2-5 おれはなんにもきこえてないっ!
今来た道を戻りつつ、解説は続く。
「もうおわかりとおもいますが、零星、一ツ星の場合、バス・トイレ、ランドリー、食堂は基本的に共同のもののみで、掃除当番もありますわ。
ですので、共同スペースの隣の棟ですのよ」
「おお、なるほどー」
「ちなみにこちらは私たち、学園メイドの詰め所ですわ。どうか、お立ち入りにはならないで下さいませね?」
いつのまにかおれたちは、メイド詰所の扉の前にいた。
『これ、完全に『押すなよ? 押すなよ?』だよな……』『くっそうらやましい! 据え膳じゃねえか!!』『いやまて、イツにゃんにはカナぴょんというひとが』とかいう声が聴こえてくる。
いや、きこえてないからね。おれはなんっにもきこえてないから。
別種のテンションを帯び始めた背後の雰囲気を全力でシカトして、おれは歩き続けた。
メイド詰め所前をすぎて、さらにとなりの棟へ。
またしても広がった、旅館風の廊下。
ただし、あきらかにグレードが上がってる。まるで三ツ星旅館の風格だ。
「こちらが三ツ星、四ツ星の方のための第三寮ですわ。では『手前』から参りましょう」
三ツ星用の部屋、四ツ星用の部屋と連続で見ていったが、これもハッキリ違っていた。
まず、ドアが『必ず』二つあるのだ。目立たない、小さな方のそれは、メイド用ドアとのこと。
参考までにと見せていただいた内側は、控室になっている。
四ツ星となるとベッドまで付き、もはや普通に住める部屋だ。
もっとも四ツ星の部屋は、さらに客間と応接があるのだけれど。
「えっと……これほんとに学生が入る部屋?」
「はい。
三ツ星四ツ星ともなれば、忙しさも段違いになりますわ。
自らイベントを立ち上げたり、ときには学外からの商談や取材を受けることもありますの。
とくに四ツ星ともなれば、五つ星認定も時間の問題。デビュー直前のαプレイヤーという扱いをされます。
ですので、三ツ星からは毎日、メイドがご奉仕に上がることが前提となりますわ。
私設メイドもあっせんされますし、学園メイドをご用命の場合には、お部屋担当をご指名できますので。
いまから、心の準備をお願いしますわね、おふたりとも」
「えー……自分のことくらい自分でできるけど」
ほほう、そういう生意気のたまうかイツカ。
おれは思わずにこやかに問いかけていた。
「よし、じゃあ明日から自分で起きれるねイツカ?」
「え……あ……そこはまだ、頼みたいかなー……」
「四ツ星になれば学園メイドの24時間常駐が可能となりますっ。そうなればいくらでも起こして差し上げられますわ!」
「いっそ子守歌もお歌いします!」
「あの、ほんとうはいけないのですけれど、すこしだけならひざまくらも……」
「耳パーツとしっぽパーツのブラッシングも!!」
情けなく失速したイツカだったが、途端にアップルさんパインさん、オレンジさんとキウイさんに取り囲まれてもみくちゃだ。
うん、爆発しろ。てかこの場でモフられて悶絶してよし。
「お二人が一日も早く星を上げて、私たちをお部屋にお呼びくださる日を、心よりお待ちしておりますわ。
……これはリップサービスではございませんからね?」
なまいきバディの慌てぶりをニコニコと鑑賞していたら、後ろから優しく肩に手が置かれた。
振り返れば、ふんわりと微笑むブルーベリーさん。
その手の暖かさ、笑みの柔らかさに、ふっとライムのことが思い出されて、おれはすっかりあわててしまう。
「え、あっ……はいっ……」
うう、こんな不意打ち卑怯すぎ。あわてておれは自分の顔をデカみみで隠す。
一方でイツカのやつも慌てまくってる。
なんだか周りから『可愛い』だの『萌える』だの……ああもう! きこえない! きこえてないんだからなおれはっ!
