2-4 担任は『青嵐公』
ふいに部屋に現れた、なぞのキュウビ青年。
その正体に思い当たったおれは、あっと声を上げていた。
となりのイツカも驚いた様子。
「あー! 『青嵐公』! 完成度たけー!!」
「……は?」
「え、コスプレだろそれ?」
「表面換装だ!!」
ナナメ上すぎる天然ボケにおれはあきれかえった。その人も軽くブチ切れている。
そう、その人こそは、超有名αプレイヤー、『青嵐公』ノゾミだった。
幻ともいわれる『高天原行き』三つ目の方法、100万BP突破による『鬼神堕ち』を果たした凄腕ハンター。生ける伝説というべき人だ。
どこか、ノゾミさん――ミライのお兄さんに似たその人は、イツカの頭をガシッとつかむ。
「お前らにももうついてるだろうが、耳が! しっぽが!
これはただの伊達酔狂じゃない。
今後αとなれば公私ともにこのアバターと同一視されることを視覚的に自覚させるための措置だ。
つまり入学案内メールをちゃんと読んでないのがバレバレだ!! このすっぽぬけ猫が!!」
「にゃあああああちょっそこはにゃはっにゃはっにゃはははっ」
そしてお説教とともに猫耳パーツを激しくモフれば、イツカはこそばゆさに泣き笑った。
うん、これお仕置きだよね。どう見てもお仕置きだよね。アップルさんたちの顔が何で赤いのかよくわかんないけど。
ともあれ『青嵐公』がパッと手を離すと、イツカはその場にへたり込んだ。
「しょ、初対面へのモフモフはんたい……」
『青嵐公』はギロッとイツカを睨むと、おれたち二人に向けてゆっくりと、ひとことひとこと区切るような調子で申し渡してきた。
「そうか。なら自己紹介しておこう。
お前らの担任の『青嵐公』だ。
カリキュラムとその結果はオンラインでやりとりだが、一日に一度は俺に連絡をするように。細かい指示を出す、相談もその際に聞く。
……で、部屋の件だが。
まず零星の部屋は認められん。お前らはいま注目の的。同室のやつらに迷惑だ。
一ツ星部屋なら空きがある。だが、お前らがくそ忙しすぎて当番ダルい、風呂はひとりでゆっくり入りたい、と思うようになった時、この部屋が空いているとは限らんぞ」
「うーん、確かに当番はダルいなー……風呂がにぎやかなのはうちみたいでいーけどさ……」
「ちなみに『免罪符』の値段はおおむね外の10倍だ」
おれたちは顔を見合わせた。
「ここの方がいいかもね。だって、おれたちには……」
「だな。ミライも探さなきゃだし。
てわけでさ、ミライがどこいるか知らない? アリサカ ミライってんだけど……」
もう一度、『青嵐公』はイツカを睨んだ。
さっきのギロッが、まるで冗談のような眼力で。
イツカも今度はガチに動揺したよう。黒の猫耳がぺたん! と伏せられ、本体もぴたりと口をつぐんだ。
「日没後、無断での外出は懲罰の対象だ。心しておけ。
お前らにも事情はあるだろうが、これは規則だ。
それと念のため言っておくが、明日ポテンシャルテストを行う。体操服着用の上、九時きっかりに中央グラウンドへ来ること。
体操服はリビングのクローゼットにある。サイズが合わないならばそれまでに交換を済ませておくように。
以上だ」
『青嵐公』は、それだけ申し渡すと、くるっと背中を向けた。
ぼうぜんと見送りかけたおれだが、これではいけない。慌てて声をかけた。
「あ、あの!!」
「……どうした」
『青嵐公』は立ち止まり、振り返ってくれた。よかった。
そう、おれは、おれたちはまだ、ちゃんとこのひとにご挨拶をしていない。
これからどれだけかわからないが、お世話になる人なのだ。
おれはイツカの分まで自己紹介をし、頭を下げた。
「おれ、ホシゾラ カナタです。こちらは、バディのホシミ イツカ。
これからよろしくお願いします、えっと――『先生』」
「……ああ」
すると『青嵐公』――『先生』は、ふっと目元を和らげた。
大きな手がぽふ、とやわらかく頭をたたく感触には、なんだか覚えがある気がした。
そうして今度こそ先生は、背を向け、去っていった。
廊下のやじうまがざざっと左右に分かれるなかを、九本の狐しっぽをゆらしつつ、すたすたと学食方面に去っていく。
その後ろ姿を見て、イツカがつぶやいた。
「やっぱキュウビの後ろ姿はひたすらモフいな……」
「たしかにそうだけどそっちっ?」
「よし、あいつをモフる! リベンジかねて! 俺の最初の目標はそれだ!!」
「ちょっ聞こえる! それと廊下で叫ぶなめーわくだからっ」
おれはあわててイツカを取り押さえ、部屋へと引きずり込んだ。
ミライのことは、アップルさんたちにも聞いてみた。
