23-1 ソナタとの約束<あの日のように>
『ねえねえお兄ちゃんたち。
高天原って、楽しい?』
『そうだね、大変なことも多いけど、楽しいよ』
二日前のおかえりパーティーで、おれたちは何の気もなくそう答えていた。
『そっか~。よかった!
お兄ちゃんたちはソナタのために高天原に行ってくれたのに、ひたすら辛かったらどうしようって思ってたんだ。
そっか……よかったぁ……』
そしてソナタの安堵した顔を見て、よかったと思っていた。
ミライが『研修生』になっていた理由は、『ちょっとした怪我のリハビリ』としか言えなかったけど。
――まさかそれを後悔することになるなんて、つゆほども思っていなかった。
手術の翌日、おれは必死でソナタを説得しようとしていた。
「ねえソナタ。高天原はすっごく厳しいんだよ?
勉強も、当番だって大変だし。
カコさんやみんなに、メールもコールもできないよ?
それに、バトルもほんとに大変なんだ。
こよみんのときみたいな事件が起きたら、命がけで止めに行かなきゃいけない。
それ全部しながらアイドルやるのは、ほんとにほんとに大変で……」
「でも、お兄ちゃんやお姉ちゃんたちはニコニコしてる!
おとといのパーティーでもいってたよね。高天原は、大変だけど、楽しいよって!」
「ふたりとも……。」
言い合うおれたちに、ミライが悲しげな声を上げる。
まるでこれでは、『ミライツカナタ』結成の日の再現だ。
けど、おれもここは引けない。
もし、高天原にソナタが来るとしたら? 絶対反対だ。
現状では、女子は零星になることがない。ラビットハントの標的にもされない。
けれど、苦労する男子たちを見て、優しいソナタは心を痛めるだろう。
さらに悪いことに、これだって『現状』にすぎない。
高天原一般入学可能年齢と同様、いつ変わってしまうかなんかわからないものなのだ。
いったいなにがトリガーになって、ソナタがΩ堕ちさせられるかなんか、わかったものじゃない。
そう、いまここでおれたちを心配してくれている、ミライのように。
おれは、高天原での『いま』を楽しい、と思っていた。
今もって苦労している生徒もいる中、恵まれた立場で薄情なこととは思うが、イツカやミライ、みんなと過ごす毎日は、確かに本当に、楽しかったのだ。
しかし。
『特別に優秀なプレイヤーは、いずれ危険なものになるかもしれないから、あらかじめ枷をはめておこう』
そんな身勝手な目的で、ミライをはめてΩにし、イツカのための人質にして、ふたりにいらない苦労を押し付けた。それが、高天原なのだ。
だから口裏を合わせ、ひたすらしんどいと言っておかねばならなかったのだ。たとえソナタに申し訳ないと思わせてでも。
そもそもソナタは高天原に興味を持っていた。そこで活躍するおれたちのことを、誇らしく思ってくれていた。
そんな彼女に馬鹿正直に、『大変だけど楽しい』と言ってしまうなんて――
けれど、おれの後悔はそんなところにとどまらなかった。
「それに。
高天原にいった方が、お兄ちゃんたちとも会えるでしょ。
ここと高天原で離れ離れだと、お手紙もちゃんとやり取りできないんだよ……?」
おれは、馬鹿だ。心底、そう思った。
小さく涙をたたえたソナタの瞳。胸をえぐられる気がした。
それでも、おれは言うしかなかった。
「で、も……その……
高天原にいったって……その……離れ離れには、なってしまうかもしれなくて……
へたしたら、もう、会えなくなるなんてことも、……」
「だいじょぶだよ、こよみんみたいな事件なんて、そんなにないでしょ?
お兄ちゃんたちや、αプレイヤーのひとたちが普段やってるバトルは、かっこいいけどあくまでVRなんだし!」
「そ、れは…………そのっ…………」
だめだ、これ以上は、言えない。
守秘義務者講習仮免のいまならわかる。これ以上を言えばおれは処分される。そして、肝心のソナタはそのときの記憶を抜かれてしまう。
後に残るのは、わけがわからぬままに兄貴が『消えた』現実だけ。
そうなったらソナタは、誰が止めても高天原に行くだろう。真実を知るために。おれたちが、ミライを追いかけた時と同じように。
でもこのまま説得できなければ、やはりソナタは高天原を目指してしまう。
どうしたらいい。どうしたら……
「よしっ!」
苦しい沈黙をぶち破ったのは、力強いイツカの声だった。
やつはルビーの瞳を輝かせ、迷うことなく言い切った。
「変える。高天原を」
まるで、あのときのように。
「ソナタちゃん。カナタはさ、高天原のルールでどうっしてもキライなやつがあるんだ。
そして、それをソナタちゃんには知らせたくないって思ってる。
……つか、知らせられないんだ。機密保持、ってやつでさ」
だからさ、それを変える。
ソナタちゃんもうじき11歳だろ。12歳まであと一年。その間に、俺たちでなんとか高天原を変える!」
「え………………」
ミライが問答無用で高天原に連れていかれたとわかり、おれとカコさんが途方に暮れたあのときと同じように。
「ほんとに? イツカお兄ちゃん!」
「おう! 兄ちゃんたちならなんとかしてやれる。
だろ、カナタ、ミライ?
でさ、もしそれができたらさ、ふたりっきりで一日デートしてくれないか?」
「ふえっ?」
「イツカお兄ちゃんと?」
「あっ、俺じゃなくってミライとだけど。
……いっかな?」
「ふえええええっ?!」
「ミライおにいちゃんと?!
その、えと、…………はっ、はいっ……!」
けれど今、やつの手が力強く握っているのは、カコさんでなく、おれの手だった。
いつもありがとうございます♪
次回、それじゃどうする?
お楽しみに!




