21-6 青空のSOSと目の前の緊急事態!
その頃にはもう、校門が見えていた。
ゆっくりと歩を進めながら、おれは二つ目の問いを豆しばライカにぶつけてみた。
「……まあいいやそれは。
二つめは、デイジーとリリーについての話。
彼らのありようが、スターシードに似ているってどういうこと?
三つめは、あの話は実際、どのレベルの人までが聞いて大丈夫な話なの?
あの話、デイジーとリリーも聞いてたよね。てことはその記憶は、ジュディとホワイトにも共有されるんだよね?」
「きみたちスターシードに似てるってのは、あれだ。
『βとは出所が違う』ってことさ。
βのみんなは、母上のおなかで体頂いて、この国にハローワールドするわけだろ? けれどスターシードは、ひとの母体を介さずしてそうする。
そういう意味で、似てるのさ。
そして、別にあの話自体は、あの場に在る誰が聞いても構わないもんだよ。さもなきゃあんなとこでできないって。
あすこには研修生や観光客も出入りできるんだからさ。おっけ?」
「……ありがとう」
なるほど。
『スイーツシャングリラ』の店内からライカの話を聞いていたおれには分かった。
『それ』が、答えであるのだと。
かつてデイジーは自らを『研修中の天使』と言っていたが、ライカは彼女らを『町で買い物をして、食事を楽しむだけの無害な観光客』と言った。
これらは決して、両立し得ない。少なくとも月萌のルールでは。
しかし、おれたちはもうすでに『識って』いる。
とらわれのΩである研修生と、自由を謳歌する観光客。真逆のはずのそれを両立させることのできる『こたえ』を。
そして、ライカがそれについてのごまかしを口にせず、もってまわったほのめかしをトッピングしまくり。
さらにはすぐそばに『マザー』もいるにも関わらず、おれに、おれたちに『勝手な推測』を許した。
という事は――
たどり着いた答えに、小さく膝が笑った。
まぶしいほどの青空がふわりとくもった。
けれどそのとき、暖かい手が力強く、おれの手を握るのを感じた。
振り向かなくてもわかった。声を聴く前にわかった。
「……助けるぞ、カナタ」
「……うん。
助けよう。みんなみんな」
小さな震えはどちらのものか。
わからなかったけど、それはどちらでもよかった。
おれたちはライカを介していま、少女のように小さくて、この空のように大きなSOSを受け取ってしまったのだから。
「って、なんか騒がしくね?」
「たしかに……」
イツカの言うとおり、校門の内側はいつになくざわざわとしていた。
とりあえず中に入り、手近の生徒を捕まえた。
「ねえ、なんか起きてるの?」
「あ、イツカナ!」
「イツカナきたぞ!」
するとたちまち、周りの生徒たちが集まってきた。
「ちょっと、大変なんだよ」
「なんとかしてくれよ!」
「見てくれこれよ!」
さしだされた携帯型端末の画面のなかでは、どこか見覚えのある人物がとくとくとしゃべっていた。
これは確か、高天原の統括理事長だ。
学園と、付帯する周辺施設群の最高経営責任者。
ふつうの会社で言うならば、代表取締役、といったポジションだ。
ちなみに学長であるミソラ先生や教職員はすべて、この人に任命を受けている。つまり、ちょっとくやしいが、ミソラ先生よりも『偉い』のだ。
が。
『……つきましては、零星に所属する生徒が零となり次第、零星を廃止。
最低等級を一ツ星とし、一ツ星の月給を5万から3万、二ツ星を12万から11万とし、従来零星、一ツ星で行っていた生活当番を一ツ星と二ツ星で……』
その偉いさんが口にする言葉に、おれたちは顔を見合わせた。
「冗談だろ、せっかく必死で零星脱出したのになんなのこれ……」
「おまえらはまだいいよ! 俺たちまでまた当番とか何なんだよ!!」
はやくも周りで不満の声が上がってる。ケンカする声まで聞こえてきた。
これはほっとけない。思い切って声を張った。