けれど、彼女たちも見ていない、とのこと。
見つけたらこっそりおしえるわと約束してくれたので、ありがたくそのご厚意に甘えることにした。
どうせならメイド隊のいる今、ということで体操着の試着をし、問題がないことを確かめてしまうと、おれたちはふたたび旅立った。
おれたちの施設見学は、これからが本番なのだ。
* * * * *
「では、まず共用の施設から参りましょう」
というわけで、おれたちは今来た廊下を戻り、学食へ。
「こちらが学生食堂です。全メニューおかわり自由の完全無料。
食はすべての基本、前途ある若者が万一にもケチることのないようにとの理念からですわ。
わたくしたちも腕を振るいますので、存分に召し上がってくださいませね?」
「はいっ!!」
アップルさんの案内に、イツカが即座にいい返事をした。やじうまから笑いが起きる。
「有料とはなりますけれど、お部屋への配達も可能ですわ。
キッチンのあるお部屋でしたら、ケータリングサービスも承っております。
料金表は後程でもご確認くださいませね?」
「……あ、はい」
なお、イツカは自慢の視力でいま、壁の料金表を確認してしまったようだ。
あのイツカが『やばい』という顔をする料金表を、今見る勇気はおれにはなかった。
「つづきまして、男子用の共用部に参りましょう。
まず、手前側に共同浴場。となりがランドリー。向かい合うようにして給湯室と、お手洗いがありますわ」
学食を出てさらに戻る。共用部があるという分岐を折れると、すぐまた分岐があった。
クランク状の分岐には、左側が男子、右側が女子、と案内がついている。
おれたちは当然それを左折。次々に、浴場とランドリー、給湯室、お手洗いをのぞいていった。
通路つきあたりの扉を開けると、また旅館風の廊下があらわれた。
「えっと、ここからが寮ですか?」
「はい。こちら第一寮は、一階が零星用、二階が一ツ星用の寮室。一階の一部と、地下には倉庫がございますわ。どちらからご覧になります?」
「じゃ、手前から!」
「かしこまりました」
イツカはスパッと即答する。そこは上からじゃないんだろうか。
まあいいや、とついていけば、手前から三つ目、右側の部屋に通された。
「こちらが一番スタンダードなタイプのお部屋ですわ。空き部屋ではありますけれど……」
そこには『寄宿舎』といってイメージするタイプの光景が広がっていた。
ベッドに机、収納がセットになったものが、ずらっと六つ並んでいる。
ただ、狭いといった印象はない。窓も大きく、フローリングの室内は明るかった。
それでもやはり、物を置ける場所は少ない。おれたちの持ってきた荷物は、いいとこ三分の一しか置けないだろう。
「あの……もし、別の部屋からこの部屋に移った場合。入りきれなくなった私物とかって、みなさんどうして……」
「そうですわね。ご自宅に送ったり、処分されたり……
お洋服など、どうしても必要なものの場合は倉庫を借りて保管なさっておりますわ」
「じゃ、一階と地下にある倉庫って」
「はい。生徒の皆さんのためのレンタル倉庫となっておりますの」
「なるほど!」 イツカがぽんと手を打った。
「では、二階に参りましょうか」
「はーい」
イツカはいつも通りの顔をしていた。
やつは、気づいているのだろうか。
おれたちが、空き部屋を見せられた真の理由に。
ほそく開いたドアのすきま。そこからのぞく、さまざまの瞳。
緑、黒、紫。赤、茶色。金と青のオッドアイ。
それらから発される、あるいは澱んだような、あるいは突き刺さるような視線に。
寮内の雰囲気からして、特待生のおれたちが、差額を稼ぐため零星、もしくは一ツ星の部屋に入ろうとした、という噂はもうここまで流れているに違いない。
つまり、軋轢をギリギリやわらげた、というわけだ。
そんなことを考えていると、アップルさんの明るい声がした。
「こちらが一ツ星の方の寮室ですわ。
二ツ星の方と同様、バディとの相部屋が基本となっております」
かちゃり、ドアを開ければ、どこかほっとする光景が広がった。
ふたつのベッドと机、クローゼットと本棚が並んだ室内。
おれたちがはじめて星降園でもらったような、二人用の部屋だ。
しかしイツカのやつはまた違った感想を抱いたようで……
「……なんか狭くなったな」
「あたりまえだろ!」
思わず突っ込めば、背後からぶふっと吹き出す声がした。
『う、噂に違わぬフリーダム……』そんなつぶやきも聞こえる。
背後から感じる雰囲気も、すこし明るくなったかんじがする。
おれはあらためて、イツカの自由っぷりに感謝した。