22-7 おかえりなさい、おにいちゃんたち!
「気を付けて行ってきてね、みんな」
「ソナタちゃんがはやく元気になれるよう、皆で祈ってるから!」
「俺らその日さ、昇格のかかった試合決まったんだよ。絶対勝つわ。
手術うまくいくよう、願かけてさ」
「えっと、えっと、ソナタちゃんによろしくね!」
そんな温かな声たちに送られ、おれたちは黒塗りのリムジンに乗りこんだ。
高天原に来たときはイツカとふたり、緊張をはらんでの道行きだった。
でも今日は、ミライとノゾミお兄さん、ルカとルナとライムも一緒のたのしい小旅行。
それも、車体に沿うように設けられた横向きのふかふかシートにゆったりかけて、中央のローテーブルには軽食と飲み物の用意まであるという豪華っぷりでの。
守秘義務講習は仮免の状態なので、ノゾミ『先生』に引率され、四ツ星チョーカーの追加機能で発言をチェックされてはいるけれど……
ここからしばらくの間は、難しいことは忘れよう。せっかく、ソナタたちもパーティーを開いてくれるというのだし。
そんな風に考えていると、運転席から毎度のタカヤさんが軽口をたたく。
「なんっか俺たちつくづく縁があるんだなー。
いまだから言うけどさ。ミライちゃん高天原連れてきたのも俺なんだぜ?
や~イツカにゃんにバレたらどーされちゃうかと思ったわ~」
ミライをはさんで右隣、今日はスーツのノゾミお兄さんが、軽い調子で返すには。
「んなこと言いやがって。お前のことだ、どうせ色々ほのめかしたんだろ?」
「いんやー? お二人さんがミライちゃんとメールもコールもつながんないーって可愛い顔してたからそこんとこだけ軽く教えた位で。
高天原生はαになれるとは限らない。つまり宙ぶらりんの存在。研修生は研修に集中するため、ほかとの無断連絡はアウツ。
そいつは機密関係なくフツーに事実だろ~?」
「まあ、それはそうだが」
ノゾミお兄さんはため息をついておれを見た。
「……カナタはよく車を降りなかったな、コレで」
「あのときはほかに選択肢がありませんでしたから。
そうしなくちゃ、ミライには手が届きそうもなかったし。
ね、イツ…………」
「ぐう」
左隣のイツカを振り返ると、やつはすでにぐうぐう寝てた。
よしよし。そういう態度ならおれにも考えがある。
「ルナ。よければ『これ』ひざまくらする? 猫耳とか猫しっぽとか手触りいいよ。
まあ重いし高天原出たらもふもふ消えるし、適当なところで叩き起こしていいから」
「ふえっ? い、いいのカナタくん?
……うーん、でもセレネちゃんに悪い気もするなぁ。
ちょっと待って、メールしてみるから!」
するとルナは、嬉しそうながら迷いを見せてメールを打ち始めた。
セレネ。どこかで聞いたことがあるが、誰だったっけ。
首をひねっていると、ルカが教えてくれた。
「あ、カナタたちには言ってなかったわね。
『マザー』クレセントフォーム。名前はセレネちゃんていうんですって」
「ええっ?!」
「はあっ?!」
すると車内は驚きの声で揺れた。
おれも声まで上げないものの、驚いた。
『マザー』クレセントフォーム。それは『マザー』が式典のときなどに遣わす、幼い少女の姿の化身。
彼女はいかなる時も、常に自らを『マザー』とのみ名乗り、すすんで『個人』としての顔を見せようとはしてこなかった。
全国の『マザー』ファンも、だから彼女を『マザー』としか呼ばない。というか呼べない。
そんな彼女が実は、おれたちのような『個人としての名前』を持っており、さらに名乗ったというのはつまり、それまでのおれたちの認識を覆すことなのだ。
もっとも、ノゾミお兄さんとタカヤさんの驚きは、おれやミライとは別のところに向けられているようだけれど。
「マジか……お前らそれ、αでもほとんど知らないことだぞ。
他の奴らにはあまり大っぴらに言ってやるなよ?」
ノゾミお兄さんがため息とともに額を抑えれば、タカヤさんはぴゅ~いと口笛を吹く。
「いやマジすっげえなぁノゾミ、お前らの教え子たち。
……こいつらならほんとに、月萌を変えてくれるかもな」
「ああ。俺はそれを信じている。
俺たちの代ではかなわなかった夢を、こいつらならばかなえてくれる。
セレネの悲願を、きっとかなえてくれる」
ノゾミお兄さんが優しい目でミライの肩を抱き、ライムもふんわり笑って、左右に座るルカとルナを抱き寄せる。
「わたくしもそれを信じておりますわ。
みなさんなら、わたくしたちが築いた基礎のうえに、きっと夢のお城を建ててくれると」
「そっか。そっか……」
タカヤさんは、深く深くため息をつき、そして……
「よーし! よ――っし!
そーいうことならタカヤおにーさん、最高速度でぶっ飛ばしちゃ」
「法 定 速 度で行こうな?」
快哉とともにご機嫌にアクセルを踏み込もうとしてノゾミお兄さんに止められた。
「あ、セレネちゃんからメールきた~。
かえったらいっしょにケーキバイキングでいいから存分にモフるといいって~!」
「そうですわルカさん、わたしたちもカナタさんにひざまくらをして差し上げましょう?
順番はじゃんけんで」
「いいわね、負けないわよ! じゃーんけーん」
「えええ〜! タカヤさんにも〜! タカヤおにーさんにもだれかひざまくら〜!」
「あ、それじゃえっと、お」「俺がしてやろうな『おにーさん』?
ミライ、お前にはソナタがいるだろう。もっと自分を大事にしないと。
だめだぞ、こんな下心満載の男にほだされたりしちゃ」
「ええっ? タカヤさん下心があるの?」
「………………いますべて浄化されました天使様……」
「浄化されたら泣いてないで運転しような?」
いつのまにか、車内にはポップなBGMがかけられていて。
わちゃわちゃさわいで、ジュースと軽食を楽しんで、恒例のババ抜きなんかしたりして。
にぎやかにしていれば車はもう、星降町の市街地に。
いつもの道をたどってゆけば、ひさしぶりの星降園と、その隣に建つ『ハートホスピタル』が。
その前に集まってくれたなつかしい人たちが。
その真ん中にいる、カコさんとソナタの姿が見えた。
車を降りると、カコさんに優しく支えられるように、ソナタが歩いてきた。
新品の白い、ふわふわワンピースのソナタは、すこしだけだけど背も伸びて。
もとからとても可愛かったのが、さらに可愛く、綺麗になって。
それでも、かわらないフワフワの笑顔で、ていねいにお辞儀をしてくれた。
「ルカさんルナさん、ようこそいらしてくださいました!
そしてお兄ちゃんたち! おかえりなさい!」
気づくとおれは、ソナタをしっかりと抱きしめていた。
やっとこソナタちゃんとの再会です……!!
次回。わすれかけてたかのうせい。
どうぞ、お楽しみに。