「ちょっと待ってみんな、ここで喧嘩するのはやめよう? まだ決定ではない話だよ」
「最初っから二ツ星のあんたたちにはわかんねーよ!」
「そうだよ、なんにもしてねーじゃん!! わかるわけない!!」
飛んできた声。それに抗議する声。あたりが騒然としはじめた。
それをとめたのは、いつの間にか姿を表したノゾミ先生だった。
「こいつらは10年間施設にいた。
そこで当番、手伝い、年下の世話と毎日休みなくこなしてきた者たちだが、それでも何もわからないと思うのか?」
「……………………」
張りのある、冷静な声が響けばその場は静まり返った。
しかし、我が相棒はそれを真っ向からひっくり返した。
「いや、たしかに俺たちにはわかってないとこあると思う。
たとえば、ここの大浴場の風呂は入ったことないし、掃除もしたことない。
だから俺、よければ風呂いっしょに入って、掃除も一緒にしたい」
その場の全員が――そう、ノゾミ先生までが――イツカをガン見していた。
いや、そっち?! という顔で。
しかし、無自覚チート野郎はマイペース。
「ここって、なーんかおかしいよな。
四ツ星だろうが何だろうが、自分の暮らすスペースなんだから、掃除ぐらい自分ですべきなんだよ。たとえ完全じゃなくともさ。
そこは俺もなじめてねーし、だからミライたちにもっとうまく掃除のできる方法習ってすこしでもやってるし。
むしろ俺、やりたいな当番。
みんなと風呂入って、みんなで掃除して。
そのほうがただ筋トレマシン動かすよか、役に立つしずっと楽しいじゃん!」
ニカッと笑ってのその言葉に飛んで来たのは、力強い賛同の声だ。
「そうね、あたしも賛成」
「もちろん、しんどい人がいるなら手伝うよ!」
小さな手提げ袋を持った、ルカとルナだ。
さらには頭の上のしばライカも、アスカの声で言う。
『おれらも賛成~。カナぴょんは?』
おれのこたえはもちろんひとつ。
「おれもやるよ。イツカだけじゃいまいち頼りないんだよね。
もちろん、他の誰かに押し付ける気はないよ。むしろ、しんどいひとはどんどん相談してくれればいい。
いまがんばってる、明日の高天原生たちの為にもさ!」
おれは言葉を選んだ。
もめごとは、はやく多くを巻き込んだ方が勝つ。そして誇れる大義が大切だ。そのためにこれは、最優先。
さらに続けたのはこれ。
「おれたちは当事者で『市民』だ。奴隷じゃない。
真実を知り、行動する権利がある――」
おれはすでに知っていた。高天原生は『無級』の存在。悪い言い方をすれば、奴隷ですらない。
知っていながら、言い切ってやった。
これは『高天原』が抱える秘密だからだ。
外に明かせぬ秘密。これをもってお宅の子たちを黙らせましたと、世の親たちには言えないことだ。
「――だからまずはしっかり探って対策した方がいいと思うけど。
なんで零星がなくなって、なんで一ツ星二ツ星の待遇が切り下げられるのかをさ。
まあ、何一つ決まったことじゃない。
いま一番おれたちに不利益をもたらすのは、もめて分裂して、背後の動きに流されてしまうことだ。
それよりは、と思うんだけど、どうかな?」
言葉のつながりをあえてあいまいに、あえて途中で切りそこなうように言った。
そのときおれは確信していた。
アスカが、やってくれたことを。
すなわちおれのこの言葉が、しばライカを通じて全校に、そして全国をつなぐネット上に流されていることを。
それによって、ただ高天原生だけの問題ではなく、あすの高天原生やその周辺。すなわち世の多くの人たちを巻き込む一石となったであろうことを。
ブックマークと多数の閲覧、ありがとうございます。
一進一退、あとひとつで60。がんばります!
次回、ボナトラでノゾミ先生が回想……して始まる、予定です。理事会の陰謀がどーのこーのです。
誰っスか、私のような物知らずにこんなの書かせようとしたのは。私だー!
オチはもう考えてあるので、次回か次々回には……どうぞお楽しみに!