「イツカデレデレしてないで。行くよっ!」
「え、ちょ、カナタ? なに、なんでキレてるの? おーい……」
背後のやじうまどもの何人かはあらぬ誤解をしたようだが、もうスルーだスルー。
おれはメイド隊の皆さんにお願いして、さっさと先に進んでもらうことにした。
そこからはサクサクだった。
校舎と特殊棟の、いろいろなしつらえや大きさの教室。
美術室や家庭科室、技術室、紙の本のある図書室。
リアルの体力づくりのための、グラウンドやジム、プール。
闘技場と野外実習フィールドはティアブラ内、『ヴァルハラ』フィールドに設けられていた。
野外実習フィールドは、実習のときにゆくのでまた後日。今回は闘技場のみ見学した。
闘技場のバトルフィールドに入るには『競技者パス』もしくは教職員の許可が必要なので、今回はビジターログインで観客席に入った。
これがとにかく広い。まるで国際競技場のよう。
いや、まさしくこれは、国際競技場なのだろう。
月萌国は現在鎖国しているけれど、それが解けた日には世界中から出場者や観客がつめかけるはずの。
リアルに戻って別棟を回る。各種売店、マッサージやエステ。
足湯や露天風呂、集会所もあったりした……なぜか、ピンポン台がおいてあるやつが。
ここはほんとに青少年の学び舎なんだろうか。だんだん疑問になってきた。
ともあれ、ざっと全体を回ったおれたちは、今一度自室のまえに戻ってきた。
そして、アップルさんから最後のブリーフィングを受けた。
「二ツ星のお部屋の場合も、お掃除、お洗濯などは基本的にご自分で。
特にご依頼の場合は、有料でのサービスとなります。
もちろん週に一度の、定期お掃除サービスは無料ですわ。
103号室は、水曜日ですわね。
その日には、内緒にしたいものはしまっておいてくださいませね?」
「はい」
「こちらも有料にはなりますけれど、ランドリーサービス、シューズクリーニングサービスもご用命承りますわ。
専用のサックに入れてお渡しくだされば、翌日にはきれいになって戻ってまいります。
ただし、学校制定のお召し物のクリーニングについては無料ですのよ。こまめに出してくださいね」
うーん、至れり尽くせりだ。へたしたら、日々制服と体操服『だけ』で生きようとするつわものもいるんじゃなかろうか。たとえば……。
いや、いや、いくらイツカといえどそこまではひどくないはず。
だが、人間いつ変わるかわからない。おれはイツカにそっとくぎを刺しておくことにした。
「イツカ。パンツだけは絶対はこうね?」
「げほっ?!」
「そうそう、お背中を流してほしいというご要望がありましたら……」
「げほっ?!」
イツカはげほげほせき込んだ。
と思ったらアップルさんがとんでもないことを言い始め、今度はおれがせきこんだ。
ちょ、まって。いくらなんだってそんな。しかも廊下で!!
「私設のメイドがおできになってあと、その者にお頼みくださいませね。
看護時・非常時以外の直接の身体介助は、わたしたち学園メイドがしてはいけないことですの。
申し訳ないですけれど、ご了承くださいませ。
もちろん、私設メイドとしてお身請けをいただければ……」
「は、いいいいえ、お、おせなかはじぶんで……じぶんで……」
『イツにゃんカナぴょんかわいー♪』なんて誰かが言ってるのが、人間の耳でもはっきり聞こえた。
なんだろう、これ。高天原ってのは羞恥プレイでもさせられる場所なんだろうか。
と思っていたら、イツカの野郎がこそっと耳打ちしてきた。
「……なあ、これってもしかして、モテ期?」
「うん、殴っていいかなイツカ?」
とりあえず荷解きは自分たちですることにして、メイド隊のみなさんにはお礼を言って戻って頂いた。
そしておれたちは、まっすぐ学食へ向かった。
もう時間もお昼近くなり、すっかりおなかが減っていたからだ。
イツカは、ミックスグリル定食。おれはハヤシライスをもらう。
待ちきれない、いいにおいとともに席へ急いで……
「いただきますっ!」
口の中に広がったのは、絶品の旨さだった。
オリジナルのデミグラスソースを使っているのだろう。まったりこっくりしているのに、後口はしつこくなくてふんわり。ほのかに残る芳醇な香りが次の一口を誘う。
『母さん』が星降園で作ってくれた、あったかトマト系とは方向性が別だけど、これはこれで大いにいける。
肉と玉ねぎのとろけ具合、じゃがいもにんじんごはんとのマッチングもまさにプロ仕様。
油断したら、三杯くらいペロッと行ってしまいそうだ。
これが、学食の味だなんて。おれはきっと、天国に来てしまったのに違いない!
