3-1 それは、絶対気のせい
「できました。C.A.B (カスタムド・エアロボム)5-500カスタムKです」
おれの目の高さで小さな光球がくるりと回り、錬成成功! のポップアップが上がった。
目の前の錬成台に、いつも通りの水色のみかん、もとい紙玉がみっつ転がる。
とたん、おお! という声が聞こえてきた。
人の耳でもハッキリ聞こえるほどの音量で。
錬成室の壁面に設けられた見学者用の窓の外には、いつの間にか野次馬が鈴なりになっていた。
ここは高天原学園内クラフターズラボ。錬成実験・練習のための学内施設だ。
いま受けているのは、クラフター能力を見るための自由題錬成。
ポテンシャルテスト午後の部-1、<専門スキル>である。
試験官のマイロ先生が、うん、とうなずいてストップウォッチを止める。
そして『嫣然と』としか言いようのない、色っぽい笑顔で微笑みかけてきた。
「すばらしいわ、カナタ君。
錬成の速さ、正確さ、丁寧さ。素材の廃棄率の低さ、完成品のクオリティ。
すべてが三ツ星クラスかそれ以上です。
でも、なぜエアロボムなの? 君ならもっとランクの高いアイテムも作れたでしょうに」
やわらかそうなピンクの髪をショートにし、白のスコ耳しっぽを装備、加えて童顔。
少女レベルの小柄さから、白衣はもはや萌え袖状態。
そんな可愛さ固め打ちのマイロ先生だが、今はみょうに大人な女性らしさを感じる。
『気をつけろカナぴょん、マイロ先生はいいアイテムを前にするとエロくなるぞ! 無自覚だからころっといかないようにね!』とはアスカからの情報だ。
おれは深呼吸して、用意していた答えを述べた。
「確かにおれは、Sランクアイテム『500ポイント固定ボム』の錬成に成功しています。
けれど、安定して作れるようになったのはついこの間。慣れないこの環境で作るのはまだまだ『背伸び』です。
それよりは、完成品下限ランクCとはいえ、日々作り、使い、愛着もあるエアロボムを作る方が勝算が高い、と考えました」
「ふふ、たしかにね。
このテストでは、いくらランクの高いアイテムでも、錬成に失敗してしまえば意味がない。
逆に低ランクのアイテムでも完成度で評価される。
そして『作成したアイテムは、この後の実戦試験で使用することができる』……
いったい誰に教わってきたのかしら?」
「優しいうさぎさんが教えてくれました」
「あらそう。それは素晴らしいことね。
助け合える仲間は大事よ。これからもその友情を、大切にしてね」
「はい!」
マイロ先生はニッコリ笑って、エクセレントの評価をくれた。
どうやら、先生にはお見通しだったようだ。
おれがエアロボムを作ったのは、作り慣れてて「うまく作れる」からだけじゃない。
「このあとの実戦試験にむけてパワーを温存&融通したから」だと。
もっとも、おれも「見通してもらえる」ようにはしたのだけれど。
いま目の前にあるエアロボムは、わずかにだけれど外装の形が通常と違う。炸薬のバランスも均一ではない。
これは、『おれが投げやすいように』カスタムしたバージョンだ。
もちろん、『カスタム』を提出するのは冒険だ。へたすれば『完成度』の評点が下がる。
その場合でも作り慣れたものならば、ほかのポイントで十分カバーできる。
このチョイスは、それを計算してのことだったが、むしろマイロ先生は好意的に評価してくれたよう。
一連の情報をくれたアスカには、大好物のパンケーキを最低三段進呈しなければ。もちろん、いいお茶もお出ししよう。
おれはさらに放課後が楽しみになってきた。
アスカはあのあと、ハヤトを連れておれたちの部屋に来た。
そして、荷解きを手伝いながら、いろんな話をしてくれたのだ。
学園のこと、先生のこと。そして、翌日のポテンシャルテストのこと。
アスカ自身はもともとプリースト専門だったというが、入学後、いろいろなルートで情報を集め、いまでは新入生をフォローして回ってるという。
『おれ、もともとハッカーでさー。情報集めるの好きなんだよねー。
でもってパンケーキと、世話の焼けるかわいこちゃんが大好きなんだな!
あとうさみみ! うさみみ男子!』
『えっ』
『は?!』
『あーっとそーじゃなくて。
男子でうさみみ装備ってマイノリティーじゃん、斥候タイプ最強なのにさ。
にもかかわらずそれを貫く猛者には敬意を表さざるを得ない! 男子のうさみみはもっともっと認められるべきなのだー!
……って思って作ったんだよね、その名も『うさぎ男同盟』っ!
カナタっちも入らない? あのトウヤ・シロガネも名誉会員なってくれたしさ!』
『お、おいアスカ、それはいつの話だ?! 初めて聞いたぞ!! 一体どうやってエクセリオンを……』
「お――――――い!!」
ここまで思い出したとき、見学者用の窓の向こうからでっかい声が聞こえてきた。
みればイツカが、ぶんぶんと手を振りながら、ニッコニコの笑顔で走ってくる。
って、あれスキル『短距離超猫走』つかってないか?
野次馬が左右にざざっとあわててよける。
その中をここまで走りきったやつは、強化ガラスに張り付くようにして問いかけてきた。
「やったぜカナタ、エクセレントだって! カナタは?」
「え、やったねイツカ! おれもだったよ!」
「やったー!!」
思わず窓越しに喜び合ったおれたちだが、すぐに天誅が下された。
「 廊 下 は 走 る な 。 」「み゛ゃ゛っ゛?!」
いつの間にかイツカの背後をとった『青嵐公』先生が、説教とともにイツカの猫耳パーツにモフりを加えたからだ。
もちろんこそばゆさにじたばた泣き笑うイツカの声が、ラボの廊下に響き渡る。
おれはあわてて錬成室を飛び出した。
「先生そのへんにしてやってくださいっ! やつにはちゃんといっときますから――!!」
「そうですわ、こうしたことを廊下でやられるとラボ利用者たちの気が散ります。
ですのでどうせならここで、もとい、きちんと時間をきめて生徒指導室で指導をなさってくださいませ?」
「……すまなかった、マイロ先生。
わかったなイツカ。今度廊下をスキル使って走ったりしたら……」
「ふぇーい……」
「返事は伸ばさない!」
「ひゃいっ!!」
うん、高天原ってやっぱり、羞恥プレイをやらされる場所なのに違いない。
ともあれ『青嵐公』先生はすなおに頭を下げてイツカを放免、一件落着とあいなった。
おれはイツカともども、先生に連れられてラボを出た。
さっきマイロ先生が『ここで』とか言っていたような気がちらっとしたが、絶対絶対に気のせいだ。
おれはそう自分に言い聞かせ、実戦テストの会場である、学園闘技場に向け歩を進めるのであった。
しまった
スコ耳とはスコティッシュフォールド耳のことです。
垂れ猫耳です。きゅーと。




