立ち姿で、左手親指を地面に向けている。
さすがに抜刀に使う右手でないあたりは、『青嵐公』の強さへの敬意もうかがえる。
相変わらずのバランス感覚、というかこの状況でそれを維持しているあたり、たいした奴だと思ってしまう。
「すげえ……」
「『青嵐公』相手に『挑発』かよ……本物のアホか勇者かどっちかだ……」
観客席を埋めたギャラリーがざわめく。うん、おれもそのきもち超わかる。
でも、イツカはアホじゃないのだ。だからアホになんか、絶対させない。
そのために、バディのおれがいるのだから!
おれはひとつ深呼吸すると、『青嵐公』に微笑みかけた。
「『先生』。
全力でってことは、『ムーンサルト・バスター』、いいんですね?」
「好きに撃て。だが、やられてやるとは言っていないぞ」
『青嵐公』が笑い返してくる。
整った顔立ちがつくる、凄絶な笑み。
どこか妖艶さすら漂わせつつも、押し寄せる、絶対強者の存在感。
普段なら逃げる方法だけを考えるようなそれを前に、おれは笑みを深めていた。
ギャラリーの声は、もう聞こえない。
「イツカ」
「っしゃあ!」
イツカが地を蹴る。『短距離超猫走』を垂直方向に使っての、目にもとまらぬ跳躍だ。
同時におれは両手で同時に『抜打狙撃』。
打ち出すのは『斥力のオーブ』。一発を上空に、一発をイツカの足裏に。
冴えていた。ミリ単位まで正確に、狙った場所に撃てたのがわかる。
だから見えた。
『青嵐公』が、コンマ一秒で抜刀し、まっすぐおれに突撃してきたのが。
イツカが『斥力のオーブ』を、いつもの下向きでなくナナメ上横向きに蹴って、『青嵐公』に向けて跳んだのが。
その瞬間おれは、イツカの足裏のオーブに、もう一発、『斥力のオーブ』を放っていた。
「なるほど、『ムーンサルト・バスターを受けられるか』とは聞いたが、放つとは言ってないと……」
イツカとつばぜり合いを演じつつ、『青嵐公』がうそぶく。
『斥力のオーブ』での後押し追加により、音速を超えたイツカは衝撃波をまとっていた。それをあっさり切り飛ばし、返す刀でイツカの居合斬りをガッと受け止めてのことだ。
「ええ。先生も『受ける』とは言ってませんでしたからね。いけませんでしたか?」
おれはニッコリ笑顔で返す。もちろんハッタリなのだけど。
すると、ふん、と鼻を鳴らした『青嵐公』は、やおらぽーいとイツカを投げてきた。
まるでつばぜりあいなど、最初からしてなかったかのように。
おれが充分受け止められる、受け止めてしまう軌道とスピードで。
いうなれば、まるでじゃれあいの延長のように。
「及第点だ。
その技量と威力では、五ツ星には通用しない。
おまえらの卒業試験は、俺とのガチバトルだ。いまからそのつもりで鍛えていけ。
期待してるぞ」
おもわずイツカを受け止め、あっと『青嵐公』を見たときには、彼はもう納刀していた。
さっきまでガンガン来ていた、迫力と色気もどこへやら。
そこにいたのはもう、いつもの不愛想な、でもちょっとだけ笑顔の『青嵐公』先生だった。
ありがとうございました、と頭を下げれば、周り中からどっと音が押し寄せた。
観客席からの、スタンディングオベーション。
それこそ、うさみみの感度を反射的に下げたレベルの。
その後、保健室は満杯になった。
新たな『勇者』が必殺技を放つところがやっぱり見たい、いやむしろ一発食らってみたいという勇者が続出したからだ。
とばっちりを食ったのが、やつらのフォローをするハメになったおれたち後衛だ。
とくにプリースト能力持ちは、神聖魔法の使い過ぎでグロッキー。おれも初級の神聖魔法なら扱うし、なにより当事者なので、もちろん例外じゃない。
ちなみに我が相棒の勇者様は、だったらそのかわりおまえたちの必殺技もくれよ! 一口交換な! などととんでもないことをのたまわり、ただいまベッドでご満悦。
うん、殴るなんてもはや手ぬるい。これはもう、泣いて謝るまでモフりたおすしか――
そう考えたまさにその時、女神が現れた。
正確には、どこか間延びした口調での校内放送と、びっくりするような「贈り物」が。
『ぴんぽんぱんぽーん(↑)。
皆さんおつかれさまー。校長のミソラです。
闘技場の様子は見てました。楽しそうでなによりなにより。
というわけで、職権乱用しちゃうよ~。
素敵な神の戦士<エインヘリアル>諸君がばんごはんを元気においしく食べれるように、全校生徒の皆さんにスペシャルヒールとボーナスポイントでーす!
これからもその調子で楽しくね~。ミソラでした~。ぴんぽんぱんぽーん(↓)。』
ちなみに、ぴんぽんぱんぽーんは口で言ってた。
どうやら、いつものことらしい。
ともあれ校長先生の一存で、全校生徒に全回復、ならびにボーナスでTPBP、各一万が贈られて、学園内はおおさわぎ。
というのも『月給受け取り後に星級×100万TPを所持していないと、降格になってしまう』という、特殊なシステムがあるからだ。
たとえば一ツ星の場合、入学時には個人口座に入学資格の100万TPを所持しており、さらに毎月五万の給与が支払われるわけなのだが……
遅刻や課題ミス、校則違反等により、TPは引かれていく。
もちろん学内サービスや、町での買い物、外食などもそこからの支出になる。
これらがつもりつもって、『月給振り込み後のTP』が100万を下回ってしまうと、零星に転落してしまう。
さらにそこから下がってTPゼロになってしまえば、放校処分になってしまうのだ。
けれど今回のボーナスで、そのがけっぷちを脱出できたという人は複数いた。
その人たちからおれたちは、めっちゃくちゃ感謝されてしまった。
「TPプラス一万ってことは……
100万60TP!! やっと無星脱出できたー!! ありがとうイツカナ!!」
「俺もだ!! ありがとうマジ!!」
「よしゃ! ついでにBP献上して装備質屋から取り戻してくるわ! 助かったー!!」
「献上すれば俺も100万TP超えるじゃん! やった!! ありがとなー!!」
こうしておれとイツカは、すっかり英雄に。
夕飯時の学食はおおにぎわいのパーティーモードになったのだった。