しばらく夢中で口に運び続け、ふと気付けばイツカも向かいでがっついていた。
いつもの三倍うまうま食べまくるその姿、俄然そちらの味が気になってくる。
「ねえイツカっ」
「よし一口交換だっ!」
目があった瞬間に話はまとまった。
さっそくおれはイツカの口に、ごはんとハヤシソースをすくったスプーンを。
お返しにイツカがハンバーグをさしたフォークを出してきたので、おれもそのままぱくりといただく。
これは……うまい!
肉が、肉が生き生きしてる!
いや、もう焼かれた肉が生きてるわけとかないんだけれど、そうとしか言いようのないこのうまさ!
おれたちは思わず合唱していた。
「うまー!」
「うまー!」
「よーお二人さーん、お熱いねー!」
すると後ろからひときわ楽しそうな冷やかしが飛んできた。
ひゃっはー☆ と肩を抱いてきたのは、パーティー仕様のウサギ少年。
つまり、ぴょんと立った白うさみみに、なんか花とか星とかいろいろ飾り付けられたメガネ。髪もピンクとブルーとゴールドにカラーリングしわけて、制服の襟や袖にも花やらリボンやらの飾り満載。なんと瞳まで、ピンクとブルーのオッドアイだ。
……表面換装とはわかってるけど、これは、すごい。
おれが一体どう反応したものかと考えたその一瞬に、イツカは平然と返す。
「えー? お前らは一口交換やんないの?」
「いややるけど! そんな風にスプーンとフォーク直はないよー」
「まじ? 楽だぜ?」
「いいこと聞いたー! ハーちゃん、おれらも次からそうしよー」
「はあっ?!」
「あっ、ごめんご挨拶遅れてー。
おれはハギノ アスカ。アスカでいーよー。
二人と同じ二ツ星入学のイケメンエンターテイナーでーす、よろしくっ!
こっちはバディのハヤト。闘技場出まくってさっさと三ツ星になっちゃったけど、おれのかわいい弟分だから! あげないからねっ!!」
「お前はもっと真面目にやればいいんだ。能力がないわけじゃないんだから」
今度はアスカ、後ろに立っていた少年にむぎゅっ。
彼はというと、むーっとした表情でツッコミを返す。
大柄で、引き締まった体格、きりっとした『しょうゆ顔』。頭の耳はたぶん、ハイイロオオカミだ。
硬めの黒髪は短く刈りこまれ、シャツの第一ボタンもきっちりと閉められている。
アスカとは対照的な、いかにもストイックな体育会系……といったたたずまいの彼は、寡黙にこう名乗って一礼してきた。
「アスカが突然悪かった。
クシロ ハヤトだ」
「顔面が特に不器用なだけで、根はいいやつだから。よろしくねー」
ハヤトはさくっと踵を返す。
アスカはさらにまぜっかえしてひゃっはーとその後を追っていった。
突然のことでおれがぽかーんとしていると、いつもの調子でイツカが言った。
「なんか面白いやついるな!」
「あ、えー、うん……」
そのときおれのうさみみに、気になるささやきが飛び込んできた。
『へえ、あれが『跳び猫』と『ウサプリ』。
なかなか面白そうな子たちじゃない、お手並み拝見ね!』
『うふふ、るかうれしそう』
『なによ、そーいうるなだって……』
声の高さ、口調からして女子。
喋り方は真逆だが、声そのものはよく似た感じ。もしかしたら、双子だろうか。
そっとそちらを伺えば、白と黒の翼を持つふたつの背中が、学食の人混みに消えていくところだった。
2023.07.23
表現を一部修正いたしました。
黒の短髪は→硬めの黒髪は
きりっとした顔立ち→きりっとした『しょうゆ顔』




