20-3 白鳥の姫の、身の上ばなし
「……遅いね、イツカのやつ」
「剣士どうし、お話が弾んでおいでなのでしょうか……」
新しい寮室のソファーの上。
おれはなんとなくもじもじと座りなおしていた。
あれからはまた怒涛の進行だった。
おれたちは四ツ星寮に引っ越し。
やっぱ寝室別にしようぜとまっさきに言いだしたイツカをクッション蒸しで修正し、そうかやっぱりカナぴょんはイツにゃんがとか言い出した奴らをまとめて逆さづりにしと、理不尽な忙しさが過ぎ去れば、そこにはクリーニング済みのぴかぴかの寮室と、直面しなければならない問題が待っていた。
それは、学園メイドの24時間常駐問題。
四ツ星寮の部屋では、夜中でもメイドを常駐させることが許される。
つまり、いまは学園勤務の通いのメイドという立場にあるライムも、今後はこの部屋に夜間、『仕事として堂々と』招くことが可能になる。つまり。
もちろんおれにそんなつもりはない。
宣言したのだ。すべてはα(アルファ)になってからと。それも、ルカもいるまえで。
けれど、ライムと二人きりで過ごす時間が、魅力的なことに変わりはない。
だからこのタイミングでこれ、という事は、どうしてもお互いにいろいろと、意識が向いてしまうのであって……。
「あのっ」
「あのっ」
「…………」
「どうぞ、おさきに」
「どうぞ、ライム」
「……………………。」
どうしよう。
たぶんこれって気が合うからだろうけど、それはうれしいんだけど、いったいどうしていいのやら。
と、ライムがいいだした。
「いっせーのーせっ」
これは……
子供の頃やってた、せーのでやりたい遊びや行きたい場所を言い合うやつだ。
おれは、ぱっと口に出した。
「ライムのことが聞きたい!」
「わたくしのことでお話が……」
一方でライムもそんな風に言う。
「……えっ」
「……えっ」
なんだ、結局同じことだったのだ。
顔を見合わせると、笑えて来てしまった。
ひとしきり笑いあうと、ライムが立ち上がった。
「おかわりをお入れしますわ」と。
「カナタさんにお伝えしたいことというのは、わたくしの身の上です」
しばらくして、あたたかいミルクティを手に戻ってきたライム。
向かいの席に丁寧にかけると、おれが一口飲むのを待って、ゆっくりと口を開いた。
「まず、もうお気づきと思いますけれど……
わたくしは、アンドロイドではありません。
かといって、普通の人間ともまたちがうのです。
カナタさんと初めて出会ってから十年近く、わたくしの容姿は変わっていない。
それは姉のレモンも。わたくしの父と母においてもです。
ソレイユの一族には、『老い』と『寿命』がないのです」
ライムの湖水のような瞳が、おれの目を覗き込んだ。
おれは、うなずき返す。
大丈夫、さきをつづけてと。
もちろん驚いてはいる。いるけれど、どこかで納得もしていた。
レモンさん、そしてライムは、おれたちとは『違う』。
そのことは、一向に老いず、つねに美しい彼女たちの姿を見ていれば、いやでもわかることだったからだ。
「その理由は、『マザー』に与えられた『生まれ』ゆえ。
この高天原で、『マザー』のそば近く生き、それを支えるためにつくられし『命の限りなきもの』。
それが、わたくしたちソレイユであり、クゼノインであり、タカシロでした」
クゼノインとタカシロ。
それはミズキとアスカ、レインさんが生を受けた一族だ。
高天原に住まい、代々『みなしα』となるエリート一門に、そんな秘密があったなんて。
「このうちタカシロは、世の人々により近くありたいと、ふつうの人たちと同じペースでの老いと、それにともなう寿命をもらい……
クゼノインも、それよりはゆっくりとではありますが、老い、いずれ寿命を迎える道を選びました。
そのかわりにソレイユは、自らと同じ不死を伴侶に与えることが叶うようにしていただきました。
もしくは自らが、伴侶とおなじ命をもらうか。どちらかを選ぶことができるのです」
「それは、おれとライムが、伴侶の誓いを立てたなら……」
「はい。
カナタさんとわたくしがともに向かい合う、『現実』となるのです」
――おれもライムと同じく、永遠の命をもらうのか。
――それとも、ライムとともに老い、天に召されるのか。
それをおれは、おれたちは、選ばないとならなくなる。
おそくとも、おれが一人前のαとなった、その日には。
正直、15歳のガキんちょに託していい決断とは思えなかった。
だって、おれの決断次第で、ライムの人生が変わるのだ。それも、永遠レベルで。
「姉はずっと昔に、本気の恋も、結婚もしないと決めました。
愛するひとに、自分の人生を、こんな重い選択を背負わせたくなんかないからと。
そのためにエクセリオンに、アイドルになりました。
わたくしは、……いえ。
もしもこのさき、ルカさんのほうがより強くカナタさんのお心をつかむなら、立ち消えてなくなるお話です。
カナタさんが正式の結婚の可能な年齢となるまでも、まだ3年あります。
わたくしに寿命はありませんわ。いろいろな方とお付き合いしつつ、そのうちに考えてくださればよいお話です。
どうか、カナタさんがすべてを背負おう、とはお考えにならないでくださいましね。
そんな人生の選択肢もあるなあ、程度に、お気に留めていただければよいことですわ」
ライムは優しく、優しく笑った。
おれはたまらず立ち上がっていた。
「ライムは……ライムは、どうなの。
おれを好きになったって……エクセリオンもやめて。
それでやっぱりルカが好き、なんて言われたら」
「カナタさんを好きになったことも、エクセリオンをやめたことも、わたくしの選択と決断の結果です。
好きになりたくなければ、あの町を、カナタさんのそばを離れればよかっただけのこと。
それを、カナタさんのせいにするつもりはありません。
……それにわたくしは、カナタさんのおそばにいられれば、それでもう充分に幸せですわ。
わたくしは、ルカさんのこともほんとうに大好きですの。
だからこのさき、おふたりが幸せになって、そのメイドとしてわたくしがおふたりに侍る。そんな形でもわたくしにとっては、十分にハッピーエンドですのよ?」
一片の嘘も、なかった。
ライムのやわらかな声にも、澄み切った瞳にも。
おれはこのときはじめて、ライムに圧倒されていた。
「ごめんなさいね、驚かせてしまって。
そろそろ、イツカさんがお帰りになる頃ですわ。新しいお茶をお入れしてまいりますわね」
その後のことは、よく覚えていない。
ただ気が付くと、みゃーみゃーと抗議の声を上げるイツカの頭が膝の上に、しこたまモフりたおされたとおぼしき黒のフサ耳が手の中にあり……
その場で『向こう三日間イツカのブラッシング禁止令』を申し渡されてしまったのであった。
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